レポート

《JST共催》これからのSTEAM教育【下】「学び続けられる社会」へ、うねりは起きている サイエンスアゴラin大阪より

2022.12.19

佐々木弥生 / JST「科学と社会」推進部

 変化の大きな現代社会で「学び」のあり方が変わってきている。サイエンスアゴラ連携企画として大阪大学21世紀懐徳堂などが11月13日に開いた「サイエンスアゴラ in 大阪」では、ジャズピアニストでSTEAM教育の普及に尽力する中島さち子さんが、STEAM誕生の背景や思想、多彩な取り組みについて講演。4人の論客と共に「学び続けられる社会」の可能性を語り合った。

自身のさまざまな取り組みの一つ、カンボジアの日本語学校との共創事例を紹介する中島さち子さん(左上)(一部画像処理しています)
自身のさまざまな取り組みの一つ、カンボジアの日本語学校との共創事例を紹介する中島さち子さん(左上)(一部画像処理しています)

「砂場で遊ぶように」思考を引き出す

 「サイエンスアゴラ in 大阪」は2025年の大阪・関西万博「いのち輝く未来社会のデザイン」に向けた取り組みとして開催している。今年は、2月に誕生した大阪中之島美術館が舞台となった。

 最近よく目にするようになった「STEAM教育」。一般的には科学、技術、工学、芸術、数学の分野横断型の教育とされる。複数の分野や教科項目が含まれていないと当てはまらないと思いがちだが、株式会社steAmや一般社団法人sTeam BANDを設立した中島さんはしなやかに自身の解釈を示した。「定義にこだわるより思想を理解して、STEAMを上手く利用すれば良いと思う」

 中島さんは講演の中でSTEAMという言葉が生まれた背景にある構築主義を説明した。プログラミング教育を始めたアメリカの数学者シーモア・パパートの「Learning by Making(ラーニング・バイ・メイキング)」という言葉を紹介し、「砂場で遊ぶように」頭の中にある思考を外に引き出して作り出すことで学ぶという考え方を示した。「技術がものづくりのハードルを下げてくれ、自分なりの表現をすることができるような時代になっている」

 いわば「遊び」の中で、それも一人ではなく人々がつながり合って一緒に新しい価値を創り出す場を広めるため、中島さんは縦横無尽に活躍している。「未来の教室」実証事業やアジア財団が運営するプラットフォーム「STEM ConnectHER(ステムコネクトハー)」などの多彩な取り組みを紹介し、大阪・関西万博プロデューサーとして建設に携わるパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」の構想を語った。

切り離せないアートの「A」

 後半の対話セッションはファシリテーターを務める大阪大学社会ソリューションイニシアティブ長の堂目卓生さんによる話題提供から始まった。財やサービスを生産できる人を有能としてそれができない人は弱者と位置づける近代社会の見方や枠組みを変えるべきと話した。

 そして、STEAMの構成要素について、「S」と「M」をWhat=「現実世界や論理世界が何であるか」、「T」と「E」をHow=「何をどのようにつくるかに答えようとする知」、「A」をWhyとして「なぜ存在するのか」「なぜ作るのか」とした上で、STEAM教育、特に「A」が持つ意味について登壇者に問うた。

ファシリテーターの堂目さん(上段左)と登壇者(上段右が森田さん、下段左が小林さん、同右が中村さん)が、中島さんと共に対話の場に臨んだ
ファシリテーターの堂目さん(上段左)と登壇者(上段右が森田さん、下段左が小林さん、同右が中村さん)が、中島さんと共に対話の場に臨んだ

 「陶磁器はSTEAM教育の要素が詰まったもの」と言う大阪市立東洋陶磁美術館の小林仁さんは、アートの「A」は「STEAMという5つのアルファベットを統合するような、裏付けのある技術に基づいた自由な発想」として、禅もSTEAMだと話した。それに応じて「アートは思想的なところ、デザインはそれに具体的な形を与えるもの」と中島さん。

 日本科学未来館でサイエンスコミュニケーターとして展示企画に携わっていた森田由子さんは、「生命系・医療系のテーマではWhatとWhyがかなり近いときがある」と指摘した。Whyのつもりで探求していったらWhatになった、WhatのはずだったのにWhyと考えたくなってしまうということがあるため、「科学コミュニケーションの活動では、Whyを取り残さないように気をつけて、分けずに一緒に考える必要がある」と言う。

 俎上に載せるために要素を分けて対話を重ねる中で、分けられないものが浮かび上がってきた。大阪大学教授でサイエンスカフェと哲学対話の2つの手法を組み合わせたイベント「阪大ワニカフェ」を企画・運営する中村征樹さんも、「STEMとアートは切り離せない」「身体性もアートに必要。触れることによって思考が深まっていくことがある」と話した。また、将来を担う世代などの他者への想像力を働かせることも重要だと指摘した。

研究や創造の喜びは永遠に続く

 対話はまだまだ続く。もう一つの論点、「『まなぶ』とはどういうことか、『つくる』、『いきる』とどう関係するか」について、中島さんは価値を生みだす「喜び」についてあまり語られていないことをもったいないと話した。「(辛いときは逃げ出すことも必要だし負の面を語らなくて良いわけではないけれど)ポジティブな部分も語り合える社会になると良い」

 小林さんは、同じ陶磁器でも10年後に見ると違う感想を持つと言い、学ぶことで変化していく自分を客観視できると続けた。「私たちが生きることが全て学びである」(小林さん)という言葉を受け、森田さんが継続的に示すことが大事だとした。中村さんは、生涯を通じて興味を持つきっかけに触れられるか、その時に学べる場があるかも重要だと指摘した。

壇上で語り合う5人
壇上で語り合う5人

 会場やオンライン視聴者にも、中島さんがコメントを募っていた。コメントの一つ「日本の伝統的な職人もSTEAMそのものだと思うが、実力を発揮するには10年はかかる。しかしSTEAMは一過性、たかだか数年のもののように見える。この齟齬をどう考えれば良いか分からない」を読み上げ、中島さんは「STEAMという言葉自体はいずれ終わるかもしれないが、その思想、精神である研究の喜びや創造の喜びといったものは永遠に続く」と述べた。

 堂目さんは、今日結論が出るわけではないとしつつ、「聞いていただいた人は、何か共通して、背後に動く大きなうねりが起こりつつある、もしくはもう起こっているのを感じていただけたのではないか」と語りかけた。「うねりを感じた人たち、特に若い人たちや子どもたちがそれを見て、感じ取ってさらに大きくしてくれる可能性がある。私は歴史を研究してきたが、歴史はそのようにして変えられてきた」とセッションを締めくくった。

 楽屋に戻ってからも登壇者たちの話は続き、さまざまな人との対話の場を生み出すアイデアは尽きなかった。今後にも期待が高まる。

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