今年は「史上最も暑い夏」になるのは確実とされ、地球温暖化の影響とみられる異常気象が世界で頻発、熱波や干ばつ、豪雨などによる被害が相次いだ。
アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで11月30日から開かれていた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)は会期を1日延長した12月13日、パリ協定の目標に沿って産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑えるために「化石燃料からの脱却をこの10年間に加速する」などと明記した成果文書を採択し、閉幕した。
過去の会議で合意した「石炭火力発電の段階的削減」から、対象を世界がエネルギー源として頼ってきた石油や天然ガスを含む化石燃料全体に広げて前進した。合意された成果文書には再生可能エネルギー(再エネ)の世界の設備容量(発電能力)を2030年に3倍にすることも盛り込まれた。会議は今回も後半から終盤にかけて各国の利害が対立して交渉は難航したが、最終局面で温室効果ガスを多く排出する化石燃料からの脱却に向け合意した。
ただ、国連環境計画(UNEP)が現在の各国の排出削減目標が実行されても今世紀末には3度近く気温が上昇してしまうと警告するなど、世界の対策は不十分とされる。各国は合意文書に基づいて新たな排出削減目標をつくる作業に入る。「脱却」という表現も抽象的で、気候変動による深刻な被害をどこまで軽減できるか、危機感を背景にした各国の本気度が問われる。
合意文書は「19年比で30年に43%減目標」を確認
COP28には約200カ国の政府代表のほか、会期期間中さまざまなイベントに参加した環境研究機関、環境団体のメンバーらも合わせると約8万5000人が参加した。成果文書は現地時間の13日昼前(日本時間午後4時ごろ)に採択された。
会議に参加した政府関係者らによると、最後まで難航したのは、削減対象を化石燃料全体に広げた削減に関する文言だ。当初案にあった「段階的廃止」の表現に対してサウジアラビアなど産油国が激しく反発した。こうした動きに対し、一時「廃止」を強く求めた島しょ国や欧州諸国なども反発。結局「脱却」という表現で合意に至ったという。
合意された成果文書は、まず今年が記録上最も暑い1年になることに深刻な懸念を表明。現状ではパリ協定の「1.5度目標」には到底実現できないとした。その上で世界の温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにするためには19年比で30年に43%減、35年に60%減と、大幅に減らす必要があると明記している。
会議の初めに「有志国」がまとめた「世界の再エネの設備容量を30年に3倍にする」との目標も取り込んだ。公正で秩序ある公平な方法により、エネルギーシステムの化石燃料からの脱却をこの10年間に加速し、エネルギー効率も2倍に改善するとした。一方で、化石燃料の中でも石炭火力発電については排出削減対策が講じられていない施設の「段階的削減に向けた努力を加速する」とする従来の方向を踏襲し、多くの国が求めた「廃止」には至らなかった。
成果文書は、一部の国が求めた原子力発電の活用や、二酸化炭素(CO2)の回収・貯留技術などの活用も盛り込み、非効率的な化石燃料補助金の段階的廃止をできるだけ早く行うとした。発展途上国が求めていた対策支援基金について文書には「損失と被害基金」の始動を明記し、先進国はさらなる貢献をすることを呼びかける文言も盛り込まれた。
会期中、有志連合の宣言、誓約相次ぐ
COP28では全締約国による交渉と並行して個別の目標を共有する複数の有志国が独自の宣言、誓約などを公表する場面が目立った。今回会議の特徴でもあり、これらの宣言、誓約の多くは開幕直後から会期の前半に公表された。まとめ役を務めた議長国UAEとしては有志国の動きを全締約国に広げ、前向きな雰囲気を演出する狙いがあった。
まず、議長国が中心となって世界の再エネの設備容量を2030年までに3倍にするとの有志国誓約を会期早々にまとめた。閉幕までに米国、日本など、会議参加国の半数を大きく上回る130カ国が参加した。誓約は「1.5度目標」達成に向けて、再エネの設備容量を22年比の3倍に当たる1万1000ギガワットにするほか、エネルギー効率の改善などを盛り込んだ。岸田文雄首相は首脳会合が開かれた1日に演説し「再エネ3倍に賛成する」と表明している。
フランスや米国が主導して石炭火力発電からの転換を加速させることを目指す有志国連合も発足した。連合には欧州連合(EU)、カナダ、インドネシア、マレーシア、英国などが参加した。日本も一時参加する方向で調整したが、最終的に見送った。岸田首相は演説で、排出削減対策が取られていない新規の石炭火力発電所の建設を終了していく方針を表明したものの、終了年限は示さなかった。
有志国宣言の中でも注目されたのが「原発3倍」宣言だった。「気候変動対策に原子力は重要な役割を果たす」と明記。「小型モジュール原子炉」など、次世代の開発を進めて世界の原発の発電能力を2050年までに3倍に増やすという内容で、米国、日本のほか、カナダ、フランス、フィンランド、韓国、ウクライナ、英国などが参加したが、その数は20程度にとどまった。この宣言に対しては国内外の環境団体が連名で批判するコメントを発表している。
気候変動の適応策の柱の一つとされる食料・食糧生産を強化することを目指す宣言もまとまり、158カ国が賛同した。発展途上国では食料・食糧の確保が危機に立たされているとして途上国支援の重要性を強調している。気候変動の影響を受けやすい疾病のまん延などを防ぎ、健康リスクを下げるための対策を強化する宣言も出され143カ国が参加した。2つの宣言には日本も名を連ねた。
UNEP、気温も排出量も過去最高と警告
国連環境計画(UNEP)はCOP28開催を前にした11月20日、世界の2022年の温室効果ガス排出量が増え続けていると警告する報告書を発表した。「排出ギャップ2023」と題し、副題は「壊れたレコード」。壊れたレコードのように同じことを繰り返し言うことを意味しているが、温室効果ガスの排出削減が一向に進まない実態を皮肉ったともとれる。
報告書はまず、今夏の世界的な猛暑に言及して「9月は過去最高値を0.5度上回って平均気温は産業革命前と比べ1.8度高かった。パリ協定が目指す『1.5度』を上回った日が年間86日を数えた。史上最も暑い夏になり、壊滅的な異常気象が発生した」などと指摘。22年の世界の排出量は前の年から1.2%増えて過去最多となり、CO2換算で574億トンの最高値を記録したと明記している。
各国が掲げている削減数値を基にすると、世界の排出量は30年時点で520億トン、35年時点で510億トンになると予測。このままではパリ協定の「1.5度目標」が達成できる可能性が低く、達成確率は「楽観的シナリオでも14%しかない」と推計した。各国の現在の対策では今世紀末までに気温上昇が2.5~2.9度、今後の対策の遅れによっては3度を超えてしまう可能性もあるという。
UNEPのアンダーセン事務局長は報告書の中で「強烈な気候変動の影響を見るにつけ、現在各国が出している削減目標(による気温上昇予測の結果)は望ましくない。世界は不十分な行動の溝から脱して排出量削減などで新たな記録を打ち立てなくてはならない」と訴えている。
脱炭素社会への転換に猶予ないことを共有
COP28は、気象災害が続発して世界中がかつてない異常気象を実感した一方、ロシアのウクライナ侵攻に始まった両国の戦争に加えてパレスチナ自治区ガザでのイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘も激化し、世界の各国間の分断が深まる中で開かれた。
温室効果ガスは国境を超えて地球上の大気に広がる。気候変動対策は国際社会が一丸とならないと効果を発揮しないが、最近の厳しい国際情勢はCOPの場にも影響した。会議参加者によると、首脳級会合でヨルダンのアブドラ国王は「戦争による破壊で気候変動の悪影響は増大する」と警告したという。演説を予定していたイスラエルのヘルツォグ大統領は登壇しなかった。バイデン米大統領は会議出席を見送っている。
会議後半はこうした最近の緊迫した国際情勢が影を落とした上に、これまでのCOP同様、先進国と発展途上国の対立構図が色濃く出た。しかし、世界の気候変動の激化に歯止めがかからず、深刻な危機が顕在化している現実がある。多くの参加国は各国の当面の利害に縛られながらも脱炭素社会への転換に猶予がないとの認識を共有し、何とか合意に至った。UAEのスルタン・ジャベル議長は成果文書採択の直後、「みんなで取り組むことが会議の核心だった。困難な日々の中で私たちは成長した」と述べている。
排出量の8割占め、責任大きいG20
「化石燃料から脱却」の表現は難航した交渉の妥協の産物だ。現在の世界の不十分な取り組みから方向転換する一歩とも言えるが、重要なのは今回合意された「再エネ3倍」の目標を各国が国内事情の限界を超えていかに確実に実行するか、その進捗(しんちょく)が今後の鍵を握る。だが、国際エネルギー機関(IEA)はCOP28会期中に「再エネ3倍」の誓約が全て実施されても「1.5度目標」の達成には遠いとする分析を発表している。現在の気候変動対策がいかに厳しい状況に置かれているかを示すデータだ。
COP28では気候変動を抑えるのに必要な排出削減の水準と各国の目標数値に大きな開きがあることが確認され、成果文書にもその現実が明示された。厳しい現実を前にパリ協定に参加する各国は今後、35年までの排出削減を見通す次期目標の策定に入る。
日本の電力構成に占める最近の再エネ比率は約20%(20年度実績)。日本政府は現行のエネルギー基本計画で、その比率を30年度に36~38%に到達させることを目指している。来年は国連に提出する次期の排出削減目標の土台となり、基本計画の改定作業も始まる。今回会議の合意内容を次期基本計画に反映させる必要がある。
先進国のほか新興国も含めた20カ国・地域(G20)の排出量は世界の排出量の76%を占めている。COP28では異常気象の被害にさらされる「脆弱(ぜいじゃく)国家」である発展途上国から今回悲鳴にも似た危機感が表明された。温室効果ガスの大半を排出するG20の政府や国民の責任は大きい。
多くの気象の専門家は現在の各国の排出削減ペースでは今後の気候変動による気象の極端化や熱波、干ばつの一方、暴雨といった異常気象被害の激化は避けられないと指摘する。対策はいよいよ待ったなしだ。国連のグテーレス事務総長はCOP28の閉幕に際して「危機の最前線にいる人々に気候を守る正義を届けるためにはまだ多くのことをしなければならない。世界は遅れ、優柔不断、中途半端な対策が許される余裕はない」と強調している。