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世界は観測史上最も暑い夏になる可能性 日本でも記録的猛暑に最大限の警戒を

2023.07.19

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 世界はこの夏、観測史上最も暑い夏になる可能性があるという。世界気象機関(WMO)は6月が史上最も暑くなり、7月7日には世界の平均気温が最高値を更新したと発表した。ここ数年は北半球を中心に「熱波」が常態化し、干ばつ、豪雨など気象の「極端化」が顕著だ。WMOは7年ぶりに発生したエルニーニョ現象が世界平均気温をさらに高める可能性があるとの懸念を示した。

 エルニーニョ現象は日本に涼しい夏をもたらす傾向にあったが、現在、日本の南方では既に太平洋高気圧の張り出しが強い。梅雨明け前から高温が続き、各地で熱中症リスクが高まっている。梅雨が明けて本格的な夏を迎えるにあたり、記録的猛暑に対する最大限の警戒が必要だ。

6月の北大西洋は海面水温が記録的な高さになった。カラーバーは1991~2020年の平均水温との比較(WMO提供)
6月の北大西洋は海面水温が記録的な高さになった。カラーバーは1991~2020年の平均水温との比較(WMO提供)

16年の過去最高気温を更新し、17.24度を記録

 WMOは10日、7日に記録した世界平均気温が17.24度で、過去最高値だった2016年8月16日の16.94度を0.3度上回ったと発表した。

 この観測値は日本の気象庁が実施している「JRA-3Q」(第3次長期再解析)と呼ばれる観測データが使われた。WMOは日々の全球の平均気温は衛星観測データとコンピューターモデルシミュレーションとの組み合わせで確定している。今回の発表データは暫定値としながらも欧州の気象予報センターの値とも一致しているため確度は高いとしている。警戒を呼びかける意味もあり発表したとみられる。

7月7日に過去最高値の世界平均気温17.24度を記録したことを示す気象庁の「JRA-3Q」データのグラフ(WMO提供)
7月7日に過去最高値の世界平均気温17.24度を記録したことを示す気象庁の「JRA-3Q」データのグラフ(WMO提供)

 WMOはまた、連携している欧州連合(EU)のコペルニクス気候変動サービスのデータを引用し、6月は1991~2020年の同月平均気温を0.5度上回り、過去最高値だった2019年同月の値を超えて観測史上最も暑い6月となったと発表。7月第1週も最も暑い1週間になったとしている。

 WMOによると、6月と7月初めの異常な暑さは、南米ペルー沖の海面水温が上がり、世界的な気温上昇につながることが多いエルニーニョ現象が発生した時期と合致している。6月は欧州北西部が過去最も暑くなり、米国、カナダ、メキシコやアジア、オーストラリア東部でも平年より高温を記録した。一方、オーストラリア西部や米国西部、ロシア西部では例年より涼しかったとし、世界的な高温傾向も全球一律ではないという。

 高温傾向をもたらしている現在の世界の気象現象について、WMOの担当者は2024年まで続くと予想しており「地球にとって心配なニュースだ」とコメントしている。

6月の全球の気温を示す図(WMO提供)
6月の全球の気温を示す図(WMO提供)

海水温も高く、ハリケーン多発、台風強力化の恐れ

 WMOが10日に発表したデータによると、世界の海面水温も、今年5月と6月に両月としては過去最高値を記録した。特に北大西洋では予測を上回る高さとなっているという。日本の気象庁も10日にオホーツク海南部や日本海北部などで海面水温が平年よりかなり高いとする「日本近海の海面水温」情報を公表している。

 海面水温は高くなると一般に、海水が蒸発して大気に含まれる水蒸気が多くなる。このために大雨をもたらしやすいとされる。日本の南方で発生した台風が海面水温の高い海域を通過すると威力が増す。また海面水温の変化は魚の分布を変え、漁業に大きな影響を与える。魚の種類によっては漁獲高を激減させる。

 海の温度の上昇についてWMOは「表面温度だけでなく、海中の温度も高くなっている。何百年もの間、海中にエネルギーを吸収し続けるため気候に連鎖的な影響を及ぼす」と指摘。最近の北大西洋の海面水温は前例がないほど高いという。この海域の海面水温の異常な上昇は欧州や北米を中心にさまざまな影響を与えるとみられる。

 海面水温の上昇傾向についてWMOの研究者は「生態系や漁業、気候に悪影響を及ぼす。北大西洋(の海面水温変化)は異常気象をもたらす推進力となる。ハリケーンや熱帯低気圧が増える可能性が高まっている」と警戒を呼びかけている。今回WMOは日本近海の太平洋の海面水温には触れていないが、日本にも近年、台風が上陸前に異常に発達して強力になったり、沿岸漁業の漁獲高が変化したりするなどの形で影響が出ている。

 海外からの報道によると7月に入ってから米国のニューヨーク州やバーモント州など東部や北東部で豪雨による洪水被害が出ているほか、インドでも豪雨による被害が出ている。

 WMOはこのほか南極圏の海氷面積も、人工衛星での観測が始まって以来、6月としては最小を記録し、観測平均より17%少ないと指摘している。

日本近海の海面水温の平年値(1991~2020年の平均値)を基準にした7月9日の温度差の分布図。赤色が濃い海域ほど海面水温が高まっていることを示す(気象庁提供)
日本近海の海面水温の平年値(1991~2020年の平均値)を基準にした7月9日の温度差の分布図。赤色が濃い海域ほど海面水温が高まっていることを示す(気象庁提供)

エルニーニョ、異常気象で災害発生しやすく

 熱帯太平洋の東部から中央部の広い範囲で海面水温が平年より高い状態が続く現象が発生し、エルニーニョ現象と呼ばれる。概ね2~7年ごとに発生し、1年前後続くことが多い。気象庁の説明などによると、太平洋の赤道に近い海域ではいつも東風(貿易風)が吹いている。この風によって温暖な海水は西方向に移動し、太平洋の東側の赤道付近は東風と地球の自転の効果によって冷たい海水がわき上がり、赤道付近の海水の温度は西高東低になる。

 しかしエルニーニョ現象が発生すると東風はいつもより弱くなり、太平洋東側の赤道付近では冷たい海水のわき上がりが弱くなり、太平洋の東部から中央部にかけて海面水温が高くなる。この現象は広い範囲で大気の流れや気圧に変化を及ぼし、地球規模で異常気象を引き起こすとされる。日本ではこれまで夏の太平洋高気圧の勢力が弱くなり、梅雨明けが遅くなったり、冷夏になったりすることが多いと言われてきた。反対に同じ海域で海面水温が低い状態はラニーニャ現象と呼ばれる。

気象庁がエルニーニョ現象を解説する概念図(気象庁提供)
気象庁がエルニーニョ現象を解説する概念図(気象庁提供)

 エルニーニョ現象の年の地球の平均気温は高くなる傾向があるとこれまでも指摘はされていた。強力なこの現象が発生した1998年と2015~16年の平均気温は観測史上の上位を占める。エルニーニョとラニーニャという2つの現象がそれぞれ多発する10年~数十年の自然サイクルがあり、2つの現象は地球温暖化による平均気温の上昇と重なって気温上昇を加速したり逆に抑えたりするとされてきた。

 WMOは7月7日の発表に先だつ4日にエルニーニョ現象が7年ぶりに発生したと発表。世界的な気温上昇につながることが多く、異常気象に伴う災害発生の可能性が高まっているとして警戒を呼びかけていた。2020年以降ラニーニャ現象が4年連続で発生していたが、世界的な気温の高止まり傾向は続いており、WMOは今回のエルニーニョ発生で気温がさらに上昇する条件が整ったとみている。

エルニーニョ現象が発生したことを発表したWMOのプレスリリースに掲載されたイメージ画像(WMO提供)
エルニーニョ現象が発生したことを発表したWMOのプレスリリースに掲載されたイメージ画像(WMO提供)

日本にはインド洋のダイポールモード現象も影響

 日本では、今年は6月から西日本から北日本の広い範囲で暑い日が出始めた。6月18日には全国914観測点のうち150地点で30度以上の真夏日になり、群馬県では前橋市で35.5度を観測し、猛暑日になった。

 7月に入ると梅雨明け前から各地で猛暑が続いている。4日には東海や近畿地方を中心に京都市、名古屋市など17地点で猛暑日になった。10日には山梨県大月市で今年最高となる38.7度を記録。東京都心など全国53地点で猛暑日になり、気象庁と環境省は茨城、埼玉、千葉、東京、愛知、徳島、宮崎、鹿児島、沖縄の9都県に「熱中症警戒アラート」を出した。

 15日からの3連休も東、西日本を中心に全国的に猛暑になり、16日は157地点で、17日は194地点、18日は163地点で猛暑日になった。

 気象庁は6月20日に「向こう3カ月(7~9月)の天候見通し」を発表。気温は西日本や沖縄・奄美地方では「平年より高い見込み」、東日本は「平年並みか高い見込み」と予想している。

 この中で同庁は地球規模の気温について「地球温暖化やエルニーニョ現象の影響により、全球で大気全体の温度が高く、特に北半球の亜熱帯域では顕著に高い」「冬に終息したラニーニャ現象の影響が残ること、インド洋のダイポールモード現象の発生により、積乱雲の発生がフィリピン付近から西部太平洋赤道域にかけて多くなる」と指摘した。

 ダイポールモード現象とは、数年に一度、インド洋熱帯域の南東部の海面水温が平年よりも低く、西部の海面水温が平年より高くなる現象のことだ。この現象が発生すると太平洋高気圧の張り出しが強まる傾向になる。またラニーニャ現象の影響が現在も残っている影響でチベット高気圧が東に張り出す傾向になるという。

 日本の9月までの天候について気象庁は、太平洋高気圧が日本の南で西へ張り出し、東に張り出した上空のチベット高気圧とも重なると予想している。また、エルニーニョ現象の影響で偏西風は平年よりやや南寄りを流れるために本州付近ではその影響を受けやすく、東、西日本と沖縄・奄美地方では、暖かい空気に覆われやすくなる。そして東、西日本では南から暖かく湿った空気が流れ込みやすく、前線や低気圧の影響を受けやすくなると予想している。

気象庁が6月20日に発表した7~9月の海洋と大気の状態の予測図(気象庁提供)
気象庁が6月20日に発表した7~9月の海洋と大気の状態の予測図(気象庁提供)

「自分の身は守る」、高齢者・子どもには周囲が注意を

 気象庁も地球規模の高温傾向に温暖化が影響していることを明示している。ただ世界の地域ごとの天候・気象はスーパーコンピューターでも解析や予測は難しい複雑な現象だ。温暖化は全球をまんべんなく暖かくするわけではない。温暖化防止のための国際交渉などで「気候変動」という言葉を使うのはこのためだ。

 近年、世界中で頻発している高温、熱波や豪雨、干ばつは毎年激化し、日本でまだ「異常気象」と呼ばれるが、海外では「極端な気象現象」「極端気象」と呼ぶことが多い。地域によっては暑さが激しくなる一方、強い寒波が発生する。豪雨に見舞われる一方干ばつが続く地域も出る。こうした気象の極端化はやはり、地球規模の気候変動に起因することが海外の多くの研究や分析で明らかになってきた。

6月の世界の異常気象地域。5月にあった低温の地域がなくなり、全球的な高温が目立っている(気象庁提供)
6月の世界の異常気象地域。5月にあった低温の地域がなくなり、全球的な高温が目立っている(気象庁提供)

 国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2021年8月、世界の平均気温が今後約1度上昇すると「50年に1度」の猛烈な熱波の頻度は産業革命前の14倍になると予測。迫る危機に警鐘を鳴らした。WMOの今回の発表は残念ながら、世界はIPCCの予測した危険な道を進んでいることを示している。

 振り返って日本。WMOや気象庁などの予測を総合すると、今年の夏は昨年をも上回る暑い夏になる可能性がある。熱中症への警戒が必要となり、基本的には猛暑日の行動制限、水分補給や涼しい環境の確保など「自分の身は自分で守る」対策を講じるしかないが、高齢者や子どもなどに対しては周囲の人間が注意しなければならない。

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