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深刻被害防ぐ「気温上昇1.5度抑制」へ「今すぐ行動を」 IPCCが8年ぶり報告書で強い危機感

2022.04.08

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト 共同通信客員論説委員

 人類への深刻な被害や影響が出るかどうかの境界値とされる「産業革命前からの気温上昇を1.5度」に抑えるためには、世界の温室効果ガス排出量のピークを遅くとも2025年以前にする必要がある、などと指摘する報告書を「国連・気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第3作業部会(WG3)がまとめ、4月4日に公表した。

 報告書は、早急に排出量削減対策を強化しなければ今世紀末までに危機的な状況になる3.2度の気温上昇をもたらすと強い危機感を示した。その一方で、各国がエネルギー部門を中心に全部門で急速かつ大胆な対策を実行すれば「1.5度抑制」は可能として多くの対策の選択肢を提示した。

 報告書が指摘する「2025年以前」とは、わずか3年程度しか時間が残されておらず、事態は緊急を要することを意味し、IPCCは「今すぐ行動を」と呼びかけた。排出量削減対策を検討するWG3の報告書は2014年以来8年ぶりで、今年11月にエジプトで開催予定の国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)の議論など、今後の国際交渉にも大きな影響を与える内容になっている。

 温暖化の科学的根拠を評価し、現象予測を検討する第1作業部会(WG1)は昨年8月に「人間の影響による温暖化は疑う余地がない」とした報告書を、また温暖化の影響と適応策を検討する第2作業部会(WG2)は今年2月に「世界の33~36億人が気候変動に対応できていない」とした報告書をそれぞれ出している。3つの報告書を統合した「第6次評価報告書」が9月に公表される予定だ。

IPCC第3作業部会報告書の「政策担当者向け概要」の表紙(IPCC提供)
IPCC第3作業部会報告書の「政策担当者向け概要」の表紙(IPCC提供)
IPCC第1作業部会報告書の「政策担当者向け概要」の表紙(左)と、同第2作業部会の同概要の表紙(IPCC提供)
IPCC第1作業部会報告書の「政策担当者向け概要」の表紙(左)と、同第2作業部会の同概要の表紙(IPCC提供)

深刻な気候危機を回避できるか厳しい局面

 国際社会は現在、ロシア・プーチン政権によるウクライナへの武力侵攻がもたらした「世界秩序の危機」のただ中にある。天然ガス輸入をロシアに依存してきた欧州諸国には石油や石炭などの確保や原発回帰の動きも見られるなど、エネルギー情勢が大きく変化しつつあり、当面の気候変動対策に大きな影響を与える可能性が出ている。これに対し国連のグテレス事務総長は「化石燃料が関係するインフラへの新たな投資は道徳的、経済的な狂気だ」と「化石燃料回帰」の動きを強く批判した。だが現実の世界は世界秩序の危機や人道危機と同時に既に顕在化している気候危機の深刻化を回避できるか極めて厳しい局面にある。

 WG3の報告書は2913ページに及び、「政策担当者向け概要」でも63ページある。日本を含む65カ国の専門家ら約280人が世界で発表された1万8000以上の研究成果などを分析してまとめられた。IPCCには約200カ国・地域が加盟し、今回の報告書は政策担当者も参加する加盟各国によって承認された。

 この膨大な報告書はまず、人為的な温室効果ガスの年間排出量は2010年から19年にかけての10年間はそれ以前のどの10年より増加したと指摘。COPの枠組みによる国際的取り組みにもかかわらず効果が出ていないことを明示した。そして政策強化がなければ排出量は25年以降も増加してしまい、今世紀末の気温上昇は3.2度に達すると警告した。

 温暖化対策の国際ルールである「パリ協定」は産業革命前からの気温上昇を2度より低く、1.5度に抑えることを目標にした。しかし、地球の平均気温は既に1.1度上昇してしまっている。昨年8月のWG1の報告書は「2021~40年の間に1.5度以上上昇する可能性が非常に高く、排出量を低く抑えても1.5度を超える可能性がある」と指摘している。

 上昇幅の余裕はわずか0.4度しかない。今回のWG3の報告書は「1.5度」目標を達成するためには、世界の排出量のピークを遅くとも25年以前に迎えてその後は減少に転じなければならない、とした。30年には排出量を19年比で43%減、50年には84%減にする必要がある、という。「25年以前」に排出量の増加傾向を食い止めてピークアウトさせるのは、現在の世界の排出量削減対策の進ちょく具合をみると容易ではない。

1990年以降、全ての温室効果ガスの排出量が増えていることを示すグラフ。2019年時点で化石燃料と産業分野由来の二酸化炭素(CO2)が全排出量の64%を占める(IPCC提供)
1990年以降、全ての温室効果ガスの排出量が増えていることを示すグラフ。2019年時点で化石燃料と産業分野由来の二酸化炭素(CO2)が全排出量の64%を占める(IPCC提供)

求められる社会の全部門の急速かつ大幅な排出削減

 昨年11月の英国でのCOP26では、気温上昇を1.5度に抑える努力を追求することで合意した。この目標を達成するためには2030年の二酸化炭素(CO2)排出量を10年比で45%減らす必要があるが、各国がこれまでに提出した温室ガス排出削減目標全てが実行されても14%も増えてしまうと試算されている。

 だが、報告書は危機感を示しながらも対策の可能性をあきらめてはいない。ただし1.5度上昇を大きく超えないようにするためには、エネルギー部門を中心に産業、交通部門など全部門で「急速かつ大幅な」排出削減が前提だという。

 今回の報告書は温室効果ガスの排出部門別に削減効果などを分析しているのも特徴だ。「温室効果ガス排出量を30年に19年比で半減する対策オプションはある」と指摘。100ドル以下のコストの対策を組み合わせることにより、CO2換算で同ガス1トンを削減することが可能だとしている。

 特に排出量の約3分の1を占めるエネルギー部門については、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの本格導入の重要性を強調している。2010年から19年にかけて同エネルギーの発電コストは低下し、太陽光発電は85%、風力発電は55%単価が減少したと分析。太陽光発電の本格導入により30年には年間40億トン以上削減が可能だという。このほか、CO2回収・貯蔵装置の有効性など多くの方策について言及している。

 一方、化石燃料を使う火力発電所が現在のまま稼働すれば、「1.5度抑制」の目標どころかパリ協定が当初目指した「2度以下」の目標も達成できず、「(温室効果ガスの)大量の排出を固定化させる」と警告している。エネルギー部門では化石燃料使用の大幅削減は不可欠という。

 交通部門では電気自動車(EV)の導入は陸上輸送で「脱炭素」に最も貢献できるほか、バイオ燃料利用など、さまざまな工夫を組み合わせることで大きな削減効果が見込めるとし、農業部門では植林や生態系の復元の重要性などを示した。このほか産業部門では広い分野でのエネルギー効率の向上や製品の再利用・リサイクル促進など、建築部門ではエネルギー効率の高い建造物普及や省エネ素材の選定など具体的な対策を列挙している。

エネルギー部門や交通部門など、社会のさまざまな部門の温室効果ガス排出量削減対策の重要性を強調する第3作業部会報告書(概要)に掲載された図(IPCC提供)
エネルギー部門や交通部門など、社会のさまざまな部門の温室効果ガス排出量削減対策の重要性を強調する第3作業部会報告書(概要)に掲載された図(IPCC提供)

ウクライナ危機の影響を最小限に

 ロシア・プーチン政権によるウクライナへの武力侵攻は世界のエネルギー需給にも大きな影響を与えている。ロシアへの大規模な経済制裁の影響で原油や天然ガスが一層高騰した。天然ガスの約4割をロシアに依存してきたとされる欧州諸国を中心に多くの国がエネルギーの安定確保策に腐心している。日本貿易振興機構(JETRO)によると、欧州委員会は最近、2030年までにロシア産化石燃料からの脱却を目指す「リパワー」計画をまとめたという。

 脱原発を目指していたドイツは経済制裁に関連してロシアからの天然ガス供給が途絶える可能性があり、石炭火力発電の運用延期を検討する動きが伝えられている。英国やフランスからは原発回帰の動きが伝えられる。欧州の主要国は「欧州グリーン・ディール政策」を策定するなどして世界に先駆けて再生可能エネルギー導入に積極的だった。しかしウクライナ危機を受け、脱炭素を目指しながらも当面のエネルギー確保のために化石燃料回帰の動きも見られる。

 国連のグテレス事務総長は4月5日に開かれた安全保障理事会会合で「ウクライナでの戦争は国際秩序に対する過去最大の挑戦の一つだ」と危機感をあらわにした。その前日の4日にIPCCの報告書公表に合わせたビデオメッセージを送っている。

 そこでは世界各国が提出した削減目標について「恥のファイルで、人類が住むことができない世界に導く空虚な目標だ」と痛烈に批判。早急に大胆な削減対策を決めるよう求めた。そして「ウクライナでの戦争により食糧とエネルギー価格が高騰しているが、化石燃料の増産は(気候変動の)事態をさらに悪化させるだけだ」と強調している。

 グテレス氏のこれらの発言には、ウクライナ国内で起きている目を覆うばかりの人道危機や国際社会がプーチン政権の暴挙を止める有効な手段を見いだせない世界秩序の危機とともに、人類に深刻な打撃を与える「気候危機」も何とか食い止めなければならないという切迫感に満ちていた。

4月4日に迅速、大規模な再生可能エネルギーの導入を求めたグテレス国連事務総長のビデオメッセージを伝える国連ホームページ(国連提供)
4月4日に迅速、大規模な再生可能エネルギーの導入を求めたグテレス国連事務総長のビデオメッセージを伝える国連ホームページ(国連提供)

 IPCC・WG3の今回の報告書は「急速かつ大胆な」対策を求めた。ウクライナ危機が気候変動対策に与える影響が懸念されるが、その影響を最低限にすることが国際社会の喫緊の最重要課題だ。報告書はきめの細かい対策を列挙しながら各国政府や企業だけでなく、電力やエネルギーを使う消費者にもできる対策が多くあることを示している。

 「待ったなし」の気候変動対策とエネルギーの長期的な安定確保を両立させるためにも再生可能エネルギーを活用する社会・経済構造への大転換が急がれる。

2050年までの温室効果ガス排出量の予測シナリオのグラフ。左の単位はギガトン。赤は実施されている政策による排出量予測。青は今世紀までの温度上昇を1.5度に抑制するために必要な排出量を示している(IPCC提供)
2050年までの温室効果ガス排出量の予測シナリオのグラフ。左の単位はギガトン。赤は実施されている政策による排出量予測。青は今世紀までの温度上昇を1.5度に抑制するために必要な排出量を示している(IPCC提供)

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