レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「東日本大震災とエネルギー安全保障問題」第3回「脱原発と再生可能エネルギー」

2011.08.18

十市勉 氏 / 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問

太陽光発電等の再生可能エネルギー大量導入時の課題

十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問
十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問

 再生可能エネルギーの一番の問題は「不安定な電源だ」ということです。太陽光にしろ風力にしろ、非常に出力の変動が激しいので、その変動を吸収していくか大事です。特に、電圧や周波数の安定性が要求される半導体産業や高度加工産業では、電気の質の問題も問われることにもなります。

 また太陽光発電では、これまで発電した電気を一方的に下流に流すだけだったシステムが、今度は末端の各家庭に1,000万個とか2,000万個ともいわれる多数のソーラー発電機がぶら下がり、従来とは完全に違うシステムになります。例えば今実験をしていますが、ある地域で100個とか200個の太陽光パネルを取り付けて発電し、使用電力が余ったときに、逆送電して電気を売っています。その場合には当然、電圧が高くなるわけです。それをコントロールするには、柱上変圧器の増設や蓄電池を使うなどの対策もありますが、信頼のおける、コスト的にも十分導入可能な、電圧や周波数を安定化させ得る技術を開発しなければなりません。

 発電設備の電力需要に対する運用の仕方をみると、原子力発電や流れ込み式水力発電、さらに建造費の安い石炭火力発電は、常に一定の出力で安定的に電力を供給する「ベースロード用」として使われています。天然ガスによる火力発電は、通常時は電力需要に合わせた出力で運用する「ミドル用」、および需要のピーク時には最大出力で運用する「ピーク用」として使われています。石油火力発電は完全に「ピーク用」としての使われ方です。ところが震災後は原子力発電がかなり減り、ガス火力発電なども短期的にはベースロード用に使わざるを得ない状況です。今後、太陽光発電や風力発電が加われば昼間の供給力となり、お正月やお盆休みなどの電力需要が少ない時には、ベースロードに食い込むほどの供給力になることも考えられるので、発電系統の全体として、効率的な運用を図ることが必要となります。

 さらに「揚水発電」があります。原子力発電で夜間の余裕のある電力を使って池の水をポンプアップし、昼間の需要時にそれを落として発電するもので、蓄電の役割を果たしています。東京電力だけでも1,000万kWに近い設備があり、今は緊急事態なのでその6割、約600万キロワットを供給量としてカウントしています。普通は供給量にカウントしません。揚水発電は約30%のロスが出るからです。しかし今回の状況は、揚水発電が使えなければ「15%」節電ではなく、「25%」節電くらいにしないと追いつかない事態となったので、カウントに入れたという経緯があります。

太陽光発電等の再生可能エネルギー大量導入時の課題

長期的な取り組みに向けた検討課題

 長期的な取り組みでは、福島第一原発事故の原因究明が最大の課題です。「どういう理由で」「何が起きて」「どんな問題があったのか」などを検証するために、政府の「事故調査・検証委員会」(畑村洋太郎委員長)が取り組んでいます。また、さまざまな費用負担の問題についても政府案が出され、議論し出すと、さらに多くの問題が出てくるといった状況です。米国には「プライス・アンダーソン法」という原賠補償法(原子力損害賠償補償法)があり、原子力業者がお金を出し合う相互扶助システムによって、事故時にはそれで充当します。これまでに全部で100億ドルぐらい積み立て、それを超える部分については、国が議会の承認を得て補償するというスキーム(枠組み)です。日本の場合は原子力事業者に無限の賠償責任が課され、国による賠償措置額は通常の商業規模の原子炉の場合、1事業所あたり1,200億円となっています。異常に巨大な天変地変や戦争などが起きたときは免除の規定がありますが、今回はそれに当たらないということで、政府は補償のスキームを出しています。

 長期的な電源構成のあり方も検討課題です。原子力にどこまで依存していくのか、あるいは、脱原子力でもう要らないのか。こうした意見は、5月初めの浜岡原発の停止から変わりました。4月末ごろまでは、朝日新聞などの世論調査をみても、原発の運転については「現状程度は維持すべきだ」という意見が5割以上ありました。ところが浜岡原発が停止され、福島第一原発についてのいろいろな問題、メルトダウンなどのネガティブな情報が後からどんどん出てきて、「原子力は非常に危険だ」という報道が毎日なされました。原子力に対する懸念が高まることは避けられません。現に、放射能による食料や水の汚染問題で一般の方が線量計を持つ事態にもなっているわけですから、科学的な議論よりも何よりも、とにかく「原子力は危ない」という空気が社会全体を支配している状況です。そういう中で「長期の問題」、10年、20年先を見越してどうするかという冷静な議論は、今の時点ではなかなかできそうもありません。少なくとも福島の状況が安定化しない限り、さらに、それまで時間がかかるという意味でも極めて難しいと思います。

 地球温暖化対策についても、「鳩山イニシアティブ」で2020年までに二酸化炭素(CO2)排出量の25%削減を目指していますが、これは大震災によってますます難しくなりました。唯一の可能性は、日本経済がさらに低迷してマイナス成長を続けることだとも言われています。

 「広域的なインフラ形成」も検討課題です。日本全体のエネルギー・電力の安定供給のためには、送電線のネットワーク、天然ガスのパイプラインの整備は大変重要です。米国やヨーロッパでは、とくに天然ガスはクリーンな燃料であり、分散型エネルギーのバックアップとしても一番使いやすいということで、十分なインフラ整備が進んでいます。ところが、日本では遅れている——これは、日米欧での発電量構成の違いによく表れています。

 資源の賦存状況やエネルギーのバランスは日本、ヨーロッパ、米国などの国によって違います。2008年のデータですが、米国では発電量の半分(49%)を石炭、さらにガス21%、原子力19%、あとは水力、再生可能エネルギーです。EU(欧州連合)全体では原子力が3割弱(28%)を占め、石炭が同じく28%、天然ガスが24%、水力が10%と続きます。水力はスウェーデンなどの北欧でかなりの発電量です。再生可能エネルギーは、ドイツで十数%を占めますが、EU全体では7%です。このうち原子力については、福島第一原発事故後、ドイツが17基の原発を2022年までに停止し、スイスも5基の原発を段階的に停止することを決めたほか、イタリアも国民投票の結果、原発再開を断念しました。これらは脱原発を決めた国ですが、そうでない国もあります。フランスもその一つで、58基もの圧倒的な多さの原発を持っています。

 日本の発電量構成は、それほど極端に、世界のバランスからかけ離れているわけではなく、それぞれのエネルギーの長所短所をうまく使っています。2008年のデータでは、前年7月の新潟県中越沖地震で東京電力・柏崎刈羽原発が停止し、その分、石油やガスをたくさん使ったので、比率も石油13%、ガス26%と高まりました。原子力のシェアは27%と低下して、EUに近くなりました。

 昨年閣議決定した日本の「エネルギー基本計画」では、自主エネルギー比率を38%から70%程度に増やすこと、原子力や太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギー由来の「ゼロエミッション電源」を34%から70%程度にすること、家庭部門のCO2を半減させること——これらによって、2030年にはCO2を90年比30%削減しようというのが目標です。その実現のために、総合的な取り組みとして掲げたのが「資源国との戦略的関係の強化」「レアメタルの自給率の向上」です。また、エネルギー供給の面では再生可能エネルギーの拡大、原子力の推進、IGCC(石炭ガス化複合発電)やCCS(CO2回収・貯留)の推進、エネルギー需要の面では「ゼロエミッション・ビルディング」や「ゼロエミッション・ハウス」、LED(発光ダイオード)などの高効率照明、次世代自動車の普及などの取り組みを掲げました。スマートグリッドやスマートコミュニティーの推進により、新たなエネルギー社会を実現させることも目標達成のための取り組みです。これらをどのようなスピード、どのような政策手法で実現するのかが課題となります。

現行のエネルギー基本計画:発電電力量の内訳

 現行のエネルギー基本計画によれば、太陽光発電は2007年に192万キロワット、2010年は300万キロワットを超えています。これを2030年に5,300万キロワットを目指しています。風力発電は2007年の167万キロワットに対しで1,000万キロワットに、地熱発電は2007年の52万キロワットの3倍近くの165万キロワットに、原子力発電については14基以上を新増設して、2007年の4,950万キロワットから2030年には6,800万キロワットにする計画です。再生可能エネルギーについての一番の問題は経済性と稼働率です。太陽光発電は年間平均が約1,100時間、12%の稼働率です。風力発電の稼働率は、日本でのいいところでは二十数パーセント、25%というところもありますが、ヨーロッパ特にデンマークでは風力発電の稼働率が40%もあります。実際に見てきましたが、安定した風が吹いています。稼働率が2倍になれば経済性は半分になるほどの、インパクトがあると言われています。

 原子力発電の稼働率については、2008年が60.7%です。これを2030年には90%に上げようと想定しています。それにより2030年には総発電量の53%を原子力で賄い、11%を水力、10%を再生可能エネルギー(水力を除く)で賄う計画です。菅首相が5月のG8サミットで表明した「再生可能エネルギーを2020年代の早い時期に20%に」というのは、エネルギー基本計画の2030年目標を前倒しすることなのです。ほかの石炭やLNGは減らしていこうという、現実には省エネルギー政策ですね。ところが、この図をあるところで見せたら「日本は省エネルギーをやらないのか」と質問されました。実は、この図のベースに「オール電化」というか、家庭や業務用で使っている化石エネルギーをすべて電気に変換するような、例えばヒートポンプを増やしていくなどの方法や考え方が結構入っています。1次エネルギーの電力化を進め、さらに原子力や再生可能エネルギーの利用を7割程度に高めていけば、CO2の排出量は減らすことができる——というロジックです。その省エネ政策を早く実施していくことが、大きな課題です。

技術としての原子力発電の役割評価

 技術として原子力発電をどう評価するか。これは私が38年前にエネルギーの研究を始めてから今でも、さらにこれからも世界中のエネルギー政策の一つの大きな論争点です。地球環境については、グリーンピース・インターナショナルの共同創設者で環境学者のパトリック・ムーアが温暖化問題にどう対処するかが注目され、その結果には大きなインパクトがありました。彼は核廃絶の立場から原発の開発・利用に30年間反対してきましたが、「原子力は気候変動の大惨事から地球を救うエネルギー源の一つだ」と転身し、原発の必要性を訴えました。これは今回の福島第一原発事故の前、2005年4月の米国上院の委員会でのことです。

 それから英国の環境学者でガイア論の父、ジェームズ・ラブロックは「原発を排除し、再生可能エネルギーで、人類が必要とする電力供給は非現実的だ」「温暖化は一度起こると制御不能となる。原子力は困難だが制御は可能だ」と語っています。本当に原子力は人間の力で制御できるのかどうか、議論の分かれるところですが、彼は環境学的な立場から原子力の必要性、役割を評価したのです。

 歴史的に重大な原発事故の原因としては、1979年のスリーマイルアイランド原発事故はヒューマンエラーが起因となりました。86年のチェルノブイリ原発事故は、プルトニウムをつくるための技術的に不安定な欠陥原子炉でした。今回の福島第一原発事故は、地震や津波の自然災害によるものとはいえ、全電源喪失が原因となって起きました。

 「失敗学」の権威、東京大学名誉教授の畑村洋太郎さんが5月30日付の日本経済新聞「経済教室」に『「最悪時」前提に設計見直せ 原発事故に学ぶ』を書いています。技術の成熟化には失敗経験が不可避で、どんな産業分野でも十分な失敗経験を積むには200年かかるという。例えばボイラーの技術につて、米機械学会は1942年に危険度を引き下げた。産業革命以降、ボイラーの爆発で1万人以上の命が失われた。ボイラーが出現して200年がたって、ようやく手に負えるようになったのだ。その一方で、原発は始まってから60年しかたっていない。この間、スリーマイルアイランド事故やチェルノブイリ事故、今回の福島第一原発の事故というように、失敗経験を積んでいるが、まだまだ未熟だ。自然や原子力を完全に制御できると考えてはいけない。原発にどんな未経験の部分があるのかを考えることが大切だ、と述べています。

 今回の原発事故を機に、原子力の問題が核の問題と連動してきています。大江健三郎さんが3.11の翌週、フランスの『ル・モンド』紙で「核の炎を経験した日本人は核エネルギーを産業効率の観点で考えるべきではない。広島の兵器を基に、成長の手段を追求すべきではない」と。村上春樹さんも「福島第一原発の事故は、日本にとって二度目の大きな核の被害だが、今回、自らの手で過ちを冒した。わが国民は原発を拒否する」と発言されています。もはや、技術だけの問題ではなくなってきています。

 そういう中で、文芸評論家の吉本隆明さんは違います。毎日新聞に出ていたのですが、彼は「動物にない、人間だけの特性は、前へ前へと発達すること、技術や頭脳は高度になることはあっても元に戻って退歩することはあり得ない。原発をやめてしまえば、新たな核技術もその成果も、何もかもなくなってしまう。今のところ事故を防ぐ技術を発達させるしかない」と述べています。

 前の2人の文学者の発言は、原発を否定しています。核技術は受け入れられないという感性の側面が強い世界ですね。その反面、技術者たちは、科学技術を進歩させてきた人間の本能、あるいはDNAとして、原発はストップさせられないと思っているのではないでしょうか。私もオーロラの研究をやっていた科学者の端くれとして、吉本隆明さんの意見の方が納得できるような気がします。

十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問
十市勉 氏
(といち つとむ)

十市勉(といち つとむ) 氏のプロフィール
大阪生まれ。大阪府立大手前高校卒。1973年東京大学理学系大学院地球物理コース博士課程修了(理学博士)、日本エネルギー経済研究所研究員。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)エネルギー研究所客員研究員、日本エネルギー経済研究所総合研究部長、同理事・総合研究部長、同常務理事、常務理事・首席研究員を経て2006年専務理事(最高知識責任者)・首席研究員。2011年6月から現職。

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