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「前兆」情報で後発の巨大地震を警戒 北海道・三陸沖沿い海溝型で運用開始

2022.12.16

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 「国難級」の甚大被害が想定される海溝型の巨大地震。事前に予測できたら被害は大幅に軽減できる。現在の地震学では事前予測は難しい。だが、過去、巨大地震の前兆となる地震は何度も起きている。このため北海道と東北地方の太平洋沖にある日本海溝・千島海溝で巨大地震の前兆かもしれない地震を観測した場合に「後発地震注意情報」を出して避難準備などを呼び掛け、注意を促す制度が12月16日から始まった。

 この制度は2019年から運用されている「南海トラフ地震臨時情報」に似ているが、臨時情報のうち「巨大地震警戒」は事前避難を求めるのに対し、後発地震注意情報は求めない。情報を出す基準も異なる。住民が取るべき行動などについて混乱が生じないよう、政府や自治体は情報の趣旨や目的を住民にしっかり伝える必要がある。

 日本は国土が狭いのに、世界で発生するマグニチュード(M)6以上の地震の2割が集中すると言われる地震大国だ。大きな地震は海溝型の巨大地震だけでなく、全国で約2000もの活断層があり、断層がずれる大地震もいつでもどこでも起こり得る。新たな防災・減災対策としての後発地震注意情報の運用開始を、揺れに対する「備え」や避難行動を再点検し、日頃から被害軽減策を講じる「事前防災」を進める機会にしたい。

日本海溝・千島海溝沿い巨大地震の想定震度分布(内閣府提供)
日本海溝・千島海溝沿い巨大地震の想定震度分布(内閣府提供)

M7以上で太平洋側7道県182市町村に

 日本海溝・千島海溝の巨大地震は東北沖から北海道・日高沖に続く日本海溝と、十勝沖から千島列島沖にかけての千島海溝周辺で発生する。過去M8級の巨大地震が何度も起きている。想定死者数は最大約19万9000人とされている。

 政府の中央防災会議(会長・岸田文雄首相)は9月に「防災対策推進基本計画」を見直し、日本海溝・千島海溝沿いで巨大地震が発生した場合に津波の被害の危険が大きい北海道から千葉県に至る7道県108市町村を防災対策の「特別強化地域」に指定し、想定死者数を今後10年で8割減らす目標を掲げた。

 16日から運用が始まった注意情報の正式名称は「北海道・三陸沖後発地震注意情報」。内閣府によると、日本海溝・千島海溝沿いの想定震源域でM7以上の地震が起きた場合、「より大きな地震の可能性が平時よりも相対的に高まっている」などと発表する。北海道から千葉県までの7道県182市町村が対象。対象地域は津波高3メートル以上などが想定される市町村を中心に、自治体の意向も聞いて選ばれたという。

 想定する震源域で地震が発生した場合、気象庁が揺れの規模を精査し、M7以上なら内閣府と合同で注意情報を発表して住民に地震への備えを再確認してもらう。地震が起きなければ1週間で解除される。

 注意を呼び掛ける具体的内容は、家具の固定や避難場所・経路の確認、薬や懐中電灯といった非常時持ち出し品のチェックなどだ。想定震源域ではM7級の地震は2、3年に1回程度発生していることから注意情報も同程度出される見込みだ。ただ、M8級以上の後発地震が発生する確率は100回に1回程度とされ、「空振り」の可能性も高い。このため事前避難や、経済活動の制限までは求めていない。

「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を分かりやすく伝える図の一部(気象庁・内閣府提供)
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を分かりやすく伝える図の一部(気象庁・内閣府提供)

南海トラフの臨時情報は「警戒」と「注意」の2つ

 北海道・三陸沖後発地震注意情報は南海トラフ地震臨時情報と比べ、発生の恐れがある巨大地震を警戒する点では似ているが仕組みは異なる。臨時情報は19年5月に中央防災会議が南海トラフ巨大地震の防災対策基本計画(14年策定)を初めて修正した際に運用開始が決まった。

 南海トラフ巨大地震は、駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源域とする地震。過去何度も大きな地震が起きており、記録に残る最大は1707年の宝永地震のM8.6。政府の地震調査委員会はM8~9級が30年以内に起きる確率を70~80%としている。「30センチ以上の浸水が地震から30分以内に生じる」などの基準により、139市町村を津波対策の特別強化地域に指定している。

 中央防災会議によると、想定死者・行方不明者の数は冬の深夜に発生した場合に最大32万3000人、避難者数は約950万人と推計されている。このほか食糧不足は約3200万食、停電は約2710万軒、不通通信回線は約930万回線。経済被害も甚大で資産被害は約169.5兆円、経済活動への影響は約44.7兆円相当でまさに国難となる。

 南海トラフ地震臨時情報は、東西に長い震源域の片方で大地震が起きるプレートの「半割れ」の際に、残った側で大きな後発地震が起きる可能性があると警戒を促す仕組みだ。気象庁の評価検討会の検討結果により、「巨大地震警戒」か「巨大地震注意」のどちらかが出される。「警戒」の臨時情報は、想定震源域内のプレート境界でM8以上の地震が発生し、半割れの残りの範囲で大地震の可能性が高まった時に出される。

 この臨時情報は後発の巨大地震発生後では、津波から逃げられない住民に1週間の事前避難を求めている。これが日本海溝・千島海溝沿い地域への後発地震注意情報との大きな違いだ。

 一方、「注意」の臨時情報は同様M7以上M8未満の地震が発生した時や、プレート境界でゆっくりとした異常な滑りが観測された時などに出される。地震への備えの再確認や、後発地震が発生したらすぐに避難できる準備をすることが求められる。後発地震注意情報の内容と似ている。

南海トラフ巨大地震の想定震源域などを示す図(内閣府提供)
南海トラフ巨大地震の想定震源域などを示す図(内閣府提供)

日頃の備えの徹底が基本

 ここでしっかり認識しなければならないのは、北海道・三陸沖後発地震注意情報も、南海トラフ巨大地震の警戒、注意の両臨時情報も地震を予知する情報ではないことだ。大地震は何の前兆なしに突然起きる可能性、つまり「不意打ち」で起きる可能性が高い。そのことを忘れてはならない。

 前兆と思われる地震が起きても後発地震が起きない「空振り」の可能性も高い。後発地震情報について内閣府は「情報が発信されたら後発地震が必ず発生するというものではない。先発地震を伴わず大規模地震が突発的に発生する可能性がある」としている。内閣府の担当者は「後発地震が起きなくても空振りと捉えるのではなく、防災訓練や防災意識の向上につなげる素振りと捉えてほしい」と強調している。

 内閣府は後発地震注意情報の運用開始を契機に事前防災の考え方が浸透することを期待している。地震防災対策強化地域判定会会長や地震調査委員会委員長などを務める平田直・東京大学名誉教授は繰り返し事前防災の重要性を強調している。

 南海トラフ巨大地震では津波や建物倒壊、急傾斜地崩壊などによる想定死者・行方不明者は最大32万3000人と推計されているが、平田氏や内閣府などは事前防災の徹底により約6万1000人まで減らせるとしている。平田氏は「この6万1000人という数字をさらに、いかに減らすかが今後の重要な課題」と言う。

南海トラフ巨大地震の事前防災実行前後の想定死者・行方不明者数の推計(平田直氏提供)
南海トラフ巨大地震の事前防災実行前後の想定死者・行方不明者数の推計(平田直氏提供)

 同氏の指摘は至言だが、まず事前防災の考え方を浸透させ、実践することが喫緊の課題だ。日本海溝・千島海溝沿い巨大地震でも、想定死者数を今後10年で8割減らす目標達成の前提は事前防災を徹底させるしかない。

 「天災は忘れたころにやってくる」は物理学者の寺田寅彦の言葉とされる。今は「天災は忘れる間もなくやってくる」。後発地震注意情報で求められる家具の固定や避難場所・経路の確認、備蓄品の確保、非常時持ち出し品の整理などは日頃からできることばかりだ。こうした備えをしておけば、情報が出ても慌てずに極力冷静に、的確に行動できるだろう。

後発地震注意情報が出された時に求められる行動例(内閣府が作成した「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を分かりやすく伝える図の一部、内閣府提供)
後発地震注意情報が出された時に求められる行動例(内閣府が作成した「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を分かりやすく伝える図の一部、内閣府提供)

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