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「最悪死者19万9000人」と日本海溝・千島海溝の巨大地震被害想定 「事前防災」の徹底で死者8割減可能

2021.12.23

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 「最悪19万9000人が死亡し、経済被害は31兆円以上」。内閣府の中央防災会議の作業部会が、北海道から東北地方太平洋沖にある日本海溝と千島海溝沿いでマグニチュード(M)9級の巨大地震が起きた際の被害想定をまとめて12月21日に公表した。最悪で北海道や青森県など7道県で19万9000人もの死者を出し、経済被害は31兆3000億円に及ぶ。

 南海トラフ巨大地震は最大死者32万3000人、首都直下地震は同2万3000人と既に見積もられており、3つの巨大地震の被害想定が完了した。今回まとまった被害想定も「国難級」だが、早期避難を可能にするルートや場所の確保など「事前防災」の徹底により、死者や建物被害などは想定被害を大幅に減らせる見通し。とくに死者は約8割減らせるという。 事前防災の早急な徹底が何より求められる。

東日本大震災を機に見直し

 北海道から房総半島の東方沖に延びる日本海溝と千島海溝周辺では、過去M7~8級の地震が繰り返し発生している。政府は2006年に最大死者数を2700人とする被害想定を公表した。しかしその後11年に想定を大きく超える東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生。これを機に、発生確率は低いものの同じM9級となる日本海溝と千島海溝沿いの巨大地震の津波高や被害想定の見直しを進めていた。

被害想定の検討対象地域(内閣府提供)

 今回被害想定をまとめたのは内閣府中央防災会議の「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討作業部会(主査・河田恵昭関西大学特別任命教授)」。両海溝沿いの地震を巡っては昨年4月、津波の高さなどの予想が公表された。例えば岩手県宮古市で29.7メートル、北海道えりも町で27.9メートルに達し、一部では東日本大震災よりも高くなるとした。

 作業部会はこれを受けて9回の会合を開催。2つの海溝の断層モデルの地震について膨大なデータを解析して被害想定をまとめた。作業には河田教授のほか、今村文彦・東北大学災害科学国際研究所所長・教授や現在政府の地震調査委員会委員長を務める平田直・防災科学技術研究所参与(東京大学名誉教授)ら18人が参加した。

死者の最大想定は冬の深夜の発生

 公表資料によると、被害想定の「目的」は「具体的な被害を算定し、被害の全体像を明らかにすること。また防災対策の必要性を国民に周知すること」と明記。「行政や個別の施設管理者、企業、地域そして個人が防災対策を検討する上で備えるべきことを具体的に確認するための材料として作成した」としている。

 想定に当たっての前提条件として①冬の深夜に多くの人が就寝中で暗闇や積雪で避難が遅れ、津波被害が最も多くなる時期・時間帯②冬の夕方に火気使用が最も多く、出火・延焼による被害が多く、積雪による避難遅れで津波被害が多くなる時期・時間帯③夏の昼間で木造建築物内の滞留人口が少なく、建物倒壊による人的被害が少なくなり、迅速避難も可能になって津波被害も減る時期・時間帯――の3パターンに分けて解析した。

 その結果、被害は全体的に日本海溝モデルの地震が千島海溝モデルの地震より大きくなった。

 死者は北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の7道県で発生。日本海溝地震で6000~19万9000人、千島海溝地震で2万2000~10万人。大半は津波による浸水深が30センチになると死者が出ると想定。冬は積雪による避難速度が低下することにより死者多くなる。想定負傷者は日本海溝地震で3300~2万2000人、千島海溝地震で2600~1万人。死者、負傷者とも最大になるのは冬の深夜の時間帯だ。

 被害想定では防災対策による被害軽減の規模も解析した。死者のほとんどは津波の犠牲者で、最も死者が多く出る時期・時間帯は冬の深夜とされた。しかし、避難迅速化や津波避難ビル・タワーの活用・整備、建物耐震化の向上などにより、死者数は日本海溝、千島海溝地震とも8割減らせるとした。

耐震化率が向上すると全壊は大幅に減少

 経済的被害想定を出すために、建物など資産の被害と生産・サービスの低下を解析した。その結果、日本海溝地震は31兆3000億円、千島海溝地震では16兆7000億円になった。

 建物被害は、揺れや津波、火災などによる全壊棟数が、日本海溝地震で最大22万棟、千島海溝地震で最大8万4000棟。冬は積雪荷重で揺れによる全壊率が高くなり、夕方は出火率が高くなって火災による全壊が増える。

 建物被害についても耐震化率の向上により揺れが原因の全壊は大幅に減少し、日本海溝地震で1000棟、千島海溝地震で4000棟減らせるという。経済的被害も事業継続計画(BCP)の実効性を高めることで、日本海溝、千島海溝それぞれの地震で1割減、2割減が見込めるとした。

被害想定の対象となった震度予想分布(内閣府提供)

低体温症による死亡リスクを特記

 今回、特記されたのは冬の低温による低体温症だ。津波から難を逃れた後に屋外で長時間寒冷環境にさらされることによる低体温症で死亡リスクが高まる、と強調した。「要対処者数は日本海溝、千島海溝それぞれの地震で4万2000人、2万2000人に及ぶ。ただ、避難所への2次避難路の整備や防寒備品の整備などにより、死亡リスクは最小化できるとした。

 東日本大震災では災害関連死を含めた死者・行方不明者数は2万人を超えた。今回の想定では、この10倍近い犠牲者が冬の深夜の巨大地震で出るという衝撃的なデータを示した。救いは事前防災の徹底により犠牲者の数や被害を大幅に減らせると明記されたことだ。

 政府関係者によると、日本海溝・千島海溝で発生する地震の被害を受ける地域を対象に地震、津波対策を強化する特別措置法改正案が来年の通常国会に提出される予定だという。

 今回被害想定された地域の多くは冬の寒冷地で高齢者が多く住む。道路の積雪や凍結などにより、足など体が不自由な高齢者らは自力避難が難しい。東日本大震災の時と同じように寒さで体調を崩し、避難後の災害関連死につながる。地域の実態にあった地区防災計画が重要で、地域全体の事前防災や共助体制が大切だ。

事前防災により減らせる南海トラフ巨大地震の被害想定。平田氏は対策後、さらにどのように減らすかが課題と指摘している(平田直氏提供)

千島海溝の巨大地震は「切迫している可能性が高い」

 今年は昨年に続いて新型コロナウイルス感染症の拡大の波があった。同時に大きな地震が頻発した年でもあった。2月13日に福島県沖を震源とする震度6強、3月20日と5月1日には宮城県沖を震源とするいずれも5強の大きな地震があった。10月6日と7日にはそれぞれ岩手県沖と千葉県北西部を震源として5強の揺れを記録している。12月に入ってからは3日に山梨、和歌山両県で5弱、9日には鹿児島県トカラ列島で5強の地震が相次いでいる。今年初めから今月21日までに5弱以上は10回を数える。

 日本の国土面積は世界のわずか0.25%。しかし世界で発生するM6以上の大地震の約2割が集中する「地震大国」だ。今年は特に地震が頻発したとの印象が強い。日本に住む私たちは大きな地震がいつでも、どこでも起きることを覚悟しなければならない。

 2012年夏に最大死者数は32万3000人と想定された南海トラフ巨大地震の発生確率は「30年以内に70~80%」。「70~80%」を30で割って「1年以内の確率」を出すのは間違いだ。30年たっても起きない可能性もある一方、今日、明日に起きるかもしれない。

 今回被害想定が出た千島海溝を震源とし、大津波を伴う巨大地震は「切迫している可能性が高い」とされている。地震が頻発した今年の年末に日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震被害想定が公表されたことを契機に「事前防災」の重要性を広く共有したい。

 迫る津波から安全に避難できる施設の整備や建物の耐震化促進、急傾斜地崩壊対策など国や自治体が急ぐべき対策もあるが、家具の固定化、防火対策、防災備品の確認などは各家庭・個人レベルで急ぐ必要がある。公表された膨大な資料はそのための貴重な手掛かりになる。

海溝型だけでなく活断層型への警戒も

 海溝型による巨大地震だけでなく、全国で推定2000以上ある活断層のずれによる地震も震源が浅いと大きな被害を出す。政府の地震調査委員会は海溝型と活断層型の長期評価を実施して「全国地震動予測地図」と「長期評価による地震発生確率値の更新について
(30年、50年、100年以内の発生確率値)」を公表している。

全国地震動予測地図2020年版(政府地震調査研究推進本部提供)

 予測地図の評価対象は全国で250メートル四方区画の約600万地点に及ぶ。誰でも閲覧可能で自分の足元の評価が分かる。防災科学技術研究所の「J-SHIS地震ハザードステーション」なども参考になるだろう。

 行政レベルでも個人レベルでも「次は身近な地域で大きな地震が起きるかもしれない」との危機感を持ちたい。

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