インタビュー

第9回「講義3 音読や計算がもたらす効果 脳を鍛える実践法」(川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授)

2006.08.01

「道を拓く 脳のメカニズムに迫る」

川島隆太 氏
川島隆太 氏

脳の研究成果をもとにしたゲームの監修などでおなじみの川島隆太東北大学教授を迎え、脳のメカニズムに迫ります。

誰でも簡単に実践できる脳を鍛えるトレーニング法とは?音読や計算がもたらす効果をお伺いしました。

—脳を鍛える方法とその効果は?

「脳を鍛える」という一言で言っても、脳って、いろんな場所が全く違う働きをしています。ですから私たちは脳を鍛えるという時に、まず一つの 仮説を持ちました。
それはどこを鍛えるかということです。
そこで私たちは、人間ならではの働きをしている前頭葉の前頭前野と呼ばれている脳を、いかにしてよく働くようにするかをまず考えました。そこで一体何をしたらいいのか。
普通の真っ直ぐな直観的な感覚で言うと、使えばいいだろうという考えが出てきた。
ところがたとえば腕の筋肉で言うと、曲げ伸ばし運動を一生懸命やっていれば、確かに筋力がついて、曲げ伸ばし運動はできるようになっていく。
でもそれ以外の運動には影響してこないわけですね。それでは意味がないと考えました。

そこで私の中で一つのブレイクスルーとなったのは、私自身が京都大学霊長類研究所に大学院の時に行って、行っていたサルの脳の研究です。 実際にサルの脳の神経細胞に電極を使って調べていくんですが、前頭前野と呼ばれている神経細胞に注目すると何をしているかわからない。選択性が低い細胞が非常に多いことに気がついていました。
論文にできない細胞が多い。
これらの細胞はいろんなことにかかわって働いているんだと私は解釈をしました。
前頭前野という脳に絞って考えると、ある一つの作業で前頭前野をたくさん使うということを繰り返し行えば、その作業だけでではなくて、その他の能力も上がってくる可能性があるのではないか。特に背外側前頭前野と呼ばれている外側面の前頭前野は、脳機能イメージングでわかっているんですが、中央実行機能と呼ばれていて、さまざまな高次機能をさらに支配している高い能力を持っている高次機能領域があると考えられています。
ですから中央実行機能を持っている背外側前頭前野を何らかの一つの作業で使うことを繰り返し行わせれば、いろんなネットワークの機能が上がるのではないかという仮説を持ちました。

そこで、私たちがどうやってこの前頭前野を使おうかと考えた時、私自身がずっと行ってきた脳機能イメージング研究の成果をレビューしてみるということを考えたわけです。
私たちのチームでは、実は目を閉じてじっと何もしないでいるという時の状態を必ず脳機能イメージングの実験の時に作像するようにルールとして決めています。
実際には論文には使えないのですが、同じベースラインの状態があるために、何百、何千とある実験を横並びに比べてみることができる。そうすると、一体、何をさせると、たとえば前頭前野がよりたくさん働くかということをデータベースの中から簡単に引っ張りだせるという工夫がしてあります。

そこで我々のデータベースを検索する作業を次に行ってみた。
そうすると偶然の発見なんですが、計算問題を速く解く、特にやさしい問題を速く急いで解くこと。それから活字を声に出して読むということ、この二つが左右の背外側前頭前野を非常に活性化するものだということを発見しました。
それでいて、かつ万人が行いうるということを見つけ出したわけです。
そこで私たちは、じゃ、音読や計算をシステム化して、毎日繰り返し行うことで、前頭前野機能を上げるためのシステムがつくれるんじゃないかと発想したわけです。

でもここまでは仮説の話で、科学的事実としてわかっているのは、計算や音読で前頭前野は活性化するという事実まで、です。
次に我々がクリアしなくてはいけないのは、それは生活習慣の中に持ち込んだ時に、本当に計算や音読以外の能力が上がってくるのかということです。
このように一つの能力を上げた時に他の能力も変化することを心理学ではトランスファ、「転移」と呼んでいて、このような現象が実際に我々の脳の中ではあるんだということは昔からわかっていました。
ですからこの転移が高次機能の間に起こるかどうかということを確かめる必要があったわけです。

そこで私たちが最初に行ったのは、認知症になってしまわれた高齢者の方々に協力していただいて、認知症になってしまわれた方々に1日10~15分程度を目安にして簡単な音読や計算のドリル教材を行ってもらうことをいたしました。
認知症の高齢者の方々に対する生活改善の研究というのはJSTの社会技術研究の中で「脳科学と教育」という補助を受けて行ったものです。この研究で私たちが見つけ出したものは、確かに1日10分、15分であっても、計算や音読をしていただくと、認知症の方々の脳機能がよくなってくるというデータです。
対照群の方々は全く同じ介護を受けていても脳機能が悪化していく。いわゆるボケが進むという状況にあったんですけど、介入するとよくなるという成果が出てきました。
今までたくさん認知症に関する介入の研究はあったんですけれども、6ヶ月間以上の長期にわたって10名以上の集団で脳機能を改善した状態を維持したという論文はほとんどなかったものですから、これは米国老年学会誌にすぐに採択になって、論文発表ができるようなデータがとれてまいりました。

次いで私たちは健常な、高齢者の方々に対しても全く同じシステム、即ち音読や計算を使ったシステムで脳の機能を改善しうるかという研究に突入いたしました。
これもJSTの社会技術研究の補助を受けて行ったものです。
実際に健康な高齢者の方々に音読、計算を毎日10分、15分行っていただくと脳の機能が改善してくるデータが出てきました。この方々は何もしないで自宅で普通に暮らしていると、ほぼ脳機能は横ばいか、ゆっくり下がってくることもわかりました。
そして何よりも私たちが大きな成果だと思っているのは、最近出てきた研究成果ですが、軽度認知障害と呼ばれている状態にある人たち、これら医学で最近、注目されているんですが、健康ではない、でも認知症でもない、その中間の領域にあるグレーゾーンの方々ですが、この方々は東北大学医学部の追跡調査では、1年後には2割の方が認知症に落ち込んでいってしまうことがわかっている、認知症のリスクが高い群が存在します。この方々に大体、半年間、音読や計算のトレーニングをすると健康な状態に9割以上の方が戻ってくるというデータもとれています。
もちろんこの先、5年、10年、追跡調査をしないと固い話はできないんですけれども、現段階でも認知症の予防につながる研究成果が見えてきただろうと私たちは考えています。

現在ではこうした音読や計算等を使って前頭前野を使うことで、確かに脳の機能にいい影響があるということがわかっていますので、さまざまな民間企業が、さまざまな商品を出す中で、実際に「脳を鍛える」という商品群が産業としてつくりあげるというところまで進んでまいりました。
ただ私たちの研究の最終のゴール、社会還元研究の最終のゴールは、子どもたちの教育、子どもをいかに健全に育むかというところにあるのですから、私たちはこの研究成果をさらに進化させることによって、たとえば音読や計算をすることが、本当に子どもたちを健全に育むことに有効なのかどうかというところまで答えを出したいと考えています。

—脳を鍛えると創造力も高められるのですか?

創造力が高いか、低いかということを評価する心理学的なテストが、まだ世の中にはありません。
このテストをつくることが先ず先決にはなりますが、私の仮説としては創造する力は左の脳の前頭前野の働き、それも背外側前頭前野と言語領域の二つの場所の働きだという脳機能イメージングのデータを持っていますので、こうした前頭前野の働きを高める仕組みによって、創造力も転移によって上がってくる可能性も十分にあるだろうと信じています。

—音読や計算は、健康な成人でも効果がありますか?

私たちはいわゆる健康な成人に関しても実際に音読や計算をすることで脳の働きがよくなるかどうかという検証も行っています。
これは産学連携の中でさまざまな企業が脳を鍛える商品を出す時に、本当にその商品群が有効かどうかということまで、大学の方で心理学実験を終える研究をしていく中での研究成果となります。
実際にどのような商品群を使っても同じ結果が出てくるんですが、音読ですとか計算問題を毎日続けていただくことで、たとえば短期記憶の能力が1ヶ月度には2割程度上がってくるという心理学データが出ています。
短期の記憶力もまさに背外側前頭前野、中央実行機能というものを使う働きそのものですから、いわゆる前頭前野の働きを高めたという証拠になるのではないかと考えています。

—音読や計算以外に脳機能を鍛える方法は?

私たちが今、注目しているのは音読や計算で前頭前野が働いて、それが脳機能を高める、ここまではデータとして出てきた。
ただし、その他にもいろんな方法が世の中にはあって、そういう方法でも手軽な方法で前頭前野機能を高めることができないかという検索も、いくつか行っています。
そういう中で、調理をすることが、調理のどのような場面をとっても前頭前野を活性化するという脳科学データが出てまいりました。それをサポートする医学のデータもあって、前頭前野が破壊された人たちの中に調理ができなくなってしまう例がたくさん出てくることも知られています。
そこで私たちは60歳以上の高齢の男性に毎日調理をするという生活習慣を持っていただいて、その前後で脳機能が変化があるかどうかという研究も行ってみました。
その結果、私たちの予想通りに毎日調理をした高齢の男性の方々は前頭前野の働きがよくなったという心理学的な指標を得ることができました。
ですからここから、私たちが生活の中で意識して積極的に背外側前頭前野を使うことで、私たちのさまざまな能力を上げることができる可能性があるのではないかという仮説が見えてきたわけです。

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