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ダークマターの正体に迫る ? スパコン「京」でシミュレーション(石山智明 氏 / 筑波大学計算科学研究センター研究員)

2012.12.27

石山智明 氏 / 筑波大学計算科学研究センター研究員

筑波大学計算科学研究センター研究員 石山智明 氏
石山智明 氏

 最新の宇宙の構造形成理論では、普段われわれが目にする原子や分子のような「バリオン」と呼ばれる物質は、宇宙の物質全体の15%程度の割合で存在し、残りは「ダークマター」と呼ばれる、重力を通してのみ相互作用する物質であると考えられている。ダークマターは宇宙初期にはほとんど一様に存在したが、ごくわずかな密度の揺らぎが存在した。

 この揺らぎは重力により成長して、宇宙の至るところにさまざまなサイズの高密度なダークマター天体を形成した。その中でバリオンがダークマター重力によって集まり、現在の宇宙で観測される銀河や銀河団のような多種多様な構造が生まれてきた。

 こういった宇宙の構造形成過程は、重力の非線形性が本質的に重要な役割を果たしているため、そのダイナミクスを研究するには数値シミュレーションが非常に有用である。ダークマターから成る天体は20桁以上もの質量幅にわたって存在すると考えられており、それぞれの中で初代星や銀河などの対応する天体が形成する。宇宙の構造形成過程は、こういったマルチスケールな天体が、宇宙約140億年という長い時間、相互作用するという極めて複雑な過程である。

 従って、考慮すべき質量・空間・時間スケールが広大なため、大規模シミュレーションが必要不可欠である。また宇宙空間でみられる多くの物理現象は地上で実験して検証することが不可能であるため、シミュレーションでのみ扱うことのできる対象も数多い。時にシミュレーションは「理論の望遠鏡」とも呼ばれ、宇宙の研究において非常に重要な位置を占めている。

 宇宙の構造形成、進化に重要な役割を担ってきたダークマターは、さまざまな観測から間接的に存在が確かめられているが、ダークマター粒子の正体そのものはよくわかっていない。ひとつの有力な候補として「超対称性粒子」、「ニュートラリーノ」が挙げられる。ニュートラリーノは自己対消滅をし、ガンマ線を放出する。このガンマ線を検出することで間接的にダークマター粒子を捉えようとする試みが世界中でなされているが、決定的な結果は得られていない。

 われわれが住む銀河系は、合計1兆太陽質量程度のダークマターから構成される巨大なダークマター天体の中心に存在するため、このダークマター天体が観測の絶好のターゲットであると考えられている。大規模シミュレーションにより、このダークマター天体は中心が高密度であり、さらに無数の局所的な密度ピークが存在することがわかってきた。ダークマター天体の中心か、地球近傍の密度ピークのどちらが、より対消滅ガンマ線を観測しやすいのかを明らかにすることは、ダークマター探査の戦略上、極めて重要である。

 ダークマター天体の形成、進化過程を追うために、宇宙空間のダークマターを粒子として離散化し、粒子間の相互作用重力を解く「重力多体シミュレーション」がよく用いられる。この時用いる粒子数によって、どれだけ微細なダークマター構造が分解できるかが決定される。これまでのシミュレーションの最大は数百億粒子程度であり、地球近傍のダークマター微細構造を明らかにするためには、さらに数十倍の粒子数が必要である。

宇宙初期のダークマターの空間分布 
明るさはダークマターの空間密度を表し、明るいところは密度が高い。宇宙が生まれてすぐはほぼ一様(a)だが、時間が経つにつれて(a)から(d)へ重力により大きな構造が形成されていく。(a)は宇宙誕生から約200万年後(1辺約5光年)、(d)は誕生から約1億年後(約136億年前、1辺約65光年)の宇宙の姿を表している。(e)と(f)は(d)中心部を順に拡大した画像。
宇宙初期のダークマターの空間分布
明るさはダークマターの空間密度を表し、明るいところは密度が高い。宇宙が生まれてすぐはほぼ一様(a)だが、時間が経つにつれて(a)から(d)へ重力により大きな構造が形成されていく。(a)は宇宙誕生から約200万年後(1辺約5光年)、(d)は誕生から約1億年後(約136億年前、1辺約65光年)の宇宙の姿を表している。(e)と(f)は(d)中心部を順に拡大した画像。

 粒子数は、使用できるスーパーコンピュータの演算能力だけでなく、メモリ容量によって制限されるため、「京」のような、ペタフロップス級の大規模計算機は非常に強力である。しかし、こういった重力多体シミュレーションのための並列アプリケーションは、これまで約1,000並列度程度までに対応した並列化が報告されているくらいで、10万並列近い並列度の「京」全システムで効率良く動作するアプリケーションの開発は急務であった。

 今回われわれは「京」上で、1兆を超す粒子の重力多体シミュレーションを可能にするアプリケーションを開発することに成功した。「京」の全システムを使う超並列計算であることから、大規模な全対通信をいかに効率よく行うかというところが重要であった。アプリケーションの性質上、全対通信は避けられないが、全体をいくつかのグループに分け、まずグループ内での全対通信を行ってからグループ間で通信するというように、2段階に分けて通信を行うことによって性能を大きく改善することができた。

 他にも多数の“泥臭い最適化”を施した結果、2兆ダークマター粒子の重力進化シミュレーションを、「京」のほぼ全システムを用いて、5.67ペタフロップスの実効性能(実行効率55%)で達成した。この成果が認められ、「ハイ・パフォーマンス・コンピューティングに関する国際会議SC12」(2012年11月、米国ソルトレークシティー開催)において、ゴードン・ベル賞を単独受賞した。

 ゴードン・ベル賞ファイナリストには、ピーク性能が20ペタフロップス(「京」の約2倍)の「セコイア」(米国ローレンス・リバモア国立研究所)を使い、同様のダークマターシミュレーションで14ペタフロップスを達成した米国のグループがあった。ところがわれわれのグループのアプリケーションが実際の計算速度で上回り、1粒子あたり2.4倍の速さでシミュレーションをすることが可能であった(米国と同じ計算機を用いた場合は5倍近く速い)。こういった点が評価され、ゴードン・ベル賞の受賞につながった。

 今回の成果の意義は、まだ存在が確認されていない超対称性粒子「ニュートラリーノ」がダークマターの正体だとする有力な考え方を検証することを可能にするのに加え、数兆個におよぶダークマター粒子の宇宙初期での重力進化が実用的な時間内にシミュレーションできることが、世界で初めて示されたことである。これは、これまでより微細なダークマター構造を解明できることを意味しており、ニュートラリーノの探査とその詳細な性質を解明するための大きな一歩と言える。

 今後は開発したこれまでにはない大規模シミュレーションを可能にするアプリケーションを用いて、引き続き宇宙のダークマター微細構造を精密に解明していきたい。

筑波大学計算科学研究センター研究員 石山智明 氏
石山智明 氏
(いしやま ともあき)

石山智明(いしやま ともあき)氏のプロフィール
埼玉県生まれ。城北埼玉高校卒。2005年東京大学教養学部広域科学科卒、10年東京大学総合文化研究科広域システム科学系博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、HPCI(ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」・国立天文台天文シミュレーションプロジェクト専門研究職員を経て2011年5月から現職。博士(学術)。

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