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東海・東南海・南海地震に糸魚川-静岡構造線活断層系が連動する可能性(石橋克彦 氏 / 神戸大学 名誉教授)

2011.12.16

石橋克彦 氏 / 神戸大学 名誉教授

日本記者クラブ主催 記者会見(2011年11月29日)から

神戸大学 名誉教授 石橋克彦 氏
石橋克彦 氏

 最近は地震観測や、GPS(衛星利用測位システム)を利用した地殻変動連続観測が世界中でちょう密、高精度で行われるようになっている。膨大なデータが蓄積され、理論、解析技術、コンピュータも進歩したことから精緻な解析が研究の主流になっている。しかし、これは一定の方法で新たなデータを解析したらこういう結果になった、といった研究が多くなったともいえる。根本的な枠組みについて考察、議論することがだんだん希薄になっているようにみえる。

 私は、概念的というか、「論」が大事だと考えている。特に3月11日の地震を受けて、概念的、コンセプチュアルな論が重要になっているのではないだろうか。今回の地震で多くの地震学者は猛烈に反省しているわけだが、固有地震説とか、アスペリティモデルといった震源域に関する研究が不十分、未熟だった、という反省が多い。

 しかし、それだけだろうか。日本列島の地震テクトニクス(大地の変動の中でどこでどのように地震が起きるかを研究する学問)の基本的な枠組みは大丈夫か、反省してみる必要がある、と私は考えている。東北地方の太平洋沖では、太平洋プレートが沈み込んでいることによるひずみによって間けつ的に地震が起きている。この枠組みは間違っていないと思うが、では西日本はどうか。

 ご存知のように今回の地震は、別々に起きると考えられていた三陸、宮城、福島、茨城沖の地震が予測に反し一挙に起きた。南海トラフでも、数年前から連動型地震の可能性が指摘されている。1707年の宝永地震というのは、東海、東南海、南海地震が同時に起きたと言われている。今回の地震によってさらに連動型地震が現実味を帯びてきたということだ。南海トラフで起きる地震が南海(四国沖)からさらに西方、日向灘から沖縄の沖まで破壊するかもしれないという説も出ているが、それもフィリピン海プレートの沈み込みによるという基本的枠組みの中での考えだ。想定されている東海地震の震源域の北、内陸はどうなるか、に関心を持つ人はほとんどいない。

 しかし、連動型になるとしたらどのような連動になるのかあらためてきちんと考えなければならない。その際、南海トラフの巨大地震はフィリピン海プレートが沈み込んでいるために起きるというので本当によいのか、ということも。これを考えるときに、3月11日の地震後に広い地域で起きた地震活動、日本列島全体の大きな変形が示唆を与えてくれる。

 3月11日の本震の後、12日に長野県北部、秋田県沖、4月1日には秋田県北部、6月4日島根・広島県境、6月30日長野県中部など本州陸域と日本海でマグニチュード5程度以上の地震が起きている。本震の震源域に近い福島県浜通り以外は、東-西ないしは南東-北西方向の圧縮力で起きた。国土地理院のGPS連続観測システム(GEONET)の観測データによると、3月11日の地震によって日本列島は全域で東向きに水平の動きを示し、震源域に近いほどその変位量は大きい。つまり、日本列島は全域が東西に伸びて、見かけ上は東西に引っ張る力が働いたように見える。ところが、地震の後に本州陸域と日本海で起きたマグニチュード5程度以上の地震の主圧力は、東西方向から圧縮されるもともとの力が保存されていることを示している。日本海溝沿いの太平洋-東北日本のプレート境界が地震により「たががはずれた」格好になったにもかかわらず、東北地方日本海側や中部、西日本では東西圧縮のままになっているということだ。

 こうした観測データは、私が1995年の兵庫県南部地震の後に提唱した「アムールプレート東縁変動帯」という考えを支持するものと言える。アムールプレート自体は1981年に海外の研究者によって唱えられたものだが、日本付近に関してはあまり議論されてこなかった。西南日本は、従来ユーラシアプレートの上に載っていると言われていたが、ユーラシアプレートと分かれたアムールプレート上にあると考えたほうがよい。アムールプレートがなぜユーラシアプレートと分かれ、東に向かって動いているのか。インドがアジア大陸に衝突している力によるとか、バイカル湖が東西に開いているとか、いろいろな考えがあるが、アムールプレートが東に動いている力が日本列島に働いているのは間違いないと思う。南海トラフで過去繰り返し起きている巨大地震についても、フィリピン海プレートの北西向きへの沈み込みだけではなく、アムールプレートの東進力も考える必要がある、というのが私の考えだ。

 アムールプレートは東の端で、東日本を載せたオホーツク海プレートと衝突している。両プレートの内陸での境界は幅の広い衝突域になっていると考えられるが、その東縁が糸魚川-静岡構造線で、ここには1,000年間に10メートルほど動いた痕跡を残すものなど多くの活断層があり、日本有数の活断層帯となっている。

 3月11日の地震により、東北地方を押さえつけていた日本海溝のプレート境界のたががはずれ、東北日本は東に動きやすくなった。その結果、アムールプレートの東進が促進される傾向になると考えられるが、それは、糸魚川-静岡構造線活断層帯以南では、アムールプレート東縁のひずみが高まることにつながる。

 南海トラフの巨大地震がフィリピン海プレートの沈み込みだけでなく、アムールプレートの東進も原動力になっているという考え方に立つと、アムールプレートの東進が促されることによって東海-東南海-南海地震を起こすためのひずみが増大し、その発生を早めることが考えられる。駿河—南海トラフでは今世紀半ばまでに巨大地震が起きると予測されているが、そのときは、一連のアムールプレート東縁変動帯である糸魚川-静岡構造線活断層系までが連動して、さらに大きな地震になる可能性もあると考えたほうがよい。ただし、必ず同時に起きるというわけではなくて、南海トラフ巨大地震に先行したり、続発したりするかもしれない。以上は大枠の話であり、そういう観点でさらに調査・観測・研究を進めることが必要である。

神戸大学 名誉教授 石橋克彦 氏
石橋克彦 氏
(いしばし かつひこ)

石橋克彦(いしばし かつひこ)氏のプロフィール
1944年神奈川県生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒、1973年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。同大学理学部助手、建築研究所国際地震工学部応用地震学室長、神戸大学都市安全研究センター教授などを経て、2008年から神戸大学名誉教授。2011年12月国会が設置した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員に就任。1976年に地震予知連絡会に当時の地震、地殻変動観測データや古文書の記述などさまざまなデータを総合して「駿河湾地震」発生の可能性が高いという資料を提出、さらに地震学会でも発表し、大規模地震対策特別措置法の制定、東海地震対策のきっかけをつくった。1997年には「原発震災」という言葉・概念を提唱し、原子力発電所の危険性についても警鐘を鳴らし続けてきた。主な著書に「大地動乱の時代 - 地震学者は警告する」(岩波新書)、「阪神・淡路大震災の教訓」(岩波ブックレット)、「原発を終わらせる」(編著、岩波新書)。

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