FIRSTサイエンスフォーラム「ファースト:世界一の研究を目指して」(2011年3月26日、科学技術振興機構 主催)講演から
銀河が集まっている遠くの銀河団の写真を撮ると、銀河の姿が引き延ばされてゆがんで写っているのがたくさんある。その中で最近、一番ドラマチックな映像というのは、2つの銀河団が毎秒4,500キロというとんでもない速度で衝突した姿だ。コンピュータシミュレーションで表すと、暗黒物質でできている銀河団の中にちょろちょろっとガスがある。衝突すると、ガス同士が反応して熱くなる。摩擦が生じ遅れをとるうち、暗黒物質はお化けのようなもので、そのままスーッと行ってしまう。暗黒物質が先に行ってしまって、後からトボトボとガスが引っ張られて引きずられていくということが実際に起きる。
こういう観測を積み重ねていくことによって、実は宇宙の物質の8割以上がこの暗黒物質で、普通の原子はないんだということがはっきりしてきたわけだ。
実はこの暗黒物質がないと、私たちは存在できない。私たちの研究所にいる人のシミュレーションで、暗黒物質が存在する実的な宇宙と、暗黒物質がない仮想的な宇宙を生まれたときから比べることができる。137億年たつと、暗黒物質がある宇宙では、暗黒物質同士が重力で引き合ってきて、濃いところはだんだん濃くなる、薄いところは薄くなって、濃淡がはっきりしてくる。つまり濃いところには銀河と星ができるわけだが、暗黒物質がない宇宙だと137億年待っても、のっぺらぼうのままで、銀河も星もできなくて、私たちも存在できないということになる。
暗黒物質が集まった所というのは宇宙の中にたくさんあって、その間は逆に何もない空っぽの場所がある。暗黒物質がたくさん集まった所が普通のガスや原子を重力で引きずり込んで、そこに星とか銀河ができてくる。こういう暗黒物質だまりの中に私たちは住んでいるわけだ。だから、暗黒物質がなかったら、この正体が分からなかったら、どうして私たちは宇宙にいるのかということも分からない。だから、これはぜひどうしても知りたいということになる。
宇宙はどんどん膨張している。これも最近分かった非常に不思議なことだが、宇宙の膨張速度が実は最近加速し始めた。最近というのは約70億年前のことだが…。加速し始めるとどうなるかというと、遠くに今きれいに見えている銀河、これがどんどん遠くに行ってしまうから、いずれみんな見えなくなってしまう。つまり、こういう宇宙の研究というのは今しかできない。早く予算をつけましょうとお願いしたところ、内閣府から予算をいただくことになったのが、このFIRST(最先端研究開発支援)プログラムの中の研究課題「宇宙の起源と未来を解き明かす -超広視野イメージングと分光によるダークマター・ダークエネルギーの正体の究明-」だ。
暗黒物質とか、暗黒エネルギーの研究というのは、世界的にも非常な競争になっている。実は僅差で負けたが、一応評価してもらえたという例を話したい。私の書いた中で割とよく知られている論文で、暗黒物質の新しい候補というのを理論的に考えることにつながった仕事がある。これは国際的な協力でやった仕事で、スイスに住んでいるイタリア人2人と、米国東海岸に住んでいるドイツ人、米国西海岸にいた私の4人組で論文を書いた。
論文は基本的にできていたけれど、放っておいて完成してなかった。ところがある夜、寝る前に読んだ論文のリストを見ていると、ほとんど同じ仕事があった。リサランドルという物理学者の書いた論文だ。びっくりし、あわててメールを書いた。これは何とかしないと、と。そうすると欧州では朝だから、ちょうど共同研究者が出てきて論文を書き続ける。夕方になったころに、今度は米国の東海岸にいる仲間が論文を書き次ぐ。最後に西海岸の私に戻ってきて、1日たって論文が仕上がり投稿した。1日違いだから、これはさすがにぱくりじゃなくて、独立にやっていた仕事と認めてもらえた。あそこで頑張らなかったら、本当にこの論文は評価されなかったと思う。このように激しい競争が行われている。
最後に、科学と技術というのはどういう関係にあるのかということを話したい。科学というのは本当にさまざまな対象があって、宇宙からずっと小さい素粒子まで、いろいろなものを皆、考えている。こういうものに対してまず問い掛けをする。自然に対して語り掛けるのが、実験と観測だ。語り掛けをした返事、つまり自然に教えてもらった答えを理論でまとめ上げて、最終的に自然がどういう仕組みで動いているかという自然法則を明らかにする。これが科学の手法なわけだが、そうして分かってきた自然の仕組みというのを今度は使ってやろうということで、さまざまな技術というものが生まれる。例えば、それはiPhoneみたいなすばらしい技術からスペースステーションに行ったり、もしかしたら「タケコプター」とか、「どこでもドアー」とか、「タイムマシーン」ができるんじゃないかといった、夢のような技術にもつながっていくわけだ。
こうやってできた技術が、実は跳ね返って、新しい実験や観測、先ほどの超電導の試作のようなものに使われていく。科学と技術はこのようにして進歩していくわけだ。これを無理に分け、線を引いて、こちら側は役に立つ、こっちは役に立たないとよく言われる。しかし、役に立つものは豊かな生活に結びつくが、役に立たないような宇宙の研究でも豊かな心に結びつく。役に立たないかもしれないけども、ぜひやりましょう、と私はいつも言っている。
村山斉(むらやま ひとし)氏のプロフィール
国際基督教大学高校卒。1986年東京大学理学部物理学科卒、91年東京大学大学院物理学研究科物理学専攻博士課程修了。東北大学助手、米ローレンス・バークレー国立研究所研究員、カリフォルニア大学バークレー校助教授、準教授、教授を経て2004年カリフォルニア大学バークレー校MacAdams 冠教授。07年から現職。専門は素粒子理論で主な研究分野は超対称性理論など。著書は「宇宙に終わりはあるのか?―素粒子が解き明かす宇宙の歴史」(ナノオプトニクスエナジー出版局)、「宇宙は何でできているのか」。09年からスタートしたFIRST(最先端研究開発支援)プログラム30課題30人の中心研究者の一人に選ばれる。FIRSTプログラムのテーマは「宇宙の起源と未来を解き明かす -超広視野イメージングと分光によるダークマター・ダークエネルギーの正体の究明-」。