「世界の今の気候変動対策では今世紀末までに産業革命前比で2.8度、各国が約束した温室効果ガス削減目標を達成しても約2.5度、それぞれ上昇してしまう」。国連環境計画(UNEP)がこのように警告する最新報告書をまとめ、10月27日発表した。パリ協定は1.5度上昇に抑えることを目指しているが、現状は目標にはほど遠いことを示す予測だ。11月6日からエジプトで開かれる気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)を前に進まない対策に危機感をあらわにしている。
この報告書は「終焉(えん)の窓―気候危機は社会の急速な変革を要求する」 と題し、概要編、本編合わせて約130ページ。各国の専門家が分野別に分担し、気候変動対策やその効果などに関する膨大な最新データを分析した。その結果、各国が現在行っている温室効果ガス排出量削減対策では今世紀末には産業革命前より2.8度上昇してしまう、と結論付けた。
英国・グラスゴーで昨年10月から11月にかけて開かれたCOP26以降、各国は2030年までの排出量削減目標を国連に提出した。報告書は各国がこの国際約束を達成しても2.4~2.6度上昇するとした。
「楽観論は現実味がない」
パリ協定は2015年12月にパリで開かれたCOP21で採択された多国間国際協定。今世紀末の気温上昇を産業革命前比で2度未満、できれば1.5度に抑えることを目指している。 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などの報告書では、1.5度を超えて2度になると人間が住むほとんどの地域で極端な高温が増えて甚大な被害が出ると予測されている。このためCOP26では「1.5度に抑えるための努力を追求する」との文書が採択され、パリ協定が目指すのは事実上「1.5度目標」になった。
UNEP報告書は、各国が現在実施している対策のまま2030年を迎えた温室効果ガス排出量を算出。気温上昇を2度に抑えるためにはその排出量の30%、1.5度を達成するためには同45%も削減しなければならない、と試算した。
日本は2030年度の排出量を13年度比で46%削減し、50年に排出量実質ゼロにする目標を掲げている。世界の排出量の約75%を占める日本など20カ国・地域(G20)の取り組みを念頭に報告書は「COP26で各国は約束したが進展は全く不十分」とした上で「対策は始まったばかりだ。対策を格段に強化しない限り、30年に予測される世界の排出量の1%未満しか減らせない」と明示した。
また、各国が約束した30年の排出量削減目標を確実に達成した上で50年の排出量実質ゼロを実現できれば気温上昇は1.8度に収まるとしつつも、現在の各国の取り組みの実態からこうした楽観論は「現実味がない」と断じている。
「残された唯一の選択肢は急速な社会変革」
今回の報告書発表に合わせたプレスリリースの見出しは「世界の気候変動対策が不十分だったために残された選択肢は急速な社会変革しかない」。報告書は今後求められる社会の変革内容も詳細に記載している。
報告書は、生産から消費までを含む食料関連の排出量は全体の3分の1を占める、と指摘。食料生産方法の改善や食品サプライチェーンの脱炭素化、肉食をなるべく減らすといった消費者の行動変容など、大胆な対策を実施できれば2050年の食料関連排出量を現在のレベルの3分の1に減らせると試算した。
このほか、化石燃料への投資の中止や、産業、電力供給、運輸、建築の各分野での徹底した脱炭素化を求めた。また脱炭素社会の経済への変革には少なくとも年間4~6兆米ドルの投資が必要とし、金融システムを脱炭素化に向けて変革する必要性も指摘した。
UNEPの今回の報告書はIPCCの6次までの膨大な報告書に盛り込まれた科学的知見なども生かされている。多くの数値予測はスーパーコンピューターによる解析に基づいている。それだけに信頼性は高く説得力があるが、列挙された対策はいずれも容易ではない。実現は並大抵の努力では不可能とみられる。報告書は事実上、今後も気候危機は避けられないことを示唆し、人間社会がいかにしてこの危機を乗り越えるか、という「適応」の段階に来ていることを物語っている。
報告書内容の厳しさを反映するように表紙のデザインも異色だ。黒に茶色のもやがかかったような暗い壁のほぼ中央に白枠の閉じかけた窓があり、窓の向こうに小さく青空や緑、色づいた花が見える。窓の下の階段の踏み板も折れたり、なかったりして窓を大きく開くのは容易ではないことを表現している。表紙からも強い危機感が伝わる。
「気候危機」を前に成果見通せないCOP27
極めて厳しい内容になった報告書について、UNEPのアンダーセン事務局長は次のようにコメントしている。「段階的に経済や社会を変革すればよい局面は終わった。根本的な社会変革をしなければ、加速する気候災害から私たちを救うことはできない」「2030年までの8年では(社会変革は)実現できないと考える人はいるだろうが、挑戦する前に失敗したと投げ出すことはできない。今すぐ社会変革を始める必要がある」「私たちは『気候変動対策の終焉』の窓をしっかり開いて、世界をより良い方向に変え始めることができる」。
国連のグテーレス事務総長が報告書発表に合わせて出した警告はより直截(ちょくさい)だ。「各国が気候危機に対抗するための取り組みを劇的に拡大しない限り世界は大惨事に直面する」。
11月6日から18日までの日程でエジプトのシャルム・エル・シェイクでCOP27が開かれる。2030年の温室効果ガス削減目標(NDC)の大幅な上積みは可能か。気候変動に対する「適応策」はいかにあるべきか。先進国の発展途上国向け「適応策資金」で合意できるか。アジェンダに難題は多い。「気候危機」を前にしながらも、すでに事前のいくつかの協議で各国間の現実の利害が対立し、具体的な成果を残せるかどうかは見通せていない。
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