1日に4時間半ほどしか眠らない睡眠不足が5日間続くと、うつ病や統合失調症などの患者に似た脳機能の変化がみられ、不安や混乱、抑うつ傾向が強まることが、国立精神・神経医療研究センターの三島和夫部長や元村祐貴研究員らの実験で明らかとなった。
実験は、実生活で体験し得る程度の睡眠不足が脳活動に及ぼす影響やメカニズムを調べるために行った。健康な成人男性14人(平均年齢24.1±3.3歳)に1日8時間睡眠を5日間(充足睡眠セッション)と1日4時間睡眠を5日間(睡眠不足セッション)の両方を、2週間空けて体験してもらい、それぞれの終了時に、男女の「恐怖の表情」や「幸福の表情」「普通の表情」のモニター画像(計48枚)を見た時の脳活動の変化を「機能的MRI(磁気共鳴画像装置)」で調べた。実質的な睡眠時間は、離床できずに寝過ごした人などがいたので、充足睡眠セッションは平均8時間5分±21分、睡眠不足セッションでは平均4時間36分±32分だった。
その結果、睡眠不足の場合、「恐怖の表情」を見た時に、脳の中で情動と記憶の制御を担う「扁桃(へんとう)体」(左右あるうちの特に左扁桃体)と呼ばれる部位の活動量が増大した。「幸福な表情」を見ても扁桃体の活動に変化はなかったことから、睡眠不足時にはネガティブな情動刺激に対してだけ反応しやすくなることが分かった。
扁桃体は大脳の内側前頭前野にある「腹側前帯状皮質」と機能的、解剖学的に結合しており、扁桃体の過剰な活動を抑止することで情動を制御している。ところが社会不安障害やうつ病、統合失調症の患者では、扁桃体と腹側前帯状皮質との機能的結合が減弱していることが報告されている。今回の機能的MRIの検査で、健康成人であっても、5日間の睡眠不足によって扁桃体と腹側前帯状皮質の接続性が弱まってしまうことが明らかになったという。
今回の研究結果は、短期間の睡眠不足でも、情動的な不安定や抑うつのリスクが増大することを示唆している。「現代人にみられる抑うつ傾向や“キレやすさ”の一部は睡眠不足が関与しているのかも知れない。より長期間にわたり睡眠不足を続けることで、うつ病や不安障害の発症につながる危険性もある。睡眠を犠牲にして勤勉であることが日本人の美徳と考えられてきたが、このようなライフスタイルが真に効率的で持続可能なのか、考え直すべき時期にきている」と、研究者らは指摘している。
研究は、文部科学省の脳科学研究戦略推進プログラムと国立精神・神経医療研究センターの精神・神経研究開発費事業の一環として行われた。論文“Sleep debt elicits negative emotional reaction through diminished amygdala-anterior cingulate functional connectivity(睡眠負債は扁桃体-前帯状皮質間の機能的結合の減弱を介して、ネガティブな情動反応を惹起する)”は科学雑誌「PLOS ONE」(オンライン版、14日)に掲載された。