インタビュー

第3回「備え怠れない高病原性鳥インフルエンザ」(喜田 宏 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター長)

2009.09.11

喜田 宏 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター長

「新型インフルエンザ対策は地道に」

喜田 宏 氏
喜田 宏 氏

専門家が早くから予測していたように新型インフルエンザが猛威を振るい始めた。政府は国内で必要となるワクチンが国内生産では足りず、不足分は海外から輸入する意向を明らかにしている。しかし、新型インフルエンザ対策は、まさに季節性インフルエンザ対策と同じで地道な努力の積み重ねが大事。こうした考え方から、ワクチンの輸入に対し否定的な意見も専門家から聞かれる。長年、インフルエンザウイルスの研究で指導的な役割を果たしてきた喜田 宏・北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター長に新型インフルエンザの実像と求められる対応策を聞いた。(2009年8月6日、科学技術振興機構主催、メディア向けレクチャー会講演から再構成)

―水生家禽が仲介役

新型インフルエンザで忘れられたような形になっていますが、高病原性鳥インフルエンザウイルスに対する備えの重要性に変わりはありません。1983年に米国ペンシルベニア州で高病原性鳥インフルエンザが発生した時、河岡義裕・東京大学医科学研究所による有名な仕事があります。春先に分離されたウイルスには病原性がないこととともに、6カ月後の秋に分離されたウイルスは高病原性を獲得しているということを明らかにした研究です。

ほかで起こった例を重ね合わせてまとめると次のようなことが言えます。カモに対しては病原性のないウイルスがカモの間で受け継がれていますが、それを鶏に無理やり感染させようとしても感染しません。しかし、陸生の家禽(きん)と水生の家禽が一緒に飼われているところ、どういう場所かと言えばガチョウ、ウズラ、七面鳥などが一緒に売られている市場で鶏に感染できるようなウイルスが出てくることがあるのです。それが鶏の集団に入って、農場に持ち込まれて6カ月から9カ月以上受け継がれると、高病原性鳥インフルエンザウイルスが誕生することがあるということです。このウイルスは百パーセント鶏を殺します。

自然界では高病原性鳥インフルエンザウイルスがこのようにできてくるわけですが、それがどうして病原性を獲得するかというメカニズムについてもある程度わかっております。

―野鳥に戻った高病原性鳥インフルエンザウイルス

今、私たちが一番心配しているのは、このように 百パーセント鶏を殺すようなウイルスが主に中国南部で野鳥に戻ってしまっていることです。カモのような水鳥が北極圏に近い営巣湖沼にたどり着く前に、大体4月から5月の初めにかけて世界各地で死んでいるのが見つかっています。それらの鳥から高病原性鳥インフルエンザウイルスが分離されているのです。

もし高病原性鳥インフルエンザウイルスも北欧圏のカモの営巣湖沼水中にずっと凍結保存されるようになると、毎年秋になると渡り鳥が高病原性鳥インフルエンザウイルスを南に持って来る可能性が否定できません。このウイルスは東南アジアのみならず、世界62カ国の野鳥や家禽に広がってしまいました。この状況は今も変わっておりません。特にそのうちの15カ国では、ヒトへの感染が認められています。そのトップ4国が中国とベトナムとインドネシアとエジプトです。病原性を獲得した鳥インフルエンザウイルスは鶏を 百パーセント殺してしまうわけですから、鶏の中に閉じこめられていればウイルスも一緒に消えてしまいます。世界中で高病原性鳥インフルエンザウイルスが10年も居つくなどということはあり得ないはずなのです。

では、これらの4国で一体何が起こっているのか。高病原性鳥インフルエンザの制圧対策を間違い、ワクチンを乱用したのが原因であることは前述したとおりです。ヒトへの感染数も、死んだヒトの数も世界中の86%がこれら4国に集中しているのです。鶏に対するワクチン使用は重症化、あるいは発症を抑制できても、感染は完全に防ぐことができません。

―ワクチン依存の誤り

なぜ、ワクチン依存が起きてしまったのか。国際獣疫事務局(OIE)が、「高病原性鳥インフルエンザは摘発、淘汰を基本とすべきだが、これに加えてワクチンも1つのコントロールの手段として使うことができる」とコードに書いてしまったのです。これが免罪符のようになり、これらの国ではワクチンで高病原性鳥インフルエンザを制圧しようとなってしまっているのです。今や経済問題化しており「ワクチンを打つのを控えて、きちんと摘発、淘汰すべきだ」と言うと「先生、命狙われるかもしれませんよ」などと言われる始末です。インドネシアなどで根絶計画を始める予定ですので、そうすると、中国も制圧対策を考えてくれると期待しています。いずれにしても、鶏に対するワクチンの乱用は、ウイルスの拡散を導くということが明らかです。

日本にはこれまで3回、高病原性鳥インフルエンザウイルスが入ってきました。農林水産省、各都道府県の家畜保健衛生所の非常に緊密な連携のもとで、発生農場の発生だけにとどめ、それから広がることは押さえ込んであります。このようなことができているのは日本だけです。ウイルスの起源をたどると、全部が中国発で韓国を経由して日本に入ってきたことが明らかです。当該国には、きちんとしたウイルス制圧対策をしてもらわないと危険は絶えないし、近隣諸国に持ち込まれることがある、と申し入れてはいるのですが、なかなか実行されません。

実際に既に北極圏のカモの北の営巣湖沼水中に高病原性鳥インフルエンザウイルスが定着していまっているかどうか。これを調べるため、秋になって渡り鳥がウイルスを持って来ていないか、渡り鳥のふん便調査を8月の終わりから11月にかけて毎年、モンゴルと日本でやっています。今のところ、高病原性鳥インフルエンザウイルスは一株もとれていません。従って、北のカモの営巣湖沼水中に高病原性鳥インフルエンザウイルスが優性になって保存されているということはないだろうと見ています。ただし、このボランティア活動は、東南アジア、あるいは中国にこのウイルスが続いている限りやめられません。現地へ出かけ、渡り鳥のうんちを拾ってウイルスを分離するわけですから、これは結構大変な仕事なのです。

(続く)

喜田 宏 氏
(きだ ひろし)
喜田 宏 氏
(きだ ひろし)

喜田 宏 (きだ ひろし)氏のプロフィール
1967年北海道大学獣医学部獣医学科卒、69年北海道大学大学院獣医学研究科予防治療学専攻修士課程修了、武田薬品工業入社、76年北海道大学獣医学部講師。同助教授、同教授、同大学院獣医学研究科長・学部長などを経て2005年から現職。専門はウイルス学、微生物生態学、感染病理学。05年「インフルエンザ制圧のための基礎的研究-家禽、家畜およびヒトの新型インフルエンザウイルスの出現機構の解明と抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤の確立-」の業績に対し、日本学士院賞受賞。06年から科学技術振興機構の地域イノベーション創出総合支援事業「インフルエンザウイルス感染の新規診断キット、予防薬、治療薬の実用化研究」の代表研究者、09年6月から「インフルエンザウイルスライブラリーを活用した抗体作出および創薬応用に向けた基盤研究」の代表研究者も。日本学士院会員。

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