シンポジウム「日々のくらしのグリーン・イノベーション」(2010年4月13日、科学技術振興機構 主催)基調講演から
コペンハーゲンの国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、あまりうまくいかなかったと言われている。しかし、日米欧の先進国が、2050年に80%減らすことは必要だという合意に達した。具体的にどうやるかについてはうまくいかなかったわけだが、必要性に関して合意したというのはとても重要だ。
先進国は温室効果ガスを80%削減することで合意したが、一方、途上国は成長する。中国が世界のセメントの半分をつくろうと6割つくろうと、これは必要としているのだから仕方がない。けれども、それは効率の高い工程を使うべきだ。成長は新興国の権利だけれども、効率は義務である。しかもこれは中国にとってもプラスになる。二酸化炭素(CO2)の問題を明るく考える大きなポイントはここなのだ。
CO2を減らすということは、もうかる初期投資をだれが負担するかという問題である。日本のセメントはどうしてあれほどエネルギー効率が高いのか。それは、日本の人たちが地球環境に思いをはせて、昔からCO2を減らそうとしてきたからだろうか? そんなことはあるわけがない。日本は自由市場でやってきた。自由市場では輸入するエネルギーが高かったから、いずれエネルギーコストで回収できるということで初期投資をしたわけだ。それが世界一のエネルギー効率をつくった。
逆に言うと、もう既にエネルギーコストは世界中で高くなってきているのだから、中国だって高い効率のプロセスに投資した方が得だ。だから、今の問題は決して途上国に負担を課すのではなく、うまく融資のシステムといったようなものを絡ませればいい。資本主義の時代が続いたので、世界は既に資本が過剰。だからリーマンショックやデリバティブのようなことが起こる。資本はあるのだ。それを人間が賢く投資できればCO2問題は解決に向かう。
電気をどこに使っているかで振り分けることが低炭素化を議論するときのスタートだ、と私は思っている。日本は「ものづくり」に45%、そして「日々の暮らし」に55%使っている。かなりCO2排出を絞っている「ものづくり」でさらに絞るのは日本にとってあまり得策とは言えない。骨太のところは「日々の暮らし」で削減し、省エネの「ものづくり」でリードする。それが「ものづくり国日本」の取るべき戦術だ。
では、家庭でどのくらい減らせるかになる。お湯づくりで30%、冷暖房が同じくらい、さらに照明、冷蔵庫と、ここら辺までで8割近くのエネルギーを消費している。オフィスでは家庭ほどお湯を使わないが、ほぼ同じだ。だから、冷暖房とお湯づくり、照明と冷蔵庫、ここを家庭でどれくらい減らせるかという話になる。
エアコンのカタログなどに成績係数(COP)というのが書いてある。3なら、1キロワットの電力消費で3キロワットに相当する冷房あるいは暖房ができるという意味だ。外気と内気の温度差が7℃といった標準を決めて議論しているが、理論値がいくらかというと43だ。1990年に「ビジョン2050」をつくったころは、冷暖房機器の成績係数は大体3くらいだった。これを理論値に向けてどれだけ上げられるか、となると優秀な技術者ほど「大体限界だ」という。トップメーカーのトップの技術者たち数人と議論したが「小宮山さんは学者で現実を知らないからだ」と言われた。
そこで細かい議論をやったわけだ。流体力学に関係するところ、モーターのエネルギー効率に関係するところ、永久磁石がどれくらい使えるようになるかなど。議論の末に合意に達したのが、「2050年には12くらいまで行くというのが、いい目標なのではないか」だった。
これはすごいことで、成績係数3と同じ能力の冷暖房機器が4分の1の電力で動くことになるということだ。当時は信用する人はほとんどいなかった。しかし、その後どうなっているか。2009年度の省エネ大賞をとった三菱電機製家庭用エアコン「霧ヶ峰」の成績係数は7.1だ。国の委員会はもうすぐ「2050年には成績係数を12に」という目標を出すだろう。
日本は「課題先進国」であり、地球温暖化だけでなく多くの困難を抱えている。これから先、どのような産業によって経済を活性化していけばよいか、先進国にはお手本がない。次の産業は、自分の足元を見つめ直すこと、すなわち日々の暮らしをよくしようとする中から見つけ出すほかない。海外で普及している需要のみに頼らず、国内に創造型の需要をつくり出さなければならない。
私はそのために地域ごとにくらしを実現しようとする社会、「プラチナ社会」の構築を提案している。プラチナという言葉には、低炭素社会を実現していくグリーンイノベーションと明るい高齢社会を実現していく「シルバーイノベーション」を結び付けることによって実現する快適な社会のイメージが込められている。
産業界に代表される「社会」と、大学に代表される「科学技術」にはお互いに距離がある。低炭素社会戦略センターは「社会」と「科学技術」をつないでいくことを役割ととらえ、低炭素社会に対して実現可能な回答を示していく。また、さまざまな温暖化対策技術を社会に導入していく上で、初期投資を誰が負担するのかが問題になる。実現性の高い政策として、投資負担の仕組みについても提言する。大学、自治体と「プラチナ構想ネットワーク」の構築を図りつつ、市民主導で暮らしをよくし、新しい産業を興し、国民総生産(GDP)を増やしていく。
小宮山宏(こみやま ひろし)氏のプロフィール
東京都立戸山高校卒。1967年東京大学工学部卒、72年東京大学大学院化学工学専門課程博士課程修了、88年 東京大学工学部教授、2000年工学部長、大学院工学系研究科長、03年副学長、05年総長、09年三菱総合研究所理事長。09年12月科学技術振興機構が設立した低炭素社会戦略センターの初代センター長にも。自宅を太陽光発電やヒートポンプを取り入れたエコハウスとし、温室効果ガス削減を実生活でも実践していることでも知られる。著書に『Vision 2050 -Roadmap for a Sustainable Earth』(Steven Kraines)、「サステイナビリティ学への挑戦」(岩波書店)、「『課題先進国』日本:キャッチアップからフロントランナーへ」(中央公論新社)など。