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深刻化する世界のプラごみ汚染防止へ条約づくり進む 原案まとまるが規制は難航必至

2023.11.09

内城喜貴 / 共同通信客員論説委員、科学ジャーナリスト

 世界でプラスチックごみによる環境汚染が深刻化している。プラスチックは人々にとって極めて身近な存在だ。日々の生活や社会の利便性を高めることから、世界の生産量と使用量は増加の一途をたどる。この傾向に合わせるようにプラごみの量も増え続けている。

 環境中に流出したプラスチックは分解されにくい。陸地や川から海に流れ込み、漂流するうちに砕けて大きさ5ミリ以下になった「マイクロプラスチック」は、有害化学物質を吸着して海の生き物の体内に入る。そして食物連鎖を通じて人間の健康に悪影響を与える可能性が指摘されている。

国連環境計画(UNEP)の報告書「Turning off the Tap」(後述)で使われた増え続けるプラごみのイメージ画像(UNEP提供、撮影場所・時期は不明)
国連環境計画(UNEP)の報告書「Turning off the Tap」(後述)で使われた増え続けるプラごみのイメージ画像(UNEP提供、撮影場所・時期は不明)

 この世界的なプラごみ汚染の拡大を何とか解決しようと、国連の下で国際条約づくりが進んでいる。24年末までの策定を目指してこれまで2回、政府間交渉委員会の会合が開かれ、条約の原案がまとまった。しかし、条約がプラごみの排出や廃棄を何らかの形で規制し、法的拘束力がある内容になるのか-。この最大の課題については見通せず、今後の各国間交渉は難航が必至だ。

年間1億700万トンが環境中に流出

 国連環境計画(UNEP)は今年5月に「Turning off the Tap」(蛇口を閉める)と題した世界のプラごみ汚染問題を概観する報告書を公表した。表紙は蛇口からプラごみが流出するイメージ画像で、環境中に流出するプラごみを食い止める必要があることを訴えている。

UNEP報告書「Turning off the Tap」の表紙(UNEP提供)
UNEP報告書「Turning off the Tap」の表紙(UNEP提供)

 報告書はまず、世界のプラスチックの生産量と使用量は1950年以降飛躍的に増加し、毎年4億3000万トン生産され、このうち3分の2以上はすぐに廃棄物(ごみ)になる使い捨て製品(短命製品)で、その量は増加の一途だと指摘した。そして生産量はこのままでは2060年には現在の3倍に達すると予測している。発展途上国の生産・使用量は今後確実に増えるため、先進国が生産・使用量を減らさない限り世界の総量は増える。

 報告書によると、生産、使用されたプラスチックのうち、2020年時点で約2億3800万トンがごみになり、約1億700万トンが海を含む環境中に流出した。また、ごみの発生量は40年には4億トンを超え、環境への流出量も増えるという。

 報告書はまた、具体的なごみの削減対策が5年遅れればごみの量は8000万トン増加。対策をしないと世界の社会的、環境的コストは年間3000億~6000億ドルに上ると推計し、この額は1兆5000億ドルを超えるという試算もあると紹介している。その上で、40年までにごみの量を大幅に削減するコストは約650億ドルで済むとしている。

2020年に世界で2億3800万トンのプラごみが発生し、1億700万トンが海を含む環境中に流出したことを示す図(UNEP提供)
2020年に世界で2億3800万トンのプラごみが発生し、1億700万トンが海を含む環境中に流出したことを示す図(UNEP提供)

40年に80%削減可能とUNEP報告書

 「Turning off the Tap」報告書は世界のプラごみ汚染の深刻さを伝えるだけでなく、ごみの低減策を検討し、対策を取らない場合と比べた削減効果を分析。既存技術の活用や政策転換などの対策により大幅に減らせることも示している。

 報告書は製品の使い捨て市場から再利用可能な市場に、つまり「捨てる経済」から「再利用経済」に転換することにより、プラごみは2040年までに最大80%減らせると指摘。過剰包装など不要な使用をなくし、再利用、リサイクル、代替素材への転換が必要と強調した。

プラごみ問題には製品の「再利用」「リサイクル」「代替品などへの転換」が重要であることを示す図(UNEP提供)
プラごみ問題には製品の「再利用」「リサイクル」「代替品などへの転換」が重要であることを示す図(UNEP提供)

 具体的には、まず過剰包装や再利用できないプラ製品を市場からなくし、詰め替えボトルやエコバッグの普及など、再利用拡大の取り組みを強化することにより、40年までに30%減を見込んだ。また、リサイクル可能なプラスチックの割合を現状の2割から5割に増やすと20%減少できると推計。さらに製品の包装や袋などを、堆肥になる素材などに代替できる製品に置き換えることで17%の削減が可能とした。残りの13%は現在プラごみの管理が不十分な国に対する使用済みプラの輸出を中止することなどで減らせるという。

 こうした再利用経済への転換は、代替素材の生産やリサイクル施設整備などのための投資が必要になるが、従来品生産の費用などの削減を見込めば、投資額は40年までに累計1兆3000億ドル節約できるという。

 報告書は、積極的な対策が発展途上国に技術革新の機会を提供し、40年に70万人の雇用を創出するといった社会・経済的効果があると指摘。積極的なプラごみ対策は人間の健康被害の防止だけでなく、使用済み製品の燃焼処理に伴う二酸化炭素の発生削減などの気候変動対策としても有効、と強調している。

報告書に「プラスチックは社会に貢献するが、生産、使用、廃棄の仕方によっては人間の健康などのリスクになる」などとするコメントを寄せたアンダーセンUNEP事務局長(UNEP提供)
報告書に「プラスチックは社会に貢献するが、生産、使用、廃棄の仕方によっては人間の健康などのリスクになる」などとするコメントを寄せたアンダーセンUNEP事務局長(UNEP提供)

条約構想は先進国の危機感から進んだ

 世界的なプラごみ汚染を防ぐことを目指す国際条約の構想が進んだ背景には、海に流れ込むプラごみ問題に対する先進国の危機感がある。先進国は経済発展に伴って大量のプラスチック製品を生産、使用し、大量のプラごみを発生させてきた。経済協力開発機構(OECD)によると、2015年段階で海に流れ込んだ量は推定800万~1200万トンとされ、50年には魚の総量を超えるとの予測もある。

増加傾向が続く世界のプラスチック消費量を示すグラフ(OECD提供)
増加傾向が続く世界のプラスチック消費量を示すグラフ(OECD提供)

 先進国間ではまず、2015年にドイツで開かれた先進7カ国首脳会議(G7エルマウ・サミット)で「海洋プラごみに対処するG7行動計画」が策定され、翌16年に日本が議長国になったG7伊勢志摩サミットの首脳宣言に「プラスチックの発生抑制や削減に寄与することを認識する」との文言が盛り込まれた。その後もG7や20カ国・地域首脳会議(G20)では連続して海のプラごみ問題が取り上げられた。

 2018年にカナダで開かれたG7シャルルボア・サミットで海のプラごみ削減の数値目標を盛り込んだ「海洋プラスチック憲章」が採択されたが、日本は米国と署名を拒否した。この政策判断に対して国際的な批判を浴びた日本の政府は翌19年のG20大阪サミットで「新たな海洋プラスチック汚染を50年までにゼロにすることを目指す」とする「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」をまとめるなど、積極姿勢に転じた。

 こうした先進国を中心にした国際的な動きを受け、22年3月の国連環境総会で国連加盟各国は深刻なプラごみ汚染問題に対処するための国際条約を制定することで合意した。今年5月に広島で開かれたG7広島サミットでの首脳声明には「40年までに新たなプラスチック汚染をゼロにする野心を持ち、24年末までに法的拘束力がある国際条約策定のための政府間交渉委員会に期待する」との文言が盛り込まれている。

プラごみ汚染防止の国際条約への積極参加を盛り込む首脳声明を出したG7広島サミットの一場面(5月19日)(外務省提供)
プラごみ汚染防止の国際条約への積極参加を盛り込む首脳声明を出したG7広島サミットの一場面(5月19日)(外務省提供)

原案は「緩い」選択肢を併記

 国際条約を策定するための政府間交渉委員会の会合は、第1回が2022年11月から12月にかけてウルグアイで、第2回が今年5月から6月にかけてフランスで開かれた。この会合には約170カ国の代表らが参加した。2回の会合を通じて協議、確認された内容を基に同委員会の議長を中心とした事務局が条約の原案をまとめ、9月に公表した。

 「ゼロ・ドラフト」と称した原案は、問題解決のための実効性に欠ける内容だ。規制内容や資金支援の在り方など多くの重要項目で各国の意見の違いを反映し、複数の選択肢を示すにとどまっている。

世界的なプラごみ汚染防止のための国際条約原案の1ページ目(政府間交渉委員会事務局/UNEP提供)
世界的なプラごみ汚染防止のための国際条約原案の1ページ目(政府間交渉委員会事務局/UNEP提供)

 原案は冒頭の「条約の目的」から2つの選択肢が並んだ。「海洋環境を含むプラスチック汚染をなくし、人間の健康と環境を保護する」「海洋環境を含むプラスチック汚染から人間の健康と環境を守る」。分かりにくいが、違いは「汚染をなくす」ことを明記するかどうか。条約としては「なくす」ことを明記するのは当然と考えられるが、具体的な規制策に難色を示す一部の先進国の意向を反映した形だ。

 この「目的」の条項に関連してさらに「40年までに汚染を防止、削減、廃絶する」との案や、年限のない案を併記。さらに削減についても、目標を定めて「目標を超える生産や供給を認めない」と厳しく規制する選択肢と、「生産と供給を管理し削減のために必要な措置を講じる」と「緩い」内容の選択肢が並んでいる。

 UNEPの報告書でも指摘された使い捨て製品については、期限を設けて製造や販売、輸出入を禁止する方向の選択肢と、期限は各国に委ねるという緩い案が併記された。対策のための資金支援についても、発展途上国が求める基金創設と、先進国の意見を踏まえた既存の基金を活用する選択肢が併記されている。このように各国の取り組み強化に向けた重要条項で異なる選択肢が提示されている。

 この原案は11月13日からケニアで開かれる第3回政府間交渉委員会の会合で協議される予定だ。しかし、異なる選択肢をめぐる各国間の意見の対立は大きく、この会合で具体的な条約の姿が見える見通しはない。24年末の策定期限までに会合が5回予定されているが、期限までの策定は困難との見方が早くも出始めている。

フランス・パリで開かれた第2回政府間交渉委員会会合の様子(粟生木千佳・地球環境戦略研究機関主任研究員提供)
フランス・パリで開かれた第2回政府間交渉委員会会合の様子(粟生木千佳・地球環境戦略研究機関主任研究員提供)

総量削減と再利用率の引き上げは喫緊の課題

 「プラごみは年間800万トン海に流れ込んでいる」とよく引用される。国際機関の推計量で日本の環境省もこの数値を引用している。OECDは環境中に出されたプラごみの多くは陸域や湖沼、河川などに蓄積していて、海に出る量は170万トン程度にとどまるとの見方を最近示しているが、いずれにせよ深刻な環境問題であることは間違いない。

 地球環境戦略研究機関(IGES)の堀田康彦上席研究員によると、流出したプラごみの約8割は地上での不適切なごみ管理が原因で、日本からも推計2~6万トンが海に流れ出ているという。堀田氏の説明では、北太平洋のほぼ中央にある「太平洋ごみベルト」と呼ばれる海域には7万9000トンのプラごみが浮遊している。このうち8%がマイクロプラスチックで、製造国が判別できた約30%が日本製だという。海洋国でもある日本の責任が問われる調査結果だ。

 日本は1人当たりのプラ容器廃棄量が米国に次いで多い。政府は2018年6月にプラごみ削減を目指す「循環型社会形成推進基本計画」を閣議決定。翌年5月に「プラスチック資源循環戦略」を策定し、21年6月に「プラスチック資源循環促進法」を成立させた。この新法は22年4月から施行され、家庭から出るさまざまなプラごみを「資源ごみ」として扱い、市区町村が一括回収し、使い捨て製品を提供する事業者には削減策を義務付けた制度をスタートさせた。

 この新制度の効果の詳しい検証は行われていないが、数年前の調査では回収されないペットボトルは年間20億本もあるという推計もあり、日本社会が「プラの使い捨て」を止めたとはまだ言えない。ほとんどのプラ製品は回収されているが、多くは焼却される。焼却には熱利用も含まれるが、UNEPが重視する「再利用」率は依然20%程度とみられる。プラごみの総量削減と国内再利用率の引き上げは喫緊の課題だ。

 ペットボトルなど日々多くのプラスチック製品を使っている一人一人の意識改革も重要で、回収可能な製品は使い捨てにしない生活、極端なプラ依存の生活の見直しも必要だ。

日本は国際条約交渉の場でも先導役を

 日本は資源を循環利用しながら新たな付加価値を生み出す「再利用経済」、「循環経済」への転換が急がれるが、同時にプラごみ汚染問題の鍵を握るとされる東南アジアなどの発展途上国支援も求められている。IGESの堀田氏と粟生木千佳主任研究員は、世界のプラごみ問題の解決のためにはアジアなどでの発展途上国でのプラごみ管理の徹底が最も重要との見方で一致している。

 条約づくりに向けた各国間交渉に詳しい関係者によると、欧州などはプラごみ削減目標など世界共通の基準づくりを求めているが、米国や中国、日本などは地球温暖化対策の「パリ協定」のように各国の自主的な削減計画に任せる形を支持しているという。

 19年のG20大阪サミットで日本は大阪ブルー・オーシャン・ビジョンの採択を先導し、その後の条約づくりにつながった。このため日本には、法的拘束力があって実効性の高い条約づくりでも先導役を務めることが求められている。

堀田康彦氏(10月11日に日本科学技術ジャーナリスト会議主催で開かれた講演会で)
堀田康彦氏(10月11日に日本科学技術ジャーナリスト会議主催で開かれた講演会で)

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