東北地方太平洋沖地震の被害対応は厳しい状況が続いている。米国など海外との協力も進みつつあるが、国内の知恵、能力をもっと活用すべきだという声も聞こえる。
18日、日本学術会議が開いた緊急集会「今、われわれにできることは何か?」で、田中俊一・前原子力委員会委員長代理が福島第一原子力発電所で起きている事態と今、必要とされることについて話した。日本原子力研究所(当時、現日本原子力研究開発機構) 副理事長、日本原子力研究開発機構特別顧問などを歴任した氏は、日本全体の知恵と能力の活用を強く主張した。その中で、最悪事態が起きた場合の放射能被害の予測も国民に明らかにすべきだ、と強調していたのが注目される。これまで放出された放射能の分布と被ばく線量の評価に加え、今後予想される最悪の事態が起こった場合の放射能の分布と被ばく線量を住民に提示し、避難、退避の理解を求めるべきだ、という趣旨だ。
当然、現状が非常に危機的な状況にあるという認識が前段にある。最悪の事態とは何か。「水素爆発による格納容器の大規模な破壊が起きる」「使用済み燃料プールへの水の補給に失敗する」ことだという。1-3号機の圧力容器内は既に水位低下のため露出した燃料被覆管のジルコニウムと水が反応、水素ガスが発生している。水蒸気、ガス状の核分裂生成物とともに格納容器に移動していることから、格納容器の圧力上昇と水素による格納容器の破壊を防ぐために微量な核分裂生成物を含むガスを排気しなければならない状態になっている。大規模な格納容器の破壊が起きると大量の核分裂生成物が環境に放出されてしまう。
また3号機、4号機の使用済み燃料プールの水が完全に無くなるとどうなるか。燃料被覆管のジルコニウムと空気とが激しく反応し、2-3時間で燃料の温度は1,000度に上昇し、さらに上昇し続けると被覆管、ウラン燃料がすべて外部環境に放出される。4号機の場合、1時間当たり3トンの水が使用済み燃料の熱で蒸発しているとみられ、注水が優先されている3号機と同様、最悪の事態を回避する時間はあまりない。1-3号機の圧力容器ともども何が何でも水を減らさないようにし、かつ電力システム回復して冷却機能を再起動させることが必要だ、という。
こうした対応と並行して最悪の事態が起こった場合の予測を国民に明らかにして、避難、退避の理解を求める必要がある、というのが同氏の主張だ。
田中氏の発言に会場から反論する声はなかったが、現実にはどうだろうか。一般国民からも批判の声が出ることも考えられる。原子力発電所で必死に放水や電源復旧作業に当たっている人たちや被災地の人々の心情を考えるといたずらに恐怖感を与えるような情報を流すのはおかしい、という。
田中氏は、米原子力規制委員会(NRC)が16日に発表した被ばく予測 に注意を喚起した。NRCは、福島第一原子力発電所から50マイル(約80キロ)以内にいる米国人は避難するのが適切、としている。根拠として、福島第一原子力発電所1-4号機からの放射能放出が最大の場合の被ばく線量は、例えば半径20マイル(32.2キロ)で130ミリシーベルト、50マイル(80.5キロ)で99ミリシーベルトという数値を挙げていた。
NRCの予測は、実際の放出ではなく一定の仮定の下での計算値で、むしろこのような予測はNRCより日本原子力研究開発機構の方が得意。日本原子力研究所時代にチェルノブイリ原発事故が起きた時、実際に被ばくの影響がどのくらい広い範囲に及ぶか予測している、と氏は言っている。外国に被ばくの予測を公表される前に正確な予測をきちんと国民に示した方が、最悪の事態が起きた時の避難活動なども混乱なくできる、というのが氏の主張である
現在の状況は極めて深刻で、政府、原子力安全・保安院、東京電力だけでは対応できない。原子力安全委員会、原子炉メーカー、大学なども含めた日本のあらゆる知恵、能力、特にJCO事故をはじめ多くの原子力事故に貢献してきた日本原子力研究開発機構の力を活用した体制を早急に構築すべきだ—。
こうした前原子力委員会委員長代理の提言に、政府はどう応えるのだろうか。