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「誰一人取り残さない」がん対策を推進 政府、新たな基本計画で緩和ケア充実や検診率60%目指す

2023.04.10

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 がんは今では国民の約2人に1人がかかると推計される極めて一般的な病気になった。医学や医療の進歩により多くの部位のがんの5年、10年生存率が上がっている。その一方で著名人が若くしてがんで亡くなるとやはり「怖い病気」との印象も与える。そうしたがんを巡り、政府は国の取り組みを定める新たな「がん対策推進基本計画」を決めた。

 新たな基本計画は全体目標として「誰一人取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」を掲げた。そして「がんとの共生」などを3本柱に緩和ケアの充実や死亡率を減らすために検診受診率を60%に向上させることを目指している。オンライン診療などのデジタル化を推進するなど、新しい時代に合った内容になっている。

 長い人生の時間の中で自分や身の回りの人が罹患する可能性が高くなったがん。私たちも正しい情報に基づいてがんという病気としっかり向き合い、早期診断・治療による適切な対応が求められる時代になった。

第4期がん対策推進基本計画の概要(厚生労働省提供)
第4期がん対策推進基本計画の概要(厚生労働省提供)

正しい知識を持ち、尊厳をもって暮らす

 国立がん研究センター(東京都中央区、中釜斉理事長)の最新がん統計によると、2019年に新たに診断されたがんは100万例近く。21年に約38万人ががんで死亡している。日本人が一生のうちにこの病気と診断される確率は男性65.51%、女性51.2%だ。

 3月28日に閣議決定された基本計画の正式名称は「第4期がん対策推進基本計画」で、2023年度から6年間の国のがん対策を方向付ける内容になっている。政府は2006年に成立した「がん対策基本法」に基づき、07年に最初の基本計画を定めた。その第1期では診療連携拠点病院の整備や地域がん登録の充実を掲げ、12年からの第2期ではがん教育や患者の就労などの課題が盛り込まれた。18年からの第3期では「がん患者を含めた国民ががんを知り、がんの克服を目指す」を全体目標にした。

 23年度から始まる今回の第4期は、第3期の推移や成果を検証、見直して策定された。「がんの克服」を大きな目標として引き継ぎながら「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という国連・持続可能な開発目標(SDGs)の大目標の表現を使った全体目標を掲げた。そして改めて「全ての国民とがんとの克服を目指す」と国民に呼びかけた。

 この新たな全体目標が決まった背景には、「がんが多くの国民がかかる病気になったことから、患者だけでなく全ての国民が正しい知識を持つこと、避けられるがんを予防することや、誰でもいつでもそれぞれの病態に応じた安心で納得できる医療や支援を受けること、そして尊厳をもって暮らしていけることが重要」との考え方がある。

第4期がん対策推進基本計画を3月28日の閣議で決定したことを発表する松野博一官房長官(首相官邸提供)
第4期がん対策推進基本計画を3月28日の閣議で決定したことを発表する松野博一官房長官(首相官邸提供)

非正規雇用者や女性、障害者に配慮した受診体制を

 新たな基本計画は全体目標の下、「がん予防」「がん医療」「がんとの共生」という3つの分野別目標を定めた。がん検診の受診率は、どの部位でも向上しつつあるが、19年の時点では男性の肺を除くと第3期計画目標の50%を達成できていない。新型コロナウイルス感染症の影響も指摘され、受診者が1~2割減少したとの報告もある。

 このため「がん予防」分野では、今回のコロナ禍のような感染症のまん延により、検診の提供体制が一時縮小されても状況に応じて速やかに受診体制を回復できるよう、平時から対応を検討することにした。その上で全てのがんの検診受診率を60%に向上させることを目指す。企業や自治体と連携し、全ての国民が受診しやすい体制整備、特に非正規雇用者や女性、障害者らを取り巻く環境を考慮した体制整備を進めるという。

 がん研究は日進月歩だ。国立がん研究センターが「がん征圧」の中核拠点となり、診療、研究、技術開発、情報提供を行っている。基本計画では、予防のために最新の研究成果や科学的知見を生かした「科学的根拠に基づくがん予防・検診の充実」を目標に掲げている。そして早期の発見、治療につなげるために要精密検査の受診率を高めるために自治体や職場での「検診精度管理の向上」の必要性を明示した。

 また、がんのリスク因子として、喫煙や過度の飲酒や肥満、野菜不足、塩蔵食品の過剰摂取などを例示した。特に喫煙対策については「受動喫煙と肺がんの因果関係を含めて受動喫煙の健康への影響が明らかになった」と明記し、継続的な喫煙対策の重要性を指摘している。

国立がん研究センター中央病院(東京都中央区、国立がん研究センター提供)
国立がん研究センター中央病院(東京都中央区、国立がん研究センター提供)

一人一人の体質に合わせたゲノム医療を推進

 「がん医療」分野では「がんゲノム医療」の推進を大きく打ち出している。がんゲノム医療は、がん組織を調べ、がん遺伝子変異を明らかにして一人一人の体質や病状に合わせて治療を進める医療だ。現在、全都道府県に243の「がんゲノム医療中核拠点病院」が整備されている。今後は患者が適切なタイミングで「遺伝子パネル検査」を受け、その結果を踏まえた治療を受けられる体制を整える。

 一般的な治療方法になっている手術療法、放射線療法、薬物療法について、最新の研究成果や治療技術を駆使した治療の在り方を例示。患者が少ない希少がんについては専門病院や拠点病院の整備を一層進める。小児がんや、思春期・若年成人世代(AYA世代)のがんについては関連する分野が広いことなどから、療養環境の課題などについて実態把握し、厚生労働省は関係省庁と連携して診断時からの緩和ケアや在宅療養環境の体制整備を検討する。また、膵臓がんなど、進行すると生存率が低い難治がんの治療成績向上は喫緊の課題として「革新的技術の開発」や「転位・浸潤の解明」を急ぐとした。

 日本では人口の高齢化が急速に進み、2025年には65歳以上が約3700万人、全人口の約30%を占めると推計されている。この傾向に軌を一にするように高齢者のがん患者が増え、65歳以上の患者が全体の75%を占めている。その多くは複数の慢性疾患を抱え、個々の高齢患者のがん治療を難しくしている。

 このため基本計画は、高齢者対策として医師の裁量任せにならないよう「高齢者がん診断ガイドライン」の策定を急ぐ。また、介護施設入居中など患者の環境に応じた医療が受けられるように拠点病院、地域の病院、介護施設などとの連携を強化するとしている。

相談支援と情報提供体制を充実

 新しい基本計画では「がんとの共生」を3本柱の一つとして重点目標にし、「がんになっても安心して生活し、尊厳をもって生きることのできる地域共生社会を実現することで全てのがん患者とその家族等の療養生活の質の向上を目指す」と宣言している。具体的には相談支援と情報提供体制の充実だ。

 がんと診断されると、それはどのようながんなのか、どのような治療を受けられるのか、仕事や家事は続けられるのか、といったさまざまな心配や悩みを抱える。

 現在、全国の「がん診療連携拠点病院」や「小児がん拠点病院」など約450カ所に国指定の研修を受けた専門相談員が対応する「がん相談支援センター」がある。しかし、2018年度の「患者体験調査」では、実際に利用した人は成人で約14%、小児で約35%と少ないものの利用した人の80%以上が「役だった」と答えている。

 基本計画では、相談支援センターの存在を周知させ、施設に行きにくい患者、家族のアクセス向上を図るためにオンラインを活用した体制整備を進める。また多様化、複雑化する相談内容に適切に対応するために相談員の研修充実など、相談支援の質の向上を進めるという。

 自分や家族などががんと診断されるとほとんどの人がインターネットなどで関連項目を調べる。だが、情報があふれる中で科学的根拠に基づかない情報も少なくない。このため計画では、公式サイト「がん情報サービス」を運営する国立がん研究センターや関係団体と連携して引き続き正しい情報提供と正確な理解の促進に取り組むとしている。

「アピアランスケア」にも対応

 「がんとの共生」分野では、患者の心身の痛みなどを和らげる「緩和ケア」の拡充をうたっている。がんで亡くなった家族を持つ遺族調査では、亡くなる前1カ月間に患者が身体的、精神的苦痛を訴えた割合は4~5割に達するという。現状では緩和ケアがまだ不十分である実態を物語っている。

 基本計画では国(厚生労働省)が緩和ケアの実態や課題を調べ、ケアの充実につなげる。また拠点病院は地域の医療従事者を含めた研修を開催し、地域の医療機関や関係団体と連携した緩和ケア体制づくりを進める。

 このほか、治療に伴う見た目の変化に対処する「アピアランスケア」への対応も盛り込まれた。患者体験調査では、この問題での悩みを抱えた患者で相談できた割合は成人で約28%、小児で約52%程度にとどまる。今後は拠点病院などで研修を受けた医療従事者らが適切な相談支援や情報提供できる体制を構築するという。

 がんが一般的な病気になっても、いざ診断されるとほとんどの人が衝撃を受ける。特に進行がんや難治がんの場合は精神的な打撃は計り知れない。やや古い統計だが、2016年の1年間にがんと診断された約107万人のうち、診断2年以内に660人が自殺している。診断後1カ月以内の人の自殺リスクは同時期の一般人口比較しで4.41倍も高かったという。

 基本計画は「がん患者の自殺はがん対策における重要な課題」と指摘。医療従事者による自殺リスクの高い患者への適切な支援体制の整備を進め、厚生労働省が自殺リスクやその背景の実態把握をして必要な対策を進めることとしている。

国のがん対策を政策立案、実施する厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館(東京都千代田区)
国のがん対策を政策立案、実施する厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館(東京都千代田区)

生存率はあくまで一つの指標

 国立がん研究センターは3月15日に、全国の診療連携拠点病院などで2014~15年にがんと診断された人の5年後の生存率は66.2%だったと発表している。同センターは算出方法が前回までと異なり単純に比較できないとしつつ、数字は少しずつ改善しているという。

 集計対象は全国の447施設、約94万人分の「院内がん登録」で、前立腺がんが95.11%、女性の乳がんが91.6%と高く、小細胞肺がんは11.5%、膵臓がんは12.7%と低い。胃がんと大腸がんは、それぞれ70.2%、70.9%だった。

 これらの数字は進行度を問わず部位別の数字だが、生存率が高い前立腺がんのⅠ期、Ⅱ期は100%、胃がん、大腸がんもⅠ期ならそれぞれ92.8%、92.3%だ。がん生存率は1990年代後半から大きく上昇、改善している。早期発見技術や治療方法の進歩が大きく貢献している。

 自分や家族など身近な人ががんと診断されるとつい生存率が気になる。だが、生存率はあくまで多数の患者の集計、統計結果の数字だ。部位や進行度によっても大きく異なる。一つの指標であって、一人一人の余命を決めるものではない。余命は最善を尽くす治療と患者自身の闘病のほか、家族ら周囲の人たちの支援の仕方でも変わってくる。

2022年11月16日に更新された「最新がん統計・がん生存率」に記載された部位別、男女別がん5年生存率のグラフ。3月15日に発表された数字とは異なるが大差はない。ブルーは男性、ピンクは女性(国立がん研究センター提供)
2022年11月16日に更新された「最新がん統計・がん生存率」に記載された部位別、男女別がん5年生存率のグラフ。3月15日に発表された数字とは異なるが大差はない。ブルーは男性、ピンクは女性(国立がん研究センター提供)

安心してがんと向き合える体制整備を

 最近では世界的に著名な音楽家の坂本龍一さんががんとの闘病を続けたが71歳で亡くなり、訃報を伝えるニュースに多くの国内外の人々が衝撃を受けた。「あなたはがんです」と診断されたら平常心でいられる人は少ないだろう。がんが一般的な「普通の病気」になっても「怖い病気」とのイメージはなかなか消えない。しかし治療成績は着実に向上し、生存率も確実に高まり、改善している。

 政府が決めた第4期がん対策推進基本計画は、全てのがん患者がいつでもどこでも適切な医療や支援を受けられる社会を目指している。がんは不治の病から、つきあう病へ、そして多くは治る病になりつつある。自分や家族が診断される「その時」に備え、きちんと向き合うためにも、日ごろからがんをめぐる正確で適切な情報と接していることも大切になっている。

国立がん研究センターが運営する公式サイト「がん情報サービス」のホームページ画面から(国立がん研究センター提供)
国立がん研究センターが運営する公式サイト「がん情報サービス」のホームページ画面から(国立がん研究センター提供)

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