レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー「資源リスクと対応」第3回「世界支配を狙う中国の資源戦略」

2012.02.23

原田幸明 氏 / 物質・材料研究機構 元素戦略材料センター 元素戦略統括グループ長

資源問題への国際的な取り組み

原田幸明 氏(物質・材料研究機構 元素戦略材料センター 元素戦略統括グループ長)

 世界的に見ても鉄や銅、金などの金属類の利用量に対するTMR(関与物質総量)がかなり大きなものとなっていることから、世界中で資源問題についてのディスカッションが行われています。UNEP(国連環境計画)の中にも「資源パネル」(Resource Panel:International Panel for Sustainable Resource Management)というのがあり、ドイツの外務大臣だったワイゼッカー氏をボスに今年3月、ディスカッションをしてきました。そこでも、地球環境を考えるならば、全体の資源消費量を減らすというより、その“環境背後霊”であるTMRに着目して対策を練っていこうという動きになっています。

2050年にはゼロに

 それぞれの金属資源の世界的な消費総量が年々どのように推移しているのか、あるいはTMRがどれだけ累積していくのかといったきちんとしたデータは、世界では私どもの物質・材料研究機構とドイツのブッパタール研究所のものしかないのですが、その累積TMRのデータをもとに世界を予想すると、これまで年間約560万トンの伸びで推移しているので、2050年には累積で約2兆トンの土を掘ることになります。さらに、資源の埋蔵量と消費速度との関係式から計算すると、資源の耐用年数というものが1980年にはあと120年あったのが、2000年にはあと80年になって、2050年にはゼロになってしまうことが予想されます。

 そのために、世界的な資源消費をどのように減らしていくべきなのかといった議論も始まっています。日本については、1人当たりのGDP(国内総生産)との関係でいろいろとシミュレーションしてみると、“環境背後霊”を含めた現在の資源消費量(TRM)を8分の1にすることを目標にしなければいけないのかな、といった議論をしています。

資源の偏在

 「資源の偏在」について考えてみましょう。資源(鉱石)ごとに生産国を見ていくと、ほとんどの資源が上位3国によって70%以上が生産されています。例えばバナジウムは中国、南アフリカ、ロシアだけで生産量の98%を占め、モリブデンは中国、米国、チリだけで80%を占めます。インジウムは中国、韓国、日本で74%。一国独占として典型的なのは、レアアースの97%を中国が生産しています。二オブの92%をブラジル、白金の79%を南アフリカが生産しています。

注目されるリチウムイオン電池

 “経済の持続可能性”の面から注目されているのはリチウムイオン電池です。材料の値段がそのまま製品の値段に反映されているからです。例えば、生産の加工コストが全体の値段の35%、セパレーターが8%、電解液が6%、負極が6%、正極が23%と、これだけ各材料コストが占める製品はなかなかありません。特に正極に必要なコバルト、リチウムが大変注目されるわけです。リチウムの一番の生産国はチリ(2009年生産量の41%)です。次いでオーストラリア(同24%)も伸びてきていますし、中国(同13%)も開発に力を入れています。

 チリはリチウムの埋蔵量も豊富ですが、実は、塩湖から取れるカリウム、肥料のカリの副産物として生産しているのです。あくまでもメーンは肥料の生産。ではリチウムイオン電池の需要が急激に伸びたときに、チリはそれを受けるかどうかの問題があるわけです。その一方で、ボリビアが「リチウムイオン電池のために生産してもよい」との姿勢を見せてきました。ボリビアは、膨大なリチウムの埋蔵量を持つ塩湖「ウユニ湖」をかかえています。ところがボリビアの要求は「われわれはリチウムは売らない。リチウムイオン電池を売りたいのだ」として、「リチウムイオン電池工場をわれわれの国に立地したところに優先的にリチウムを供給する」というのです。リチウムイオン電池はリチウムがあればできるものではないので、日本の場合は「それでは乗れない」と断ったようです。

流通ルートが見えないコバルト

 リチウムイオン電池の正極材料のコバルトは、コンゴが全体の40%を生産しています。マテリアルフローとしての問題は、国内の政治問題も絡み、まともに貿易ができていないことです。一番の消費国は日本ですから、本当だったらコンゴから日本に輸入されてもよいはずですが、日本にはフィンランドから来ています。そのフィンランドにコンゴから流れている量もかなり少ない状況です。これは何かというと、アンダーグラウンドの動きがあるようなのです。マネーロンダリングの可能性もあり、そのために「コバルトが危ない、危ない」と資源投機筋では言われているようです。表の経済ではとらえられない動きですね。

 コンゴには、ほかに2つの危ない要素があります。1つはコンゴに、インドと中国の労働者が流れ込み、中国人が中心になってマネジメントをしています。最後に資本を出すのが中国になろうとしているのです。もう1つは、中国もコバルトを生産していますが、そこに3国からコバルトが流れ込んでいます。一番の量はキューバ、次が北朝鮮、3番目がコンゴです。綱渡り的にコバルトが動いているわけで、リスクが非常に大きいと言えます。技術の問題というよりも、完全に政治的な問題ですね。

 実は、コバルトもニッケルの副産物なのです。ニッケルと一緒ならば世界中で掘ることはできますが、ニッケルとコバルトを分離するマイプロセスがないのです。だから今はコバルトだけを採れる鉱山を探しています。その結果どんどん対象が限られて、コンゴになったわけです。日本企業がニューギニアでコバルトの採掘を可能にしたというニュースもありましたが、ニッケル自体を全部溶かして溶液にしないとならないので、コストとしてペイできるかどうか。もう少しコバルトの需要が増えないと、いつまでも、コンゴにあるコバルト単独の鉱山に依存することになってしまいます。ニッケルは鉄の友達ですから、岩になったときに分離するのが難しいのです。しかし、ニッケルを含むラテライト(紅土)から精錬できる技術ができれば、考え方も変わるかもしれません。しかし40-50年もみんなが一生懸命取り組んでいますが、何せコストがかかるようです。

中国の“レアアース戦略

 レアアースの場合は、世界の30%の埋蔵量しかない中国が、全体の97%を生産しています。 中国と世界のレアアースの生産のグラフを見ると、中国の生産が1994年の年間約65,000トンから急速に伸びてきていることが分かります。ところが特徴的なのは、2006年以降は年間の生産量が12万トンを少し超えたところでフラットのまま推移していることです。これはレアアースの生産が、完全に中国のコントロール下に入っていることを示しています。これは中国とのレアアースの問題が、尖閣列島の問題に起因したかのように印象づけられていますが、それは大きな間違いです。

 中国側のレアアースの生産コントロールは、ある意味で当然というか、昔から読めていた話なのです。今までにも、中国が世界の81%を生産するタングステン、82%を生産するマグネシウムもそうでした。特にマグネシウムは90年代初めまでは日本でも生産されていましたが、94年に宇部興産が最後に撤退してから、全量を輸入に頼ることになりました。生産を中止した契機は、中国産の安価供給にあります。中国ではマグネシウムを、「レトルト法」といって、ステンレスのパイプの中で一方を暖め、一方を凝縮させることで精製しています。パイプの中の熱源は汚くてもいいので、中国は汚くて安い石炭を熱源とする、小規模なマグネシウム工場を200も300もつくりました。そこでマグネシウムをどんどん生産し、世界の価格を落としていきます。それによって海外でのマグネシウム生産をストップさせ、その後、価格調整を始めていったのです。

 この経済手法が、レアアースにも同じように使われようとしています。要するに、レアアースを安い手法で生産し、資源を乱獲させて価格を落としておいて、それで今度は「環境規制」ということで生産調整をする。価格を調整した後に、自国が勝ったら、とたんに生産量が伸びるわけです。レアアースの問題は、尖閣列島うんぬんというのではなく、中国の基本的な資源戦略の中にあることを見ておかなければならないのです。あくまでも彼らは“世界の工場”という観点の下で、いろいろな資源を集めて戦略的に活用しようとしているのです。

中国の次の狙いはシリコン?

 中国が狙う次なる資源は、鉄、シリコンです。それらは他国の生産が落ちる一方で、中国の生産だけが伸びているような、いわゆる、中国がほかの国の資源を“食い出している”ことで分かります。特に中国が、シリコンの価格調整に入る可能性があると思われるので、今から様子を見ておく必要があります。例えばタングステンは、2008年に中国の生産がガクンと落ちました。これはリーマンショックによる影響ですが、他国の生産量はほとんど変化していません。すでに2分の1ぐらい落ちるはずなのに、変化がみられてないということは、逆に、完全に中国のコントロール下にあることを示すもので、このような形で、中国によって資源が動かされていく可能性があるのです。

「日本的地動説」からの脱却を

 これまで指摘してきた中国の資源生産の伸びというのは、世界全体を見てのことです。今後の中国の動向を注視すべきだと言っても、日本と中国との関係だけで絶対見ないでほしいのです。こうした見方を「日本的地動説」と僕は呼んでいるのですが、地球は日本を中心に回り、中国は自国の発展のために邪魔をしているのだという見方ですね。現実はむしろ、中国が世界を回そうとしています。世界的には資源を持たない国のほうがはるかに多いですから、そのような国々とどのように連携しながら資源の有効利用を図っていくべきなのか、要するに「一国の経済の持続可能性ではなく、それぞれの国々の経済の持続可能性を世界的にどう保証していくのか」を考えていかなければならないのです。

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原田幸明 氏
(はらだ こうめい)

原田幸明(はらだ こうめい) 氏のプロフィール
長崎県壱岐生まれ。1969年壱岐高校卒業。74年東京大学工学部卒、79年同大学院博士課程(金属工学)修了(工学博士)。80年科学技術庁金属材料技術研究所研究員。2001年物質・材料研究機構エコマテリアル研究センター長。2005材料ラボ長。2011年から現職。

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