インタビュー

第4回「急がれる海底観測網の整備」(岡田義光 氏 / 防災科学研究所 理事長)

2011.05.11

岡田義光 氏 / 防災科学研究所 理事長

「マグニチュード9.0の衝撃」

岡田義光 氏
岡田義光 氏

東日本大震災は、福島第一原子力発電所事故の被害の深刻さに内外の目が集中している。これから原子力発電の是非を含めたエネルギー政策論議が高まるのは必至と見られる。原子力工学をはじめとする科学者、技術者は、これまで一般の国民にどれだけ正しいことを伝えてきたのか? そんな不信の声が、科学者、技術者に向けられることを心配する声も出ている。では、地震学者は今回のような地震が起きたことに対してどのように感じているのか。岡田義光・防災科学研究所理事長に聞いた。

―日本の地震観測網など着実に整備されてきたと思いますが、今回の地震で観測のあり方などで変更を迫られるようなことはあったのでしょうか。

現在のように稠密(ちょうみつ)な地震観測網が出来上がったのは、阪神・淡路大震災の後、国が音頭を取って整備してきたからです。それまでは東海地震や首都圏直下型地震などを重視するということで、限られた地域でしかきちんとした観測をやってこなかったという反省がありました。全国的な整備が進んだ結果、日本周辺で起きる地震については、その震源をいち早くキャッチして緊急地震速報を出せるところまで技術は進み、一定程度の役には立ったと思っています。今回の地震の場合でも、ちゃんと緊急地震速報が出て、大きな揺れが来るまで仙台ですと十数秒、東京では30秒近くの余裕がありました。ただ、地震の規模がこれほどまでに大きくなることは推定できませんでしたが…。

陸上でこれだけ高密度な観測網が出来上がったので、今の時点で何が足りないかといえば、これに比べて大変手薄な海底観測に力を入れて海の地震にも備えることだと思います。海底観測網を整備しておけば、陸から遠く離れた海底で地震が起きた場合でも、より早く緊急地震速報が出せます。さらに海底に水圧計を設置しておけば、実際に起きた津波を沖合いで観測し、どの程度の大きさの津波が来ているかということをいち早く知ることが可能になります。

海底の観測網整備ははなはだお金がかかることですが、大事なところから優先的に整備していくことが、これからの議論になると思います。

―東北の方々には申し訳ありませんが、これから最優先に海底観測網の整備が必要なのは西日本ということになるでしょうか。

近い時期に発生する可能性が高いと予測されている東海・南海などの領域ですね。既にその必要性は以前から言われており、気象庁は古くから御前崎沖の海底にケーブル式の海底地震計を設置しています。海洋研究開発機構も最近、東南海地震の発生が予測されている紀伊半島沖の熊野灘に高精度の地震計、水圧計(津波計)などで構成される観測点をたくさん設けました。これらを海底ケーブルでつないで地震・津波観測監視システムに仕上げるとともに、これをさらに西側の南海地震が予測される海域にまで延ばそうとしています。この計画をもっと加速しようということが議論されるかもしれません。

―防災科学技術研究所の地震観測網は十分、役割を果たしたのでしょうか。

強震観測網、高感度地震観測網など全国で約1,900カ所もの観測点がありますが、このうち今回の地震で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島県などに設置されていた100カ所程度の観測点は地震直後の停電などにより観測データを送信できなくなりました。数日のうちに復旧が進みましたが、最後まで観測不能な観測点が10カ所くらい残りました。このうちのいくつかは津波で破壊されてしまったのです。停電や通信回線の途絶などでデータが送れなくなることはあっても、観測点自身が壊れてしまうという事態はあまり考えていませんでした。小屋のような施設である観測点が今回のような津波に耐えられるわけはありませんし、地下に全部埋めたところで水が入ってしまい、多分駄目になるでしょう。海岸沿いの低いところは避けて、ある程度高い場所に観測点を設置し、それでも何カ所かは壊れることを想定して、周りでカバーできるようにネットワーク的な考え方を取り入れることがこれから必要ではないか、と考えております。

もう一つの誤算は、ここつくばの研究所自体が被災したことです。地震当日、このあたり一帯が停電になり、地震の観測データを受け取るデータセンター棟も非常電源が数時間で切れた後、しばらくデータが受信できませんでした。また、強震観測データを受け取る装置については、非常電源からの配線がきちんとされていなかったことが後で分かりました。バックアップ体制がなっていなかったことは誠に恥ずべきことであり、防災を標榜する機関がこれではいけない、と大いに反省しました。

ただ、貴重なデータが消えてしまったわけではなく、強震観測データは現地でバッテリーにより10日くらいは収録できています。また、高感度地震観測データも当研究所では一定期間受け取れませんでしたが、NTTネットワーク内の中継局には全部収録されていましたし、なおかつ、データ分岐先の気象庁と東京大学地震研究所には途絶えることなく送信され続けていました。ですから気象庁の緊急地震速報などにはデータがちゃんと活用されていましたし、当研究所へのデータ回収も無事にできました。ただ地震直後の数日間、当研究所のホームページからデータを公開できなかったことは残念でした。

今回思い知らされたのは、やはりシステムを二重化しておくべきだったということですね。特に基幹的な観測業務については、なおさら危険分散の必要性を痛感しました。実は強震観測網については、できてからしばらくの間、仙台と大阪にミラーサイトというのを置いていました。観測データを同時に保存できるバックアップ体制になっていたわけです。しかし、予算縮減の中で、同じことを二重にやっているのは無駄、という声に押されて3、4年後にやめてしまいました。震源決定に使われている高感度地震観測網は先ほどお話したように気象庁と東京大学地震研究所にもデータが分配されていますから、どこかが駄目になっても、残りの機関が受信できます。また、NTTの施設内にデータが蓄積されていますから、後で復元することもできます。

しかし、強震観測網の場合、観測対象となるような大きい地震はめったに起きません。常時、連続してデータを送り続けると通信料だけで年間2-3億円もかかり無駄だということで、大きな地震があるたびに現地からつくばにデータを送るトリガー方式を採用しています。従って観測データはいったんここで受け取って、震度の計算をした後、気象庁へ送っています。気象庁がまとめて発表する震度データのかなりの部分を占める防災科学技術研究所の分が、今回スポッとぬけてしまったのです。地元にしてみれば、隣の町からは震度報告が出ているのに自分たちのところの震度が分からないという状況を生んでしまいました。

今回はこの程度の障害で済みましたが、万一、より深刻な被害にあったら大きな問題ですから、西日本にバックアップ用の施設を置けるよう、補正予算などでお願いしていこうと考えています。

―今回の地震がその他、防災面でどのような問題を投げかけたかを伺います。

今回、主たる災害を引き起こした津波に対しては見直ししなければならないことがたくさんあると思います。これまでは、津波に対してはともかく高いところへ逃げろの一辺倒でした。しかし、これほどの巨大な津波になったら逃げ切れない場合があるということです。避難所に逃げたものの、建物の2階、3階まで水が来た例もありますし、3キロ、4キロと海水が侵入した平らな地域では、歩いて逃げたら1時間くらいかかってしまいます。

1896年の明治三陸地震(マグニチュード8.2)、1933年の昭和三陸地震(同8.1)で大きな被害にあった幾つかの村では、集落ごと高いところへ移転した例があります。そうした所からは、今回、命拾いできたという声も聞こえてきます。逆に高いところに移転したのに、やはり不便だということで便利な平地に戻ってしまい、今回また被害にあったという所もあったようです。

一番よいのは海岸に住まないことですが、生活を考えたらなかなかそうはいかないところもあるでしょう。住まいは高台に造り、海岸近くの働く場所に通勤する。これが一つの方法ですが、もう一つはがっしりした4階建て、5階建てのコンクリート製ビルを100メートルか200メートルおきに建てて、商店などは下に、住まいは上の階に置くといった町づくりが考えられます。ライフスタイルを変えることまで考えないと根本的な解決はないと思われます。

「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、人間というのは割合危険な所に住みがちなのです。町を作るには平らな所の方が便利ですが、そういう場所は一般に堆積層で地盤が弱く液状化の危険がある場合もあります。今回のような海の地震ではなく、内陸の地震に関連する活断層があるところは、地質的に弱い上に、地形も割合直線状に延びていますから、昔から街道になりやすいのです。鉄道や高速道路も活断層に沿って走っている所が少なくありません。昔の地図や地質の資料などを見れば災害が起きやすい所は分かるのですが、逆にそういう所は住みやすいという便利な面があって、生活と災害がまさに隣り合わせになってしまいがちな傾向があるのです。

ですから、最初からそういう場所を避けて生活するか、そうでなければ災害に弱いところに住んでいるということをわきまえて、いざ何かあったら逃げる態勢をきちんとつくって暮らすということが必要ではないでしょうか。

がけ崩れによる災害に対しては、急傾斜地の下には家を建てないよう法整備がされました。津波についても危険度が高いところには家をつくらないといった強制力のあるやり方も考えないと、何百年に1回とはいえ、今回のようなことが再び繰り返される恐れがあります。

今世紀の半ばから後半ころまでには、わが国が東海・南海地震に襲われる可能性が非常に高いと考えられています。今回の東北地方太平洋沖地震のメカニズム解明を通して、来たるべき巨大地震の連動性に関する評価をより確かなものにすると同時に、今回の大災害から多くの教訓を学びとり、次の地震での被害軽減につなげねばならないと思います。

(完)

岡田義光 氏
(おかだ よしみつ)
岡田義光 氏
(おかだ よしみつ)

岡田義光(おかだ よしみつ) 氏のプロフィール
東京生まれ。東京都立両国高校卒。1967年東京大学理学部地球物理学科卒、69年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、70年東京大学地震研究所助手、80年理学博士号取得、国立防災科学技術センター第2研究部地殻力学研究室長、93年防災科学技術研究所地震予知研究センター長、96年同地震調査研究センター長、2001年同企画部長、06年から現職。専門は地球物理学(特に地震学および地殻変動論)。

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