レビュー

科学技術リテラシーとは

2008.05.26

 国家的課題となっているものの、一般の人々には言葉の意味がそもそも分かりにくい。「時の言葉」ともいえる「科学技術リテラシー」にそんな思いを抱く人たちは多いのではないだろうか。

 科学技術基本法制定によって第1期科学技術基本計画が1995年に閣議決定された。この時の文書に盛り込まれたのが「理解増進」。2001年に第2期科学技術基本計画が閣議決定された際に入った語が「科学技術コミュニケーション」。このための予算もついた。次の現「第3期科学技術基本計画」で強調されたのが「科学技術リテラシー」…。

 このような有本建男 氏・社会技術研究開発センター長の解説を聞けば、なるほどと思う人がいるかもしれない。「理解増進」から「コミュニケーション」への変化は、科学的知識を専門家が大衆へ教えてやる、といった一方通行ではまずいという反省に立ってのことか。対等、双方向的といった意味合いを込めた「コミュニケーション」でなければ駄目だ、と。しかし、それだけではまだ不十分ということが分かり、専門家でない人々の積極的な参加(エンゲージメント)を求めることが必要だ、ということに。「コミュニケーション」から「リテラシー」へ、と。

 社会技術研究開発センターが主催する「21世紀の科学技術リテラシー第1回シンポジウム」が25日都内で開かれた。理解増進−科学技術コミュニケーション−科学技術リテラシーという、キーワードとなる用語の変遷に関する話は、有本 氏の冒頭あいさつの中で出てきたものだ。

 日本学術会議の作業として進められ、最近、最終報告書がまとまった「科学技術の智」プロジェクトの中心となった北原和夫 氏・国際基督教大学教授が、「21世紀の科学技術リテラシー像とは−『科学技術の智』プロジェクトを通して」という題で基調講演を行った。北原 氏がここで話した重要な部分は、当サイエンスポータルにいち早く寄稿していただいた2008年4月2日付オピニオン「科学技術の智プロジェクト」でも詳細に紹介されている。

 このプロジェクトの狙いのポイントは、次の言葉に集約されているのではないだろうか。

 「現在の学問の体系をそのまま教育の現場に移すことを目的としているのではなく、むしろこれから生まれ育っていく世代の全てが成人となる2030年の日本のあるべき姿を想定して、全ての人々が様々な職種、年齢等の相違を超えて協同して世界的な課題に取り組み、心豊かで健康的な社会を作っていくために如何なる智慧が共有されていなければならないか、という壮大な問いかけに応えようとするものである」

 これを読めば、一般大衆だけでなく科学者もうかうかしていられない、という気になるのではないか。自分の専門以外となると普通の人と全く変わらないリテラシーレベルでしかない研究者が多いという話をよく聞くし、現にこの日のシンポジウムでもそうした発言があった。

 シンポジウム報告者の中では、上林徳久 氏・リモート・センシング技術センター研究部主任研究員が最も直截な表現で、研究者の姿勢を糾弾していたように見えた。上林 氏は、NPO「アサザ基金」と協力し、リモートセンシング画像を活用した茨城県霞ヶ浦の自然再生、周辺の地域社会再生に取り組んでいる。

 「リモートセンシングは30年の歴史があるが、一部の研究者は自分たちの興味、関心で画像処理をしてきただけ。一般の人の恩恵になることなど考えていない。実際は、地域の人にその地域の画像を見せて、画像の見方を教えると研究者が分からないことをどんどん読み取っていく。自分たちが一番よく知っているというのは研究者の思い込みとおごりに過ぎない」

 科学技術リテラシーの向上というのは、大変な試みだ、と感じた参加者も多かったのでは、という気がする。

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