レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「東日本大震災とエネルギー安全保障問題」第1回「エネルギー政策への教訓」

2011.08.04

十市勉 氏 / 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問

十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問
十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問

 私が日本エネルギー経済研究所に入ったのは、1973年10月の第一次オイルショックの直前です。大学院ではオーロラの研究をしており、全然違う世界に入ってから今年で38年になります。今月末には65歳の定年となり、来週からは顧問ということで自由にやれる身分になりますが、今のこうしたタイミングでのエネルギー問題が、私がエネルギーの研究をやってきた中でも最大の、一番難しい時期だなと感じています。

 さて、日本のエネルギーの長期的な供給構造の変化について振り返ってみたいと思います。皆さんご存じの通り、過去に石油が太平洋戦争の一つのきっかけ、すなわち、アメリカの対日石油禁輸というものが一つの契機になりました。戦後の経済復興では、鉄鋼や石炭産業を中心に建て直しを図り、1950年代には中東で大規模な油田が発見されて、その安い石油で1960年代の高度成長を遂げました。

 それが大きな壁にぶつかったのが73年の第一次石油ショック、それから79年の第二次石油ショックです。この第一次石油ショックが起きたときは、日本のエネルギーに占める石油のウエートは8割近くありました。二度の石油ショックを契機に、急激なエネルギー供給源の転換が行われました。石油の安定供給対策や、代替エネルギー開発に国を挙げて取り組むことになり、天然ガスや原子力などの推進、再生可能エネルギーのサンシャイン計画も74年にスタートしました。石炭火力も1980年代に、国内炭ではなくて海外の安い石炭を輸入して発電に使うなど、いろんな意味で大きな転換が起きたのが1970年代から80年代です。

 この石油ショック後は、結果的に石油価格が安い時代が続き、80年代は円高もありました。そこで、日本の経済・産業を強くするための規制緩和、電力の自由化が80年代から90年代に行われました。そうした中で、90年代には地球温暖化問題が大きな課題になり、97年に京都で開かれた第三回気候変動枠組条約締約国会議(「京都議定書」を採択)では、地球温暖化対策、気候変動対策をどうするかということが大きなイシュー(issue:論点)になりました。そして、今回の福島第一原発事故といったように、それぞれに大きな節目がありました。

 よく「エネルギー政策は何が一番の目標か」についての議論がありますが、それは時代時代、あるいは時代の流れによってプライオリティが変わります。日本の場合はエネルギー自給率が4%と極めて低いことから、「エネルギーの安定供給」が一貫して日本のエネルギー政策のベースにあるのですが、需給が安定化してくると、エネルギーの安定供給はあまり大きなイシューではなくなった時代もあります。最近では、地球温暖化問題の方が重要なイシューになっています。そういう大きな流れの中で、今回の原発事故を位置づけてみる必要があるのではないでしょうか。

 これまでは「エネルギーの安定供給・安全保障」と「経済の成長」、「気候変動・温暖化への対応」をバランスよく進めていくことでしたが、今回の事故によって、プラス安全性の問題、原子力の事故や自然災害に強い「強靱なエネルギーの需給システム」をどうつくるかということが新しい課題として提起されております。そういう意味では、3E(経済・環境・エネルギー)プラス「セーフティ」の問題が、より重要なイシューになってきたと言えます。

エネルギーの安全保障

 「エネルギー安全保障」について、エネルギー業界では「国民生活や経済・社会活動、国防等に必要な量のエネルギーを、アフォーダブル(受容可能)な、つまり支払い可能な価格で確保できること」と定義しております。いくらでも高くてよいならば、エネルギーの資源はいくらいくらでも手に入るわけですが、それによって経済が大きな打撃を受けるとなると、あまり意味がない。必要な量のエネルギーをアフォーダブルな価格で確保できることが、エネルギーのセキュリティ、あるいはエネルギーが安全に確保された状態ということになります。

 エネルギー安全保障の構成要素として、供給側について言えば、日本は、化石燃料以外はウランも含めてほぼ全量輸入ですから、海外の資源を確保し、それを輸送するリスクをどう考えるか。そして国内でのリスク、今回の地震・津波などはむしろ国内で起きたリスクになるわけです。特に石油については、中東ペルシャ湾のホルムズ海峡の通行問題とか、あるいは、マラッカ海峡の通行をどうするかとか、そういう国防上の問題、シーレーンの問題とも関係して、エネルギー安全保障の問題が議論されています。

 需要側としては、限られた資源をいかに効率的に使うかが、エネルギー安全保障の向上にとって重要な要素となります。

 エネルギーの安全保障を向上させるには、エネルギー自給率を上げることのほかに、海外で石油やガス、ウラン等々を日本の企業が自ら投資して開発し、それを日本に持ってくることが重要です。単に輸入するだけでなく、開発から輸入までのある程度の権益を持つことです。国としても、そうした資源外交をサポートすることが必要です。リスクへの対応としては、さまざまなリスクをいかに分散化するか、実際に何かのリスクが起きたときに、どう吸収するか、あるいは、それに対する備えをどうするか、こうした考え方が基本原則です。

安全保障の7つの評価指標

 エネルギーの安全保障がどこまで満たされているか、その充実度を評価する7つの指標を、当研究所が今年1月に発表しました。

エネルギー安全保障充実度の評価指標

 指標(1)は「1次エネルギーの自給率」です。1次エネルギーには原子力も含み、原子力は準国産という位置づけです。それから指標(2)「エネルギー源の分散度」。石油や石炭、天然ガス、再生可能エネルギー、こういうものをいかに分散するかということです。同じように指標(3)「エネルギー輸入相手国の分散度」。そして指標(4)「原油輸送のチョークポイント依存度」。水上航路でチョークポイントと言われる海峡など、襲撃されやすい所をいかに避けて輸送するかの問題です。日本の場合はほとんどのエネルギーを外から持ってくるので、エネルギーの安全保障を議論するときの中心課題となっていました。

 国内の問題としては指標(5)「電力供給信頼度」です。いわゆる電力供給の予備率。これは、今まさに原子力発電がストップして、この夏は相当大変だと言われています。予備率が電力会社によってはマイナスと予想され、節電が大きな課題になっています。予備率をどの程度に保つのか、それが大きいほど安全な状態と言えます。それから、エネルギーの効率利用という意味での指標(6)「エネルギー消費のGDP(国内総生産)原単位」です。エネルギー消費量当りのGDPを大きくすれば、それだけ効率的ということになります。さらに、危機対応としての指標(7)「陸上石油備蓄日数」です。日本の場合、国家備蓄は民間と合わせて輸入量の160-170日分ぐらいの備蓄を持っています。これは第一次石油ショック、第二次石油ショックで手痛い打撃を受けた結果、相当のお金を投入して国家備蓄をしました。ところが今まで、一度も国家備蓄を放出していません。そういう意味では三十数年間持っているだけで、無駄と言えば無駄ですけれども、持っていることによって、中東で大きな事変が起きたときにも慌てないで対応できました。セキュリティというのは一種の保険と同じですから、「保険をかけたけれども、何もなければ本当にハッピーだ」という考えがある一方で、「無駄じゃないか」という議論もありえます。こうした指標で、エネルギーの安全保障について、いろいろと議論をしているわけです。

「外なる危機」と「内なる危機」

 次に、日本を取り巻く「エネルギー危機」の要因について。まずは「外なる危機」です。これについては、これまでの日本のエネルギー政策の中心課題でした。日本は海外からエネルギー資源を輸入しており、海外からの供給途絶が起きる可能性が高い、それにどう備えるかということを基本的なコンセプトに、政策が組み立てられてきたからです。この「外なる危機」も最近では、中国が猛烈な勢いで経済発展し、エネルギーや鉱物資源などのあらゆる資源、食料なども含めて、需給は完全に中国の影響を受けています。その一方、昨今の中東、北アフリカでは民主化運動が高まり、政治的な状態が非常に不安定化しています。現在は小康状態にありますが、中東の政治情勢が安定化しなければ、当然またエネルギーの供給不安にもつながっていきます。そうした中で、原油などの資源価格は高騰し、投機マネーの影響を受けるなどして、1バレル=100ドルという高いオイル水準にあります。これは、中国などの新興国の成長というのがベースにあるので、そう簡単には収まらないと思っています。

 次の「内なる危機」については、4、5年以上前から私は、国内でのエネルギーの安定供給の議論の中で、エネルギー安全保障を考えるべきだと言っておりました。今回は特に大震災および福島第一原発の事故が起き、福島第一はまだ安定化していないなど、日本のエネルギーは非常に危機的な状況にあります。それにプラスして浜岡原発が全基停止され、さらに定期検査の終わった原発も再稼働できずにいることから、電力不足は東日本から日本全体に広がりつつあり、この夏は大変です。

 電力に供給不安があれば、当然、企業は国内に投資をしません。もともとが高いと言われる日本の電気料金ですが、今後もさらに上がる要素はたくさんあります。今、原発が止まっている分を、石油、天然ガスなどの化石燃料でどんどんたき増ししています。それによるコストアップがあるし、福島第一原発事故の損害賠償の問題もあります。再生可能エネルギーは残念ながらまだコストが高いし、固定価格買い取り制によって、その分電気料金へサーチャージ転嫁されます。いろんな意味で、電気料金は下がる要因よりも上がる要因の方が多いので、日本国内の産業の空洞化がさらに加速することは避けられません。これをいかにスローダウンさせるかが大事となります。

世界の原発状況

 世界の原子力発電については、2011年1月現在で、世界30カ国で436基、約4億キロワットが運転中ですが、その後、日本(54基、4,885万キロワット)は減り、ドイツ(17基、2,152万キロワット)も一部ストップしているので、減っています。さらに日本の新増設14基の建設という計画も、非常に難しくなっています。

 一方、中国には現在13基、1,085万キロワットの原発が稼働中であり、計画53基のうち28基が建設中です。2015年には4,000万キロワット、2020年には7,000-8,000万キロワットに増やす計画を進めています。今回の福島第一原発の事故を受けて、中国政府が安全対策などに慎重になり、計画がスローダウンする可能性はありますが、あっと言う間に日本を追い抜くのは時間の問題です。第1位は米国(104基、1億524万キロワット)、第2位がフランス(58基、6,588万キロワット)、第3位が日本という現状で、第4位のロシア(28基、2,419万キロワット)もさらに24基(2,547万キロワット)という大規模な建設計画を持ち、韓国(20基、1,772万キロワット)も8基(960万キロワット)の建設を計画しています。

エネルギー政策へ4つの教訓

東京電力・東北電力の電源被害

 では、今回の東日本大震災で、東北エリアにある東京電力、東北電力の火力発電所、原子力発電所がどのような影響を受けたのか。一番北にあるのが青森県の東北電力東通原子力発電所、これは定期検査中でしたが、もちろん止まったままです。それから八戸火力、宮城県の女川原発、仙台のガス火力、福島第一、第二原発、茨城県東海村の東海第二原発など。このエリアには原子力発電所が15基ありますが、これが全部止まっています。

 火力発電は、福島県広野の石炭火力1号などで一部、復旧し始めています。東京電力の火力発電所は、東京湾岸に密集しています。一部は地震で止まりましたが、比較的短期間で復旧し、原子力発電所が動かない分、火力をフル操業して夏場を乗り切ろうと、準備をしているところです。

 今回の大震災とエネルギー政策への教訓として、4点ぐらいに整理しました。

 第1は「大規模集中型エネルギー供給システムの弱点」が露呈したことです。日本は国土の3分の2が山で覆われ、比較的フラットなところは少ない。そうした場所に1億2千数百万の人間が住んでいることから、土地の制約が結構大きい。そのため、発電所用地の取得は容易ではなく、取得できた用地に集中的に発電所をつくることになります。それは大規模施設での大容量送電が可能な効率性のよいシステムですが、それが図らずも、今回の大震災で相当大きな打撃を受けました。東京湾岸でも直下型地震が起きる可能性が指摘されていることから、こうした“大規模集中型”のリスクをあらためて考える必要があるのではないでしょうか。

 第2は「原子力発電の“安全神話”の崩壊」です。日本の場合は「原子力は絶対安全」ということでスタートしました。しかし米国やヨーロッパでは「人間がつくった技術だから、必ず事故やトラブルが起きるリスクがある」というのが出発点です。そのリスクを「受け入れ可能なところまで、いかに小さくできるか」という考え方なので、「万が一、最悪のことが起きたら、どう対応するか」といったことも、比較的容易に受け入れられる素地があったのではないか。

 この違いは、日本には「広島・長崎の核アレルギー」がベースにあることと、関係していると思います。あくまでも私の仮説ですが、そうした核アレルギーがあるために、電力側も「原子力は絶対安全」「大事故も100%起きない」などと言って地元の人たちを説得し、原発の立地を進めてきました。その結果、事故対応マニュアルも一応はあったようですが、本当は「最悪の事態までの対応を考えていなかったのではないか」と、今回の(原発事故の)一連の事態を見ていて感じます。

 そういう意味では安全規制自体の問題、体制の問題もありますし、リスク管理に対する考え方も不備でした。実際に、シビアアクシデント(過酷事故)が起きたときの危機対応も不十分でした。事故や避難などの訓練はしていましたが、本気でそこまで考えていたかどうか疑問です。

 第3は「加速する電力化社会と脆弱(ぜいじゃく)な送電網」についてです。エネルギーを電力の形で使う形態がどんどん増えている中で、「日本の送電ネットワークは非常に脆弱である」との議論がなされています。ヨーロッパや米国の送電ネットワークは網の目のように張りめぐらされているシステムですが、日本の場合は「櫛(くし)形」といって、北から各電力会社間の送電系統をつなぎ、互いに電力をやり取りしています。そして電源周波数も50ヘルツと60ヘルツに分かれているなど、ものすごく脆弱な基盤にあります。「高品質の電気を安定的に供給すること」は、これからの国際競争、国家存立をも左右する大変重要な課題です。

 第4は「バランスの取れたエネルギー政策の重要性」です。エネルギー政策の目標は、「エネルギーの安定供給」がベースにあります。これに経済性や、CO2の少ない低炭素性、安全性、自然災害への強靱(きょうじん)性といったことが加わります。こうした多様な政策目標をどう実現するか。このうちの一つ二つを無視するならば、かなり選択肢は増えるのですが、日本の取り得る選択肢は、ヨーロッパとか米国などに比べて非常に限られた、狭いパスを行かなければなりません。今回の原発事故によってさらに、そうした難しさが増しております。

十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問
十市勉 氏
(といち つとむ)

十市勉(といち つとむ) 氏のプロフィール
大阪生まれ。大阪府立大手前高校卒。1973年東京大学理学系大学院地球物理コース博士課程修了(理学博士)、日本エネルギー経済研究所研究員。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)エネルギー研究所客員研究員、日本エネルギー経済研究所総合研究部長、同理事・総合研究部長、同常務理事、常務理事・首席研究員を経て2006年専務理事(最高知識責任者)・首席研究員。2011年6月から現職。

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