インタビュー

第1回「科学技術の第3の柱『計算科学』」(岩崎洋一 氏 / 筑波大学学長)

2007.11.26

岩崎洋一 氏 / 筑波大学学長

「ブレークスルーは高い目標設定から」

岩崎洋一 氏
岩崎洋一 氏

科学技術の発展は、実験・観測、理論をクルマの両輪に発展してきた。しかし、素粒子物理や宇宙の進化さらには人類の未来がかかっている地球規模の気候変動など、実験・観測ができない研究テーマで、シミュレーションの果たす役割が年々高まっている。さらに今後、計り知れない発展が期待されているナノ、バイオなどの分野でもシミュレーションがブレークスルーをもたらすカギになると見られている。国家基幹技術として世界最高性能を目指す次世代スーパーコンピュータの研究開発もスタートした。日本のスーパーコンピュータ開発で大きな役割を果たしてきた筑波大学の岩崎洋一学長に、このプロジェクトとその基盤となる計算科学の重要性と、目指す新しい筑波大学像について聞いた。

―10月に行われた理化学研究所主催の次世代スーパーコンピューティング・シンポジウムでは、基調講演で計算科学の重要性を強調されていましたが。

計算科学技術は、第二次大戦中の弾道計算に端を発して、1950年代から2000年代までに大きく発展してきました。コンピュータはおおざっぱに言うと10年で100倍の割合で計算速度が増しています。それに伴って計算できる範囲の現象が増え、精度も増して来ました。
76年頃になるといわゆるスーパーコンピュータができて、計算科学、計算科学技術も急速に発展したのです。素粒子物理学、宇宙、物質、化学、構造力学、航空機の翼の設計さらに気象についても局所的ではあるがシミュレーションができるようになってきました。宇宙のように観測はできるが実験はできない分野でも、実験に代わるものとしてコンピュータを使ったシミュレーションが重要視されるようになりました。

さらに時代を経るに従って実験試料のシミュレーションや原子炉のシミュレーションができるようになり、生産現場でも実際に物をつくって衝突させるより、コンピュータで模擬的にシミュレーションする方が効率がよい、となってきました。例えば、鉄工所の高炉の中で実際に温度分布がどうなっているか、どのくらい燃料を入れたらいいか、といったことは外から計れないわけで、熟練工のカンに頼っていたのです。それが、コンピュータシミュレーションで内部が分かるようになってきたのです。

コンピュータシミュレーションは、基礎的なサイエンスから工業技術まで分野が広がり、最近では、科学技術基本計画で重点分野に挙げられているナノ・材料、バイオ、創薬、人体・細胞、環境にまで計算科学が対象とする範囲は拡大しているわけです。例えば、物質の設計でも、パターンをあらかじめシミュレートすることによって、候補を絞り、求める性質を持った物質をつくっていく、ということが可能になります。

計算科学ということが言われ出したのは80年代の頃でしょうか。科学と技術というのは、長い間、実験・観測と理論が2本柱となって発展してきた歴史があります。コンピュータは当初は、データの解析とかの補助的手段として使われてきました。しかし、そうした補助的手段としてではなく、実験・観測、理論と並ぶ第3の柱として計算科学が重要ということが徐々に認識されるようになってきたわけです。

―日本における計算科学技術はどのように発展してきたのでしょう。

コンピュータの計算速度が10年で100倍というコンピュータの急速な発展は、半導体技術の進歩と数々のアーキテクチャ上のイノベーションによっています。世界初のスーパーコンピュータ「CRAY-1」が出現したのは、76年です。「CRAY-1」は、CRAYという天才的な人が新しいベクトル方式というもので開発しました。80年代に富士通、日立、NECの各社が同じベクトル型スーパーコンピュータを開発し、日本の計算科学の幕開けとなりました。この頃は日本も世界といい勝負をしていました。

93年には富士通の協力により、航空宇宙技術研究所(現・宇宙航空研究開発機構)がベクトル並列型の「数値風洞NWT」を開発、これが95年までの2年間、世界最高性能の地位にありました。大きな風洞による実験に代わる流体計算をはじめ、多様な分野で活躍しました。

われわれは80年代から、並列計算機が重要になるという認識を持っていました。というのは、欧州、米国には自前のコンピュータを開発するという機運がありました。新しい科学技術の発見をするには、装置も自分たちで作るという風土があるのです。国際会議で触発され、90年頃から筑波大学でも並列コンピュータを作り始めました。96年には筑波大学の物理学者と計算機工学者が密接な協力体制を組み、さらに日立との産学連携によって大規模汎用超並列型スーパーコンピュータ「CP-PACS」を作り上げています。これも短い期間でしたが、世界最高性能機にランクされました。

筑波大学では、並列計算機が2006年までに7機つくられましたが、これらは「実用的スパコン」で、どのような計算を目的とするかを明確にとらえた開発であるのが特徴です。

筑波大学が開発した最新型の超並列計算機「PACS-CS」
(提供:筑波大学)
筑波大学が開発した最新型の超並列計算機「PACS-CS」
(提供:筑波大学)

(続く)

岩崎洋一 氏
(いわさき よういち)
岩崎洋一 氏
(いわさき よういち)

岩崎洋一(いわさき よういち)氏のプロフィール
1941年東京都生まれ、64年東京大学理学部物理学科卒業、69年同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了、理学博士。京都大学基礎物理学研究所助手、72年ニューヨーク市立大学物理教室研究員、75年筑波大学物理学系講師、76年同助教授、77年プリンストン高等研究所所員、84年筑波大学物理学系教授、92年筑波大学計算物理学研究センター長、98年筑波大学副学長(研究担当)、2004年4月から現職。専門は素粒子物理学、特に格子量子色力学の数値的研究。専用並列計算機QCDPAX、CP-PACSの開発で指導的役割を果たす。1994年仁科記念賞受賞。

関連記事

ページトップへ