オピニオン

原子力事故早期通報条約と緊急援助条約見直しを - 事故処理・廃炉プロセスは国際協力事業に(坂田東一 氏 / 文部科学省 顧問、前文部科学事務次官)

2011.08.01

坂田東一 氏 / 文部科学省 顧問、前文部科学事務次官

文部科学省 顧問、前文部科学事務次官 坂田東一 氏
坂田東一 氏

 福島第一原子力発電所事故が極めて深刻で甚大な被害をもたらしたことから、果たして人類社会は原子力と共存、共生できるのだろうか、とあらためて自問自答せざるを得なかった。

 事故収束や損害賠償などの生活支援が計画通りに実施されたとしても被災者の生活が完全に元に戻るわけではない。従って、それらに誠意をもって最善の努力で取り組み、被災者から評価を受ける実績を残さなければ、原子力コミュニティに対する国民の信頼が戻ることはあり得ないと理解すべきだと思う。

 私は1980年代の後半にワシントンの日本大使館に科学技術担当の書記官として赴任していたが、その時チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)に遭遇した。連日朝から夜遅くまで、米国が集めた事故情報を聞いては東京に電報で送ったことを思い出す。事故は当時の中曽根首相が主催するG7東京サミット(1986年5月3-5日)の直前に起こり、そのため首相は強いイニシアチブを発揮して、チェルノブイリ事故の特別声明をまとめられた、その中で、原子力事故の際に各国が相互緊急援助を供与する国際協力の改善を追求すること、そして事故に関する報告と情報交換を加盟国に義務づける国際協定の早期締結を強く求めることが宣言された。そのことが、その後の原子力事故に関する「緊急援助条約」と「早期通報条約」の交渉と発効につながった。

 今後の国際的な動向も踏まえ、とりあえず今後について以下の個人的な提案をしたい。これらについて国際的に議論が進められることを期待したい。

 第一は、自然災害、人為的ミス、技術の失敗、テロなどの原因を問わず、原発が単機の場合、または複数機の場合に、それぞれ全電源喪失を防ぐ安全確保の手立てを強化すること、そしてそのための安全基準のグローバル化が必要である。しかし同時にそれにもかかわらず万一全電源喪失が起こったときの過酷事故マネジメントの充実・強化を図ることが必須である。

 今回の事故で地震と津波の想定の甘さが厳しく批判されている。もっともであるが、率直に言って、あらかじめあの大地震と大津波を考慮して原発の耐震・耐津波対策が措置された可能性があったかは個人的に疑わしいと思う。最近になって、西暦869年の貞観地震を例に今回のような大地震の発生を警告していた科学者がいたことは承知している。しかし、それが地震学という科学の世界で支配的な見方であったのかどうか、そうでないならば原子力技術者が原発の耐震対策や耐津波対策にその科学を取り入れるべく想像力を広げることができたかどうかは難しいことであったように思う。

 もちろん、そのことを免罪符にすることは決してできないことは当然であり、今回の教訓の一つは自然の威力は人知を超えるということだと思う。今後はそういう前提で、原子力技術者は地震・津波の分野の科学者との連携・協力を一層強化し、地震・津波に対する安全確保の強化に取り組むべきことは論を待たない。私はむしろ今回、過酷事故マネジメントが本当に最善を尽くしたものであったかどうかを事故調査・検証委員会でしっかりと検証していただきたいと思う。全電源喪失が発生した直後からの現場での判断と行動が適切だったのか、そのための現場、東電本社、原子力安全・保安院、原子力安全委員会、官邸それぞれの役割と責任の分担と明確化、お互いのコミュニケーションの確保、そして指揮命令が的確に機能したか否かを検証することが重要である。防災・避難計画も検証の対象としてもらいたい。わが国はその教訓を世界の過酷事故マネジメントなどに反映できるようにする責任がある。

 第二には、チェルノブイリ事故を契機に策定された、原子力事故の早期通報条約と緊急援助条約を、福島第一原子力発電所事故および今後の世界の原子力発電の動向を踏まえ、見直すことである。事故については、国際社会から日本は情報の公開が不十分との批判を浴びた。それを検証しつつ、早期通報条約に改善すべき点があれば、速やかに取り組むべきである。同条約とペアになる緊急援助条約は、事故発生国の過酷事故マネジメントが適切かつ効果あるものになるかに大きな影響を持つ。

 今回わが国は、事故の初期の段階から米軍など米国政府から大規模な専門的支援を受け、このことは事故処理をより的確なものにするだけでなく、日本国民の不安を和らげる効果もあった。このことからも、同条約の見直しにおいて、国際緊急援助部隊(仮称)の創設を位置づけるべきだと考える。同部隊はIAEAの調整の下で、各国から事故発生国に派遣され、相互に協力して当事国とともに過酷事故マネジメントに取り組む。いわば、原子力災害時の国連PKO(平和維持部隊)のようなものである。今回の事故にもかかわらず、世界の新興国にはエネルギー源としての原発建設を着実に拡大していこうとする国が少なからずある。ドイツのように今回脱原発の選択を明確にした国があるが、現時点では世界全体の原発開発はなお拡大傾向にあると言える。その点をも考慮すれば、万一に備えた両条約の見直しは非常に重要だと考える。

 第三には、事故現場を事故処理と廃炉プロセスの国際協力事業に位置づけ、世界の原子力発電国がその作業を学び、将来に生かせるようにすべきである。そのため、わが国が中心になって、関係国との協議が進められることを期待したい。厳しい条件下での廃炉作業などからは、将来の廃炉や事故収束のための極めて貴重なノウハウが得られるのではないかと思う。原子力を続ける限り、これは人類が共有すべき貴重な財産になる。

 今回の事故は過酷事故マネジメントの重要性と、平時から直接、間接に緊張感をもってそのための準備をしておく必要性を明らかにした。福島の現場はそれを世界が学べる貴重な場でもある。また、日本も各国の参加から学ぶことが多くあるはずだ。特に廃炉プロセスは今後10年以上の長期間にわたると予想される。米スリーマイルアイランド原子力発電所の事例があるが、これだけの数の事故炉の廃炉作業というのは世界に例がなく、かつ相当の困難が伴うだろう。世界の英知と技術を結集して対処すべき国際協力事業にふさわしい。企業ベースの協力は当然だが、新しい技術の開発や応用が望ましいこともあるだろう。そういう部分は関係国の公的機関の関与が考えられる。事故現場を世界のためにどう前向きに活用するか、これも日本がなし得る重要な国際貢献ではないかと思う。

 これから、自然エネルギーの開発や省エネルギーの推進が、わが国のエネルギー政策の重要な柱に位置づけられる見通しである。そのための努力は最善を尽くしたものにする必要がある。それでも、やはり日本は、また、世界の多くの国では、国民の生活と福祉、経済の持続的発展のために、当分の間原子力は必要とされるエネルギーだと思う。ただ、今回の事故の結果、そのハードルは高くなったと考えるべきであり、それを乗り越える試練が続くだろう。安全の確保と国民の理解と支持があってこその原子力である。国民の信頼を取り戻すには何をすればよいのだろうか。原子力コミュニティの一人ひとりがまさに自らの問題として真剣に向き合う必要がある。

 (公益社団法人日本技術士会原子力・放射線部会、会報第9号 から一部抜粋)

文部科学省 顧問、前文部科学事務次官 坂田東一 氏
坂田東一 氏
(さかた とういち)

坂田東一(さかた とういち)氏のプロフィール
大阪府立北野高校卒。1972年東京大学工学部卒、74年東京大学大学院工学研究科修士課程修了、科学技術庁入庁。原子力局核燃料課長、原子力局政策課長、総務課長、文部科学省研究開発局長、理化学研究所理事、文部科学省官房長、文部科学審議官、文部科学事務次官などを経て2010年9月から現職。東京大学ボート部で活躍、学部4年時、1971年全日本ボート選手権のエイトで優勝。家族と世界遺産を巡る海外旅行、山登りのほか、都内の名所などがある地域を2、3時間歩くのが趣味。

関連記事

ページトップへ