インタビュー

第3回「若者こそグランドチャレンジを」(岩崎洋一 氏 / 筑波大学学長)

2007.12.10

岩崎洋一 氏 / 筑波大学学長

「ブレークスルーは高い目標設定から」

岩崎洋一 氏
岩崎洋一 氏

科学技術の発展は、実験・観測、理論をクルマの両輪に発展してきた。しかし、素粒子物理や宇宙の進化さらには人類の未来がかかっている地球規模の気候変動など、実験・観測ができない研究テーマで、シミュレーションの果たす役割が年々高まっている。さらに今後、計り知れない発展が期待されているナノ、バイオなどの分野でもシミュレーションがブレークスルーをもたらすカギになると見られている。国家基幹技術として世界最高性能を目指す次世代スーパーコンピュータの研究開発もスタートした。日本のスーパーコンピュータ開発で大きな役割を果たしてきた筑波大学の岩崎洋一学長に、このプロジェクトとその基盤となる計算科学の重要性と、目指す新しい筑波大学像について聞いた。

―高い目標設定がすべてのスタートであることを強調されていますが。

次世代スーパーコンピュータで何をやるか、が問題です。単なる今までの継続のようなことをやるのではなく、フロンティアを開拓するのが、一番の使命だと思います。日本では案外知られていないのですが、過去のノーベル物理学賞の受賞者を見ると3分の1あるいは4分の1といったかなりの数が、新しい実験装置や観測装置を開発して、新しい現象を発見した成果に対して与えられているのです。ガリレイ以来、新しい装置を開発することによって、新しい現象が見えてくる。それが科学のフロンティアを切り開いて行く上で非常に重要なことだと思っています。

日本は、どちらかというとキャッチアップ型でやってきたため、既存の実験装置や観測装置を買ってきて、手際よく結果を出すというのが科学者のやることのように思われていたふしもあります。例えば、いま日本人でノーベル賞候補と言われている中に青色発光ダイオードの開発がありますが、日本では割と評価は低いですね。それではいけません。

日本の教育にもかかわることなのですが、科学をできあがったものとして教えていますね。科学はつくられて来たものだ、という観点がないといけないのです。それが代々、研究者の中で受け継がれていく魂だと思うのです。その点、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士といった人たちはすごいと思います。まったくキャッチアップもできていない時代に新しい分野を作り出し、世界のトップに躍り出たわけですから。理論だからできたという面はあるでしょうが、キャッチアップ型でないという考え方が重要ということです。

次世代スーパーコンピュータは新しい実験装置、観測装置に対応するものだと思います。そういう意味で創意工夫もしていますし、世界トップの性能も持つわけですから、それでフロンティアを開拓し、その分野でフロントランナーになり、新しい学問領域を創出するぐらいの意気込みが必要だろうと思うわけです。

―現在進められている次世代スーパーコンピュータ計画に即して言うと、どのようなことが大事になりますか。

まず、国によるスーパーコンピュータ開発の目的は、科学技術のブレークスルーの実現にあることを明確にすべきです。これを実現するには、高い目標を掲げ、妥協のないプロジェクトの実施が必要になります。そのためには、明確な科学技術上の目標設定と、原点に立ち戻った問題のモデル化と計算アルゴリズムの定式化が必要になります。その上で初めて、それらに適した計算機はどういうものかという開発にかかれるわけです。ゼロベースからの応用プログラムが必要となる場合もあるという覚悟も必要です。計算科学技術の革新は、このような妥協のない努力の過程で生まれると考えます。

こうしたグランドチャレンジというべき戦略が必要になるわけですが、そのための具体的な方策は何かということになります。いま、ブレークスルーが期待されている分野にナノ、バイオといったものがあります。いずれも日々、新しい計算結果が出てきており、飛躍し続けていると言えるのですが、これらは、素粒子、宇宙、気候変動などと比べるとグランドチャレンジの設定が難しい面もあります。若い研究者の新鮮な発想が求められていますし、分野の融合がなんとしても不可欠です。

例えばバイオをとれば、バイオ研究者だけでなく、物理や化学の研究者との共同研究が必要ですし、もちろん計算科学者も加わる必要があります。私は、「ライフサイエンスは宝の山」だと見ています。まだまだ隠された新概念があるのではないか、そうした新概念の形成こそイノベーションを生み出すのではないかと期待しています。

ジョエル・コーエンという人が「数学は生物学の次の顕微鏡であり、生物学は数学の次の物理学である」と言っています。私は「計算科学はライフサイエンスの次の実験・観測装置であり、ライフサイエンスは計算科学の次の物理学である」と言いたいのです。

若い人たちには、グランドチャレンジを自ら作り上げてほしい。モデル、アルゴリズム、ソフトウエアを自ら開拓してほしい。そのためには異分野融合が大事。そうしてグランドチャレンジを解決してほしい、というメッセージを送ります。

(続く)

岩崎洋一 氏
(いわさき よういち)
岩崎洋一 氏
(いわさき よういち)

岩崎洋一(いわさき よういち)氏のプロフィール
1941年東京都生まれ、64年東京大学理学部物理学科卒業、69年同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了、理学博士。京都大学基礎物理学研究所助手、72年ニューヨーク市立大学物理教室研究員、75年筑波大学物理学系講師、76年同助教授、77年プリンストン高等研究所所員、84年筑波大学物理学系教授、92年筑波大学計算物理学研究センター長、98年筑波大学副学長(研究担当)、2004年4月から現職。専門は素粒子物理学、特に格子量子色力学の数値的研究。専用並列計算機QCDPAX、CP-PACSの開発で指導的役割を果たす。1994年仁科記念賞受賞。

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