文部科学事務次官就任記者会見(2009年7月14日)から
文部科学省は、教育、科学技術、スポーツ、文化と、未来への投資という部門を担っている。
教育も科学技術も長期的に取り組んでいくことが一番重要であって、国家のインフラだ。ここがしっかりしないと、個人の幸せもないし、国、社会の発展もない。長期的に未来への投資に責任を負っている役所として、それぞれ職員が自分の責任と役割をしっかりと果たせるように環境作りを進めていきたい。
教育については、先生は非常に大事であるし、学校の教育はもちろん大事だと思うけれども、学力だけではなく、精神的にたくましい子供たちが育っていかないといけない。ボーダレスの国際社会になり、個人としても国家としても国際社会でしっかり生き抜いていくために、学力だけでなくて、精神的にもたくましい子供たちをどう育てていくか。初等中等教育から大学、大学院まで含めて一貫した考え方で人材をどう養成したらいいかという観点で引き続き、教育に取り組んでいきたい。
先般スイスのIMD(国際経営開発研究所)が今年の国際競争力ランキングを公表した。日本は17位で、ここ最近は20位前後ということだが、その中でも日本の国全体の科学インフラは1990年代前半からずっと第2位。日本が国際社会の中で競争力を持つために、科学が支えているところがある。科学も下がってきたら17位どころか30位くらいになってしまう。科学インフラというのは日本の重要な国力であるし、国際社会に出て行くためのパワーでもある。科学の分野でも教育と同様、息の長い投資を、継続して安定的にやっていくことが重要だ。それは科学の力を伸ばすだけでなく、人材養成という教育本来の役割をも果たすことになる。
私の個人的な体験だが、小学校から大学を卒業するまでずっと運動部に所属していて、スポーツの教育効果がいかに高いかというのは自らを省みて非常に感じている。オリンピックで金メダルを取るような選手たちの育成も大事だと思うが、学生スポーツを通じて子供たちが育つというものがあるので、そういった面でも何か活力ある政策を打つことができれば非常によいのではないだろうか。
文化というのは国家に対する誇りを持つのとかなり近い。そういう意味でも文化を大事にすることはかなり大事なことであり、文化を守って誇りを持つということ自体、教育としての一つの目標かもしれない。
第4期科学技術基本計画についての検討は全く予断はできないが、人材育成は不動の四番バッターみたいなもので、絶対にやっていかなければならない。人材無くして科学も技術もありえない。いかに優秀な人を育てていくか。いろいろな課題がある。
もう一点は、最近、流行言葉のようになっているイノベーションだ。単に科学の成果、技術の成果ができたということでは、社会に対して何のアウトプットでもない。イノベーションは単なる技術革新ではなくて社会革新であり、新しい社会の付加価値を生み出していくということである。具体的にどういう手を打っていけばイノベートしていくのか、を考え抜くということが重要ではないか。
原子力について言うと、今後、文部科学省がやるべき重要な役割としては、現実に実用活動が行われている部分でいろいろな問題が出た時、技術あるいは基礎科学に立ち戻らないと解決できない時に、力が発揮できるような研究開発能力を原子力研究開発機構などがしっかり持つことだ。質の良い研究者、技術者だけでなく、民間が持たない研究インフラをちゃんと持って、いざというときに、原子力の問題にいつでも対応できるようにしていかなければいけない。これが一番重要だ。
もう一点は、核融合のITER(国際熱核融合実験炉)のようにそもそも民間ではできないようなもの、これから40年も50年も実用化に時間がかかり、しかも巨大な研究開発投資が要るものこそは国家の役割。こういったところは文部科学省がしっかり担わないといけない。
宇宙開発については6月初めに宇宙基本計画ができて、これから日本がどういった仕事をやっていくべきか方向付けされた。もちろん、開発だけでは意味がないため、利用重視の方向に持って行くことはよいことだ。産業利用をきちんとやる、あるいは基本計画の中にあるように、安全保障分野でもしっかりやっていく。そういう方向に行くべきだとは思うが、その基礎づくりは研究開発で、その部分の仕事がまだまだたくさんある。(内閣府への移管の話も出ているが)宇宙航空研究開発機構は文部科学省の下で過去40年あまり積んできた経験や実績をもとに、さらに仕事を進めていくべきだ。
これまでも国土交通省の気象衛星、経済産業省の宇宙実験・観測フリーフライヤ、内閣官房衛星情報センターの情報収集衛星の打ち上げも請け負って、幅広くやっている。もともと宇宙航空研究開発機構の研究開発活動というのは社会に目を開いた形で続けてきたものと思っている。新しいニーズが出てきても、これまでの経験を活かして、しっかりとした仕事ができるのではないかと思っている。
NECが経済危機から受けた経営上のダメージが背景にあって次世代スパコンから撤退したことははなはだ残念。経営トップのギリギリの判断があったと聞いており、やむを得ないと思うが、開発の進め方自体にどれだけ無理や問題があったかについては別途、冷静に分析すべきだ。NECと富士通、両方のものをやろうとした意志決定には、やはりそれなりの理由があったわけだから。これから大事なことは、富士通と理化学研究所が共同して、国家基幹技術たるスーパーコンピュータをいかにちゃんとしたものに作って、できたものが将来、世界のビジネスマーケットにどんどん出て行くということ。もちろん、国内でも使っていかなければならない。そういう方向にちゃんと持って行くために、どういう具合に進めていくのかという部分に注力して進めていくべきだ。
(政権交代した場合、文部科学行政をどう進めていくのか、という問いに対し)もともと私どもの役割は、行政の専門家として中立公正にわれわれの役割・任務・責任を果たすという一点に尽きる。われわれがいろいろな材料をそろえて、それをどういう具合に選択あるいは改善するということについては、政治が決めることだと思うが、そういうことを心配するよりも、もともと文部科学省に課せられている使命に対して、日々、仕事をしてきていること、努力してきていること、そういったものを素直に出していくことが大事だ。
坂田東一 氏(さかた とういち)氏のプロフィール
大阪府出身。1972年東京大学工学部卒、74年東京大学大学院工学研究科修士課程修了、科学技術庁入庁、原子力局核燃料課長、研究開発局宇宙企画課長、科学技術政策局計画課長、原子力局政策課長、総務課長、文部科学省研究開発局長、理化学研究所理事、文部科学省官房長、文部科学審議官などを経て7月から現職