新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者が日本で初確認されてから、およそ11カ月。この間の感染拡大は社会生活や産業に大きな変化をもたらした。外出自粛など不自由が生じる中、テレワークやオンライン授業などITを活用した生活の新たなバリエーションが生まれた。コロナ禍を経た今、求められているテクノロジーや社会変革とはどういったものか。情報システム、物流、アカデミアなどの一線で活躍する専門家5人が集い意見を交わしたトークセッション「ポストパンデミックが加速する新たな社会~Society 5.0の観点から」をレポートする。よりよい未来社会のあり方を科学者と市民が考える科学技術振興機構(JST)主催のイベント「サイエンスアゴラ2020」内の企画として、11月16日に開催されたものだ。
コロナ禍で見えた課題
セッションは一般来場者を迎えず、オンラインで中継された。前半では登壇者5人がそれぞれの分野でのコロナ禍の動向について紹介した。中でも、「COCOA;接触確認アプリ」や「特別定額給付金オンライン」などのシステム対応に関わったJapan Digital Design株式会社の楠正憲CTOの話題は興味深いものだった。
コロナ禍により国民に一律で給付された特別定額給付金について、「政府方針が決まってから2週間ほどで申し込みの受付を開始して、3カ月くらいで配りきった。とはいえ、遅れた団体があったことや、数日で配ったドイツや韓国とは比較されてしまったことは、報道でもご存じの通り」と楠氏。
住民情報のシステムが国と自治体で統合化されていないことは、プライバシー保護の観点から必要な面もあるものの、緊急時の給付など、いざというときの対応が難しいという課題がある。両者のシステムが柔軟に連携するにはどうすればよいか。今回の反省を踏まえた検討が始まっており、段階的に統合化に向けて動いているという。「かなりアグレッシブな目標だが、将来的には全ての団体のシステムをクラウドに載せて柔軟に連携できるようにしたい。さらに、将来的にはコンビニやポータルサイトなど住民に身近なものが住民サービスのフロントとして機能できないか、議論をしている」として「2025年へ向けたTo Be 像」を披露した。
ほかの登壇者も、コロナ禍による社会変化で突きつけられたそれぞれの専門分野の課題や取り組みなどを語った。JST研究開発戦略センター(CRDS)の木村康則上席フェローは、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの科学イノベーションにより実現させる新たな社会「Society 5.0」で築かれるべき、柔軟性と漸進力のある社会について。NEC交通・物流ソリューション事業部ソリューション推進部の武藤裕美部内部長は、サプライチェーンでのデータ共有化などによる物流最適化に向けた提案について。東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授は、困りごとを抱える本人が仲間とともにこれを研究していく「当事者研究」の視点からの未来社会について。発表はこのようにバラエティーに富んだ。
モデレーターを務める日建設計NAD室コンサルタントのサリー楓氏は、コロナ禍の都市や社会の変化の実例を挙げて、後半のSociety 5.0の実現に向けた課題などについてのディスカッションにつなげていった。
Society 5.0の実現に向けて
楠氏は、コロナ禍がSociety5.0への変革の後押しとなった側面を語った。「これまでデータ連携などは、そのコスト効果や必要性が問われてきたが、コロナ対応の問題が起きてこれがコンセンサスとなった。ボトムアップで積み上げてもできなかったものが、一足飛びにできるタイミングが来ている」。一方で楠氏は、平時にこれが実現できない点が課題でもあると付け加え、常に広範囲に耳を傾ける仕組みが必要ではないか、と考えを述べた。
熊谷氏は、「高信頼性組織研究」という分野にそのヒントがあるのではないかと話した。「高信頼性組織」とは、救急医療など迅速な対応を求められる案件が内部で次々とリスクを最小限にして成果を上げていく組織を指し、近年注目されているという。「高信頼性組織が満たすべき条件と重なるものが多いと感じた。中でも信頼性という概念。平時からお互いを得意分野や専門領域を含めて理解した上で、領域をカバーしあえる文化を育むことが重要。これを大きなスケールで広げていくことに、技術が貢献できる余地があるのでは」と語った。
武藤氏は、業界共通のルールづくりの重要性を語った。「ルールを強制するのではなく、各ステークホルダーがそれぞれ価値や利益を享受できる仕組みにすることが大切だ」とした。
効率化から柔軟性・多様性へ
「COVID-19により社会の価値観はどう変わったか」。サリー氏の問いに対して、パネリストの一致したコメントは、社会がこれまでコストを含めた「効率化」を重視し過ぎてきたのではないか、というものだった。その改善策についても「成熟した社会として、無駄をある程度許容した方が、柔軟性が生まれるのではないか」と語った木村氏をはじめとして、「柔軟性の確保」(「レジリエンス」という言葉も使われた)というキーワードで概ね一致した。
サリー氏は「コロナ以前は、何ごとも標準化・効率化によって、最大公約数的なものが重視されてきた。一方で、標準化と対立する『多様化』という概念がコロナ対応で非常に役立つことが分かった。以前はオンライン会議など考えもしなかったが、実はみんなのスマホやPCにカメラが付いていて、急なテレワークへの対応を促した。システムや交通手段などの多様性が、社会の柔軟性を作っている」と、身近な事例を挙げて総括した。
効率化重視から柔軟性・多様性へと価値観を変えていくことで、未来社会は良いものになっていくのか。コロナ禍をきっかけに加速する社会の変化が垣間見えたトークセッションとなった。
関連リンク
- サイエンスアゴラ2020「ポストパンデミックが加速する新たな社会~Society5.0の観点から」