レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー「資源リスクと対応」第2回「レアアースの偏在は「環境制約」が要因」

2012.02.16

原田幸明 氏 / 物質・材料研究機構 元素戦略材料センター 元素戦略統括グループ長

自動車は「走るレアメタル」

原田幸明 氏(物質・材料研究機構 元素戦略材料センター 元素戦略統括グループ長)

 そうした中で、レアメタルの問題も重要です。とくに「高付加価値のものを国内に持ち込み、海外に回していく」という経済構造をつくった日本の“サプライチェーンの要”としての位置づけが、このまま続くかどうかが問われており、その場合に重要になるのが、海外から日本に入ってくるレアメタルです。

 工業製品のかなりの部分が、レアメタルに依存しています。例えば、自動車は「走るレアメタル」と言われるように、各パーツや部品、あるいは製造機器にはレアメタルが使われています。電気自動車や燃料電池自動車の駆動用モーターにはネオジム(Nd)やディスプロシウム(Dy)、その燃料電池の電極には白金(Pt)、リチウムイオン電池にはもちろんリチウム(Li)、ニッケル水素電池にはニッケル(Ni)や希土類、排ガス浄化触媒としてガソリン車三元触媒では白金(Pt)やパラジウム(Pd)カーナビの液晶ディスプレイにはインジウム(In)、電子部品には金(Au)、さらに製造工場での金属加工の超硬合金工具にはタングステン(W)やコバルト(CO)、加工用ロボット駆動部にもネオジム(Nd)やディスプロシウム(Dy)などが使われています。

 忘れやすいのが鉄鋼部材です。自動車の車体を作る特殊鋼やハイテン(High Tensile Strength Steel Sheets、高張力鋼:引っ張り強度の高い鋼板。車体の3〜5割を占める)の製造にはクロム(Cr)やマンガン(Mn)、バナジウム(V)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)などが添加されています。これらのレアメタルの使用量は、ほかのレアメタルより2けたも上なのです。ですからよく、レアメタルの備蓄に関して「クロムやマンガン、モリブデンなどは意味がない」とか批判する人がいますが、決してそうではなく、非常に意味のあることなのです。

 これらのレアメタルのうち、ニオブはブラジルで世界の90%ぐらいを生産しています。ブラジルは政治的に安定なのであまり皆さんは騒ぎませんが、僕はちょっとリスクが大きいような気がしています。というのは昨年、ブラジルのニオブ鉱山を見てきました。それまで日本に輸出していたのが、今は韓国釜山に輸出しているのです。ニオブは自動車産業にとって大変重要な材料ですが、資源の供給側もどこの国と組むのがよいのか、少しずつシフト感を持ってきています。単に「資源(レアメタル)がなくなる」ということだけでなく、世界中の流れの中で資源国が何を考えているのかについても、見ておかなければいけないと思うのです。

 ブラジルについてもう少し言うならば、ニオブの輸出は量的に韓国や中国のほうにシフトしているということです。中国はいまだに建築鋼材用に輸入していますが、韓国は自動車鋼板用としてニオブの仕入れを強めており、ブラジルもそちらに興味を持っています。日本に売るのはニオブの酸化物です、レンズ用の。

レアメタルに欧米も動き出した!?

 レアメタルについては日本が先進的に対策を打ってきましたが、ヨーロッパや米国も昨年あたりから動き出しています。米国はエネルギー省が「キーマテリアル」という言葉で、EUも「クリティカルマテリアル」という言い方でリチウムやコバルト、ガリウム、テルル、インジウム、イットリウム、さらにレアアース類などを戦略的元素にリストアップし、どのように供給を確保するかといったことを議論しています。

 ただ残念なのは、我々と同じフェーズで技術的解決を図ろうというコラボレーションはまだスタートしていません。先日も米国エネルギー省で開かれた日米のレアアース会議に出てきましたが、彼らは「レアアースのネオジムなどが供給されないと、日本はいいモーターやいい磁石が作れなくて困るだろう。我々は悪い磁石でいいモーターを作るのだ」という言い方をしています。これには2つの意味があります。1つは、磁石製作に関わるフェライトアートが悪い磁石をいろいろと設計の面で工夫してモーターにすること。もう1つは、日本以外のそこそこの磁石でモーターを作るということです。逆に言うと、こうした素材づくりに関しては「日本と競争しても勝てないよ」という意識を持っているのだとも言えるわけです。

 ところで、なぜ「レアメタル」と言うのか。実は、日本でしか通用しない英語ですが、最近中国が使い出したのでようやくインターナショナルになってきました。本当は英語では「マイナーメタル」と言います。要するに、世界的に安定した市場を持っているものが「メジャーメタル」で、そうではないのが「マイナーメタル」です。でも「マイナー」ではちょっと寂しいよ、何せ日本はそれで生きているわけだからと。それで「レア」という言葉を見つけ出したのです。そういう意味で言うと、レアメタルというのは「産出量が少なくて、あちこちに偏在していて、扱いにくく、価格がものすごく変動している」という、まさに定義そのものですね。

レアメタルは「産業のビタミン」

 1㎏のレアメタルがなくなると、どのくらいの製品が影響を受けるのか。コバルト1㎏がなくなるとデジカメ20万台、ノートPC3700台が影響を受けます。タンタル1㎏だとデジカメ3600台にノートPC430台、ガリウム1㎏ではLED260万個、ノートPC10万台にも影響が及びます。これとは逆に、製品のレアメタルをリサイクルしようとすると、これだけ集めないと1㎏にならないので大変です。

 だから、レアメタルに関しては、一般的なコモンメタルとは違った発想で扱うことが重要になります。現に日本でのレアメタル産業というのはたった3.3兆円の市場規模ですが、それが9兆円規模の電子材料産業を支え、さらにそれが電子デバイス産業(47兆円)、そして70兆円規模の自動車産業や22兆円規模のパソコン産業、14兆円規模の携帯電話産業などを支えているわけです。このようにレアメタルはハイテク機器に微量かつ広範に使われており、供給が途絶えると産業界に大きな変調や影響を与えてしまいます。そうした意味から、レアメタルのことを「産業のビタミン」と、我々の関係業界では呼んでいます。

資源の“持続可能性

 「人類経済の持続可能性」や「地球環境の持続可能性」などと同様に、資源に関しても“持続可能性”の問題があります。その観点でレアメタルについて見ると、位置づけがよくわかってきます。何のことかと言うと、レアメタルを製造するために、どのぐらいの量の資源を必要とするかということ。たとえば、1㎏のリチウムを製造するには460kgのウエスト(waste、廃棄物)が出て、44kgのCO2が出ます。ほかの金属と比較すると、鉄1㎏の製造ではウエストは0.4kg、CO2は0.9kgしか出ません。ところがガリウムでは1㎏製造するのに7500kgものウエストが出て、25kgのCO2が出ます。これをもっと大量に掘るとなると、さらに大変な量になりますね。

 米国のあるデータによると、今までに地球上で掘った鉄の量はペンタゴン1,500個分、それに伴って掘った土の量は富士山2個分になります。金はどうかというと、今までに掘り出して精製した金の量は、実はオリンピックプール1.5杯分しかありません。それに伴い掘った土の量は、富士山1個分です。白金は精製した量は25mプール1杯分もありませんが、掘った土の量は富士山の8合目以上に相当します。我々はレアメタルを使っているところでしか見ませんが、資源の国のほうでは、これだけの土を掘っているわけです。チリの例では、銅1㎏精製するのに鉱石は約300kg掘り出され、土の量は(この場合は白土が少ないので)約400kgになります。実際にはそのくらいの土を掘っているわけで、レアメタルというのは、使っているものはレアでも、地球環境には大きな負荷となっています。地球環境をどうするかと言う場合には、資源も合わせて考えていくことがポイントになるのです。

レアメタルの“環境背後霊”

 このように、金属を採掘するために関わっている物質の総量を表したのがTMR(Total Materials Requirements;関与物質総量)で、金属の単位重量あたりのTMR量が「TMR係数」となります。TMRを環境分野では“ECOlogical rucksacks”と言いますが、環境上のリュックサック、レアメタルの背後にある“環境背後霊”みたいなものでしょうか。それで計算すると、1㎏の鉄を得るには約8㎏の土を掘っています。インジウムだと1200㎏、タンタルは7000㎏、ゲルマニウムは32000㎏、白金は53万㎏、金だと約百万㎏。それだけの環境負荷を背負っているということなのです。後でも述べますが、このTMRをもとに「資源の持続的可能性」を考えていこうという動きが、国際的に出てきています。

 ちなみに、鉱山ですり鉢状に掘っているのは、土を運びやすくするためです。掘れば掘っただけ土の量は増えるので、掘った土を別のところに移したりしますので、またそこでも環境負荷が出てきます。10年前に行ったオーストラリアの鉱山では、土を掘り返して出てきた鉄分のために覆土が赤くなっていましたが、今では、全部緑になっています。国が植物を植えたわけですが、こうした環境修復コストはどこが持つべきなのか大きな議論になっており、「採掘はいいが、精錬はさせない」という話も出ています。環境コストが資源の値段に上乗せされることもあるわけですから、レアメタルの“環境背後霊”をきちんと見定めて、資源国とコミュニケーションを取っていくことが重要です。

中国独占の原因は「環境コスト」

 中国南部の「イオン吸着鉱」()では、ディスプロシウムやテルビウムなどの重希土類が産出します。この鉱床は中国にしか分布していないので、これらの重希土類は中国一国に偏在していることになります。ところが中国では山肌を削って採掘し、かなり乱獲に近い状態です。このため中国政府が資源保護政策を打ち出し、レアアースの輸出を規制しているのも、名目上は「乱獲を抑えるため」との言い方をしています。

 中国がレアアース生産をほぼ独占しているのは、基本的には「環境コスト」の問題です。レアアースは本来どこにでもあるもので、採掘するときに「環境に対するコストはどれだけか」ということが一番の問題となります。鉱石からの溶媒抽出法のフロー図を見るとわかりますが、溶媒抽出をどのくらいパスを回さないといけないのか。例えば1個の鉱石から100回ぐらいパスを回しているわけで、かなりの溶媒量にもなります。それを経済的に賄えるという意味で、アメリカよりも経済コストの勝った中国がレアアース生産を独占しているということなのです。

 それからもう1つ。周期表では、希土類元素ランタノイドの下にアクチノイドが位置します。ということは、希土類元素の鉱山にはアクチノイド系の放射性元素のトリウムやウランも一緒に存在しているので、それらの処理も問題です。その処理コストも中国が賄えているので、独占する形になっているわけです。おそらく、きちんと処理が行われているとは思うのですが。

 なお、オーストラリアでは昔、金、ウラン鉱山で痛い目に遭っているだけに、それらの放射性元素を出す精錬は認めておりません。鉱石を掘った後は「外国でやってくれ」ということになっているのです。オーストラリアも資源問題から、今では開発にも力を入れていますが、そうした精錬の問題がネックになっているようです。

 このように「レアアースの生産には偏在性がある」とみなさん勘違いしていますが、基本的には「環境制約」が大きな要因なのであって、この点を見ておかないと大変なことになります。

原田幸明 氏
(はらだ こうめい)

原田幸明(はらだ こうめい) 氏のプロフィール
長崎県壱岐生まれ。1969年壱岐高校卒業。74年東京大学工学部卒、79年同大学院博士課程(金属工学)修了(工学博士)。80年科学技術庁金属材料技術研究所研究員。2001年物質・材料研究機構エコマテリアル研究センター長。2005材料ラボ長。2011年から現職。

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