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内需主導の技術革新へ期待(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2009.11.18

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2009年11月16日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 新政権の「内需主導策への転換」に、私はイノベーション(技術革新)の観点から期待を抱いている。現在の日本は、単純に国際競争力が落ちたのではなく、「世界一の金持ち国家となったがゆえの国内産業の疲弊」という未経験の状況に直面している。内需主導策はこの問題を解決できる方向だからである。

 日本では現在、大学などで良い技術が開発されても、国内企業の多くがその新技術に消極的である。「海外に出て行く方が市場の拡大も期待でき、労働コストや税金、規制などすべての条件で有利」「海外での製造には新たな技術よりも、むしろ国内で確立した技術がよい」という。

 一方、海外企業は日本で開発された技術に熱い視線を寄せる。製造業関連は韓国、台湾、中国など、生命医療関連は欧州や米国である。国内のある公的研究機関は、特許許諾業務を海外の特許仲介会社に委託したとされる。大学にも海外の仲介会社から誘いが来ている。国内での技術開発そのものはまだ衰えていないが、このような事態が続けば、数年の内には日本の技術開発自体に問題が生じてこよう。

 日本は20年以上にわたって、毎年の貿易黒字およそ10兆円を海外に投資し、250兆円という巨額な対外純資産を築いてきた。2005年以来、この海外投資から得る日本の所得黒字は貿易黒字を上回り、さらに急速に膨らんでいる。この「双子の巨額黒字」は円高をもたらし、輸出産業である製造業が国内から海外に逃げだし、国内に産業立地が難しい状況を招いている。「双子の巨額黒字と止めどなき円高」、これが日本にとって未体験のできごとである。

 これまで私たちは「エネルギーも資源もない日本は貿易黒字を出さねばならない宿命を背負った国」と信じてきた。しかし、その考えを改めるべき時がきたといえよう。「内需拡大」は国内の産業規模を拡大し、自然と「輸入拡大」につながる。さらに、ODA(政府開発援助)によって途上国への環境技術移転などが進めば、双子の黒字が緩和される。それに伴い円高圧力も緩和される。

 太陽光発電の電力特別価格買取制度などは、内需振興を加速する投資のしくみのひとつである。今後、地域産業振興も含め内需拡大のしくみづくりが活発になれば、科学技術の成果もイノベーションにつながるのだがと思うこの頃である。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
長野県飯山市生まれ。長野県立長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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