レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「東日本大震災とエネルギー安全保障問題」第2回「短期・中期・長期で考える電力需給」

2011.08.11

十市勉 氏 / 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問

今後の電力需給問題

十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問
十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問

 「今後の電力需給を巡る問題」については、「今夏に向けた短期」「来夏から2-3年間の中期」それから「長期的な問題」と分けて考えるべきです。今は、いろんな立場の人がいろんな意見をドラスティックに言っておられます。これだけの大震災だけに大事なことですが、議論を整理しないと、一般の人はほとんど分からない状況になりかねません。

 「短期」という意味は、「今夏をどうするか」ということです。短期的な電力の供給力は非常に限定的で、再生可能エネルギーとかガスの火力発電をつくるにしても、これは限定的です。むしろ電力を使う需要サイドで、相当思い切った対応をとるしかありません。「計画停電」は最後の手段であり、絶対に停電させないことが大事です。

 震災後の電力事情は、東日本だけでなく日本全体が大変厳しい状況にあります。電気の融通もほとんど期待できず、特に浜岡原発の停止以降、事態は悪化しています。この夏を節電でどこまで乗り切れるかは、夏の暑さがどれほど厳しいのかという「お天道頼み」、あるいは神頼み的な話にならざるを得ません。

 原子力発電所が震災によって停止し、定期検査後の再開もできないまま、さらに新たに定検停止となっていくと、来年5月末には日本の原発54基が全部止まるので、状況はいっそう悪くなる可能性があります。「来夏から2-3年間の中期」に向けては、現在の取り組みが大事となります。企業は先行きの電力需給や電力コストの見通しによって、設備投資など、国内投資を決めます。非常事態にある日本で、自分たちの企業がどう生き残るのか、国内雇用をどう確保していくのかといった思いを、経営者の方々は持っておられます。だからといって、国内に投資をしても夏場に停電があったり、電力の価格が何十%も上がったりすれば、企業として生き残れないかもしれない。そうしたときに国益と企業益の乖離(かいり)が起き、企業としては生き残りを優先せざるを得ない局面が生じてくる。こうしたことは考えておくべきであり、電力の需給逼迫(ひっぱく)に対する懸念をいかに小さくするかが大事となります。さらに、電力の需要側ではピーク負荷を抑制する取り組み、供給側ではできるだけ供給力を拡大するような取り組みをしないといけません。

 「長期的な問題」とは「新しい状況下での、あるいは10年先、20年先でのエネルギー政策や電気事業政策をどうするか」の問題です。原子力発電あるいは代替エネルギーにどこまで依存するのか、今後の電気事業体制つまり発電・送電部門の分離についても、今のように供給側もどうなるか分からないときに、発電事業と送電事業を分離してどうなるのかといった、いろいろな問題が一緒に議論されています。これらをきちんと整理しないと、混乱を重ねる可能性もあります。地球温暖化対策についても、日本が主体的に取り組まざるを得ないグローバルな、長期的な問題です。

日本の原発状況

 先ほども申し上げましたが、日本には原子力発電所が54基あり、東北エリアで今15基止まっています。さらに、その他の原発も13カ月ごとに定期検査があるので、どんどん止まっていきます。すでに定期検査が終わった原発もかなりありますが、それも知事さんのゴーサインが出ないということで動いておりません。法律的には、原子力安全・保安院が定期検査の終わった段階でそれを審査して、オーケーを出せば動かせるのですが、電気事業者は地元の知事さんといわゆる「原子力安全協定」という法的根拠のない“Gentleman's Agreement”を結んでいて、知事さんがオーケーと言わないと動かさないことになっております。

 浜岡原発については菅首相が、30年以内に東海地震が起きる確率が高いということで、法的根拠のない形での、行政命令に近い要請をして止めました。その他の原発についても、定期検査が終わったところは「動かしてよい」との根拠が示されていないので、各知事さんはゴーサインが出せず、どんどん止まっている状況です。浜岡原発の停止理由を説明するときに、ほかの原発については「こういう安全基準の条件を満たせば当面は安全だということを国が保証する」ということを同時に言ってやるのが、政治家として、国のリーダーの本来やるべきことだと思います。止めることだけ言って後は知らないというのでは、極めて無責任ですよね。

日本の原子力発電所の運転状況

原発停止で増える火力燃料費

 2011年6月7日の「新成長戦略実現会議」で経済産業大臣が提出した資料「今夏の電力需給状況」には、原発の停止でどれだけ需給が逼迫するかが書いてあります。東日本だけではなくて、中部電力や西日本の関西、北陸、中国、四国、九州の各電力会社も厳しい。中国電力は原発依存が低いので、火力で何とか対応できる比較的余裕がありますが、他の4社は大変です。最近は関西電力も15%の自主的な節電を呼びかけています。九州、四国、北陸の各電力会社も今のままでは、そうなる可能性があり、電力需給の逼迫という状況はこの夏、全国的に広がりそうです。

 同じ政府資料によりますと、原発が定検後も稼働できない状況が続いて来年5月に全部が止まり、その分を火力で代替するとなると、今年度だけで1.4兆円の燃料コストが増加します。さらに、その後もすべてが停止すると、1年間で3兆円超の燃料コスト増になるといいます。これについては、私たち(財)日本エネルギー経済研究所でも試算しています。原発全基が止まった場合、火力でたき増して発電しないとならないので、石油や液化天然ガス、石炭などの輸入量が増えます。その増加分の燃料費は2012年度の1年間で3.5兆円ぐらいと見込まれます。

 さらに、これが電気料金にどう跳ね返ってくるのかを計算しました。日本の販売電力量は1兆キロワット時弱で、割算するとキロワット時あたり3.5円ぐらいです。増加燃料費3.5兆円を1兆キロワット時で割ると、キロワット時あたり約3.5円。家庭用電力で計算してみると、1家庭280 キロワット時/月ですから952-980円と、だいたい1,000円ぐらいですね。これをとらえて、マスメディアは「1,000円電気代を負担すれば原子力は要らないのだ」とミスリーディングというか、一面的な報道をしてしまいました。実は、産業分の電力を含めると、それでは済みません。業務用電力(特別高圧供給、高圧供給など)の料金はキロワット時当たり平均12円ぐらいです。火力による増加燃料費分がキロワット時あたり3.5円となると、それだけで業務用電力は約30%値上がりするので、それぞれの家庭が月に1,000円で済むという話ではないのです。しかも、こうしたことは「短期」の話であり、これからもし原子力を全部やめたら、それに替わる発電所をつくらなければなりません。火力発電所をつくる、再生可能エネルギーをどんどんつくる、それに資本コストもかかるとなると、さらに電気料金に上乗せされます。まだ正確に計算されていませんが、どういった産業に、どれほど波及するのかを考えていった場合、おそらく、おそろしい世界になると思います。そのぐらい深刻な問題として考える必要があります。

来夏から3年後に向けた取り組み

 来夏から3年後の問題です。電力の需要側では、節電に貢献する省エネ機器としてLED照明も随分効率がよくなっています。これも私たちの研究所の試算ですが、日本にある蛍光灯や白熱灯を全部LEDに替えたら、日本の消費電力量の9%ぐらい(約922億キロワット時)節電できます。取り替え費用も15兆7,000億円かければできる計算です。これから10年、20年で半分を替えるにしても4%節電できるポテンシャルはあるので、これを広げていくことも大事です。

 また太陽光発電もピークシフトには、もちろん大きな役割を果たします。蓄電池も、その技術が安いコストで汎用できれば、再生可能エネルギーの弱点が大きく改善され、電力の需給システムが革命的に変わる可能性もあります。電力需給を調整できるスマートメーターの普及にも、いっそう取り組んでいくことです。

 「電気料金でのインセンティブ」については、エコノミストの間でも、価格のメカニズムで電力需要もすべて調整されるような議論が多い。「価格メカニズムの役割」は分かりますが、「価格を変えれば全部マーケットで調整されて、問題が解決する」という意見が多いことに、私は違和感を覚えます。もちろん、電力需要のピーク時に電気料金を上げて需要を抑えることや、ピーク時対応の電源のインセンティブを補うために、価格メカニズムを使う必要があるし、有用だと思いますが、あくまでもそれは“One of them”であり、それだけでは解決しません。いろんな技術の開発も含めて、その中で価格インセンティブも併せてやっていくことではないでしょうか。

 電力の供給サイドとしては、被災した火力発電所の復旧、既設の原発の安全対策や安全性基準の強化などを図ることです。また、短期間で容量の増加が期待されるガス火力発電の増設、自家発電設備の容量拡大や増設も行われつつあります。

高まる省エネ・新エネへの期待

 省エネルギーについては震災の前から、いろいろな新しい技術やコンセプトの開発が、将来の低炭素社会に向けて取り組まれています。太陽光発電や家庭用燃料電池、LED照明、次世代自動車などの分散型のエネルギーをうまくネットワークにつないで、全体のバランスを取りつつ、いかに大規模集中型や分散型のシステムを共存させていくのか。そうした方向で、スマートグリッドをはじめとする、未来型エネルギー社会の形成が検討されています。

LED照明による最大省電力ポテンシャル

 先ほども触れましたが、LED照明でどれだけ省電力ができるか、その試算を私たちの研究所が5月26日に発表しました。蛍光灯や白熱灯のすべてをLED照明に替えた場合、家庭部門で240億キロワット時、業務部門で545億キロワット時、産業部門で136億キロワット時の合計で922億キロワット時の省電力量が得られます。相当に大きな節電のポテンシャルがあるということです。

LED照明による最大省電力ポテンシャル
十市勉 氏 財団法人日本エネルギー経済研究所 顧問
十市勉 氏
(といち つとむ)

十市勉(といち つとむ) 氏のプロフィール
大阪生まれ。大阪府立大手前高校卒。1973年東京大学理学系大学院地球物理コース博士課程修了(理学博士)、日本エネルギー経済研究所研究員。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)エネルギー研究所客員研究員、日本エネルギー経済研究所総合研究部長、同理事・総合研究部長、同常務理事、常務理事・首席研究員を経て2006年専務理事(最高知識責任者)・首席研究員。2011年6月から現職。

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