インタビュー

第2回「説明責任持つ国に」(阿部博之 氏 / 前・総合科学技術会議 議員、元 東北大学 総長)

2009.06.01

阿部博之 氏 / 前・総合科学技術会議 議員、元 東北大学 総長

「知のエートス - 新しい科学技術文明創るために」

阿部博之 氏
阿部博之 氏

科学技術が日本の将来の鍵を握るということは、よく言われてきた。しかし、日本の高等教育はこれでよいのか。大学のあり方は今のままでよいのか。これまでこのような議論はきちんとなされてきたのだろうか。2007年1月まで総合科学技術会議議員として、今の第3期科学技術基本計画を策定する上で中心的役割を果たされた阿部博之・元東北大学総長が、議員退任後に科学技術のあり方を根本から問い直す目的の研究会を主宰している。その最初の活動成果とも言える本「科学技術と知の精神文化-新しい科学技術文明の構築に向けて」(丸善)が出版されたのを機に、阿部 氏が21世紀の日本人に必要だとする精神的基盤「知のエートス」とは何か、をうかがった。

―総合科学技術会議の議員をされていたときには、なかなかできなかった、ということですか。

4年間、総合科学技術会議の議員をやりまして、予算やいろいろ改革の提案をしましたが、それはトップダウン的に国がやる戦略です。そこで一番抜けているのは何かというと、クリエイティビティを重視する個人のモーティブフォースのようなことではないかと思ったわけです。

これは政府のやることではないんですね。文化を政府がトップダウンでやりますと、戦前の超国家主義的な動きのような結果を招く恐れがあります。政府の外から盛り上がりが出てくるのが本当の文化ですから、総合科学技術会議議員をやめたら、こういうことをやろうと思っていたわけです。最初に賛成してくれたのが、社会技術研究開発センター長の有本建男さんでした。

―そのやろうと思われたことというのは、どのようなことでしょうか。

科学技術の競争が世界的にどんどん激化しています。経済力の競争と科学技術の推進は非常に密接な関係があるわけですが、国によっては軍事力の強化と科学技術の振興を結びつけている国もあると思います。また環境よりも経済を優先する考え方もあります。ただ、それらの方向は人類社会としてはもう限界に来ているわけです。科学技術の競争がこれからどんどん激化していくのは否定できません。人類社会に資することが依然として大きいからです。従って否定できませんけれども、どういう科学技術を選択していくかということが、これからは非常に大切になると思うんですね。

どういう科学技術を選択していくか、どういうテーマを選択していくかということは、別な言葉を使えば、21世紀にふさわしい社会を、あるいは国をどのようにつくっていくか、あるいは人類社会をつくっていくかということだと思います。それは決して、狭い意味での科学技術の分野を追求すればすむということではありません。そういう社会なり国なり世界をつくっていくということは、教養、あるいは人文学的、場合によっては社会科学的な分野と一体あるいは連携してやらないとできないことです。宗教的な動きと一体となる場合もあるかもしれません。

いずれにしても、これだけ科学技術が国境を越えて影響を及ぼすときに、狭い意味での理科だけが得意であればいいということではすみません。バックグラウンドになる倫理、哲学、宗教、文化といったいろいろなものの力を総合的に結集する中で、どういう科学技術を選択していくか、あるいはどういうテーマの研究をすべきかということが出てくるのだと思います。

専門を分化させればよい、理科だけでやっていくというのは、やはり無理があると思いますね。日本の産業構造は明治時代から、特に第2次世界大戦後は、簡単に言うと米国のキャッチアップ型(二番手型)です。ものの改良はやりましたが、原理にかかわるあるいはパイオニアとしての説明責任のほとんどは米国が持つということでした。米国でないとしたら欧州が持っている、ということです。原子力などを見れば明らかでしょう。

まねをして、改良していいものをつくって来た。もちろんその意義はあります。しかし、その大概のものの本は欧米にあったわけです。ところが、これから日本は先進国の一員として、世界に先駆けて何かをやっていこうとするなら、やはりこの説明責任が大きな意味を持つわけです。これも、エートスというか、どういう倫理観を持っているか、どういう世界観を持っているかを抜きにしては多分語れない、先進国としての役割を果たせないだろう、と思います。

(続く)

阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ、59年東北大学工学部卒業、日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学工学部教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長、96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授、03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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