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分散型発電と地域エネルギーシステムへのシフト(上坂博亨 氏 / 富山国際大学子ども育成学部 教授)

2011.08.16

上坂博亨 氏 / 富山国際大学子ども育成学部 教授

富山国際大学子ども育成学部 教授 上坂博亨 氏
上坂博亨 氏

 自然エネルギーを中心とする再生可能エネルギーが、石油・原子力を中心とする化石エネルギーと大きく相違する点は「エネルギー密度」だと言われる。化石エネルギーはそのエネルギー密度の高さゆえ、集中的かつ大型・高出力のエネルギープラント構築を可能とし、現在までにそれを基盤とする信頼感ある社会システムが形成されてきた。しかし東日本大震災以降エネルギーシステムへの信頼は一変した。そしてそれに代わって再生可能エネルギーが一躍メインストリームに入ったという点では共通した認識があろうと思う。しかし再生可能エネルギーは密度が低い、すなわち薄く広く分散している訳であるから当然エネルギープラントも小型・低出力で分散した形態とならざるを得ない。それによって、発電・送電・制御などの電力システムは言うまでも無く、交通やそれを支えるサービス、また地域に適合した技術開発・サポートなど、さまざまな社会的変革が予想(要求)される。簡単に「分散型発電」と言うが、社会システムに与える影響は計り知れない。本稿では農村に焦点をあて、小水力発電を中心とした分散型発電による地域エネルギーシステムへの転換および、地域と家庭での戦略的省エネルギーの重要性について考えてみる。

地域エネルギーシステムへの移行は迅速に

 地下資源である原油の産出量は年々増加してきていたがやがて減少に転じるという、いわゆるオイルピークについては世界の産出量ベースで2006年にピークを打ったとする説が有力である。今後は徐々に産出量がマイナスに推移し2050年ごろには現在の約20%にまで減少するという予測もある。20%減少するのではなく、5分の1になるのである。この時までに新しい社会構造を構築しておかなければ、文字通り未来はない。

 2050年と言えば今から約40年後である。もちろん40年後に慌てても遅いのだから、そのころまでに次世代のエネルギー消費構造を確立していなくてはならない。耐用年数40年で原発を順次閉鎖していくと2040年ごろに原発由来の電力は終息する見込みであり(倉阪、2011)、これを再エネで賄うには、それなりの設備が必要である。本年4月に公表された環境省の推計によると、出力1,000キロワット以下の小水力発電の開発可能性は約540万キロワット相当とされており有望であるが、その地点数は18,000地点を超える。これを2040年までに、すなわち約30年間で開発するならば、年間に平均約600カ所余りの発電所を構築していくことになる。小水力発電の進んでいるドイツ南部でさえ年間に約300カ所(2009年調査)の建設ペースであることを考えると、年間600カ所がいかに大変なことかが分かる。同様の「スピード感」は非住宅系太陽光・風力・地熱・バイオマスにも求められる。

小さな水車の大量導入は可能か

 昭和初期(1920-30年)は水車の普及期で、富山県の農村地帯にも急速に水車の利用が拡大していった。ここで用いられている水車は、「らせん水車」と呼ばれるタイプである。この水車は粉ひきなどに用いられる上掛け水車とは異なり、低落差低流量の農業用水路などに支持台を使って設置するだけで稼働することができる、可搬性が高く使い勝手の良い小型水車である。1930年代は水車最盛期で、らせん型の他にもぺルトン型、タービン型などの水車が開発製造されて農村に販売されていった。その結果、水車隆盛末期の1940年ごろには全国で約78,000台に及ぶ水車が稼働していた。このころの富山県内の農家の水車普及率は現在の黒部市で最も高く約90%、次いで現在の南砺市で約85%との記録がある。つまりほとんどの農家が水車を保有し、かつそれを利活用する技術を有していたと考えられるのである。この記録は数キロワットクラスの小水力発電所の普及に関して大きな福音を与えてくれる。

 むろんその後、用水路改修に伴う水利環境の変化、電動機(モーター)や石油発動機の低廉化と普及などによって急速に水車は姿を消し、1950年代の半ばには統計に載らない程度にまで減退する。

作った電気を賢く使うことが重要課題

 農業用水路を用いた小水力発電所では、現在はほとんどの場合、作った電力を大手電力会社に売電している。この時、売電価格は一般にキロワット当たり3-10円と低く、これが発電の事業採算性に大きな影響を与えている。また価格は個別交渉により決まるが、事実上は電力会社優位に価格決定がなされる。2012年度からは新しい固定価格買い取り制度が運用される見込みであり、事情はかなり変わる事が期待できるが売電価格はキロワット当たり15-20円のレベルである。また出力が数キロワットから1,000キロワットまで売電価格は一律であり、小規模の発電所になればなるほど経済的に不利であることも指摘されている。さらにこの制度に伴い補助金が廃止される見込みで、初期投資の大きな小水力発電にとって、推進上大きな問題といえる。

 このようにこれまでの小水力発電のビジネスモデルは売電一辺倒であり、もっぱらの関心事は売電価格であった。しかしドイツなどの例をみると、まずは発電者自身がその電力を利用し、余剰分を売電することが一般的に行われている。電力を自家消費するとその分は電力会社からの買電が節約できる訳だから、販売価格分(一般家屋で使用すれば、キロワット当たり22円前後)の価値を生み出すことになる。これは現在の売電価格より2-3倍高く経済的である。さらに余剰電力を電気自動車の動力として活用すると、ガソリン価格に相当する価値を生み出すことになる。走行距離を基準とすると、1キロワットの電力はガソリン0.6-0.7リットルに相当する。ガソリン価格を1リットル140円とすると、1キロワット当たりの電力は90-100円前後の価値となる。このように小水力発電の電力をどのように使うかによって経済性が大きく異なるのである。

電気軽トラの可能性 〜戦略的省エネルギーの第一歩〜

 農村地帯で最もよく見る自動車は「軽トラ」であろう。軽トラは農場移動、荷運びなど農家のさまざまな作業に利用されるばかりでなく、時として買い物や隣町への移動などにまで気軽に利用されている。軽トラ利用の特徴の一つは、1回のエンジン始動に伴う走行距離が短いことである。田んぼ水を見て回る、草刈りに出掛ける、近所に買い物に行く、どれをとっても一度にせいぜい10キロメートル内外の走行距離と考えられる。周知のようにガソリン車はエンジン始動直後が極めて燃費が悪く、軽トラとは言えせいぜい1リットル当たり数キロメートルである。いわゆる「チョイ乗り」の多い軽トラでは燃料消費効率はかなり悪くなると予想される。一方、軽トラを電気自動車に改造すると事情は一変する。電気モーターは始動直後も燃費(電費?)悪化は無く、むしろモーターや電池が冷えている方が効率は良い。電力がガソリンよりも格段に安いことと相まって、電気軽トラを用いると大幅な燃料費節減が期待できる。

 軽トラへの電力供給は家庭で行っても良いが、せっかくだから小水力発電を利用することもできる。田んぼで作業をしている間、用水路で発電して軽トラを充電することも可能である。また現在、軽トラのバッテリーを交換可能にしたモデルも研究中である。農業用水の小水力発電所で充電したバッテリーを待機させ(バッテリーステーション)、誰もが軽トラの使用済みバッテリーと交換ができるようにする。そうなれば電池切れの心配もなく、農村地帯を電気軽トラで走り回ることができる。

 原油価格高騰の折、農山村から徐々にガソリンスタンドが撤退する今日、将来の農村地帯での燃料確保はますます困難になると予想される。軽トラのみならず耕運機や草刈機、他の自家用車などを電気化していくことで、小水力発電所の利用価値はますます高まる。地域エネルギーを地域で賢く使うための第一歩、それは地域に密着した蓄電型の電気交通システムではなかろうか。

まずは農村版コミュニティーグリッドから

 現在は小水力発電の電力を電線などで自由に配電し販売することは電気事業法によって制約されている。そこで今すぐにできる簡便な電力輸送方法は、電気自動車(EV)に搭載することである。つまりEVを電荷の搬送媒体と捉えるわけである。EVである電気軽トラとバッテリーステーションの組み合わせは、そういう意味で相性が良い。しかしEVで運べる電力にも限界がある。地域がエネルギー自立を目指すなら、その地域に独自の地域電力網(コミュニティーグリッド)を手に入れることである。すでにスマートグリッドという技術が研究されており、再エネによる分散電源を統一的に束ねた形をしているのが一般的である。規模の小さなコミュニティーグリッドにおいては、電力の需給バランス調整が一つの課題となるが、幸い農村には大量の電気軽トラとバッテリーステーションがある(予定!)。これをグリッドに接続することで、そのバッテリーが電力の過不足を補ってくれる。電気軽トラ1台分のバッテリー容量(15-20キロワット)は、農家の1日分の電力量とほぼ等しいので良質な電力バッファ(緩衝器)となる可能性がある。このように、そもそも資源供給地としての機能を持つ農村は、これからの分散型エネルギー時代に向かってどの地域よりも迅速にエネルギー自立を果たせる可能性がある。

 以上、用水路の発達した農村地帯にはエネルギー自立の大きな可能性があることを述べた。一般に地域には太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスなど地域ごとに特色ある再生可能エネルギーが分布している。多様なエネルギー分布の下で重要なことは、地域エネルギー利用技術もまた地域によって多種多様となることである。地域が自立的にエネルギー確保を進め、分散型の地域エネルギーシステムへのシフトを加速していくためには、まず地域エネルギーの可能性に地域自身が気付き、自らが考え、自ら汗してチャレンジすることが大切ではないだろうか。

富山国際大学子ども育成学部 教授 上坂博亨 氏
上坂博亨 氏
(うえさか ひろゆき)

上坂博亨(うえさか ひろゆき)氏のプロフィール
福井県立藤島高校卒。1980年筑波大学第2学群生物学類卒、87年筑波大学大学院博士課程学位取得(理学博士)、富士通株式会社入社、2000年富山国際大学地域学部助教授、03年フランス・欧亜ビジネス管理学院(ISUGA)客員教授、04年富山国際大学地域学部教授、09年から現職。専門は環境情報学・地域エネルギー学。富山県小水力利用推進協議会副会長、NPO法人エコテクノロジー研究会理事も。

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