インタビュー

第2回「細胞移植臨床試験の指針案も」(石井哲也 氏 / 京都大学 iPS細胞研究センター・フェロー)

2008.06.20

石井哲也 氏 / 京都大学 iPS細胞研究センター・フェロー

「iPS細胞で盛り上がった国際幹細胞学会」

石井哲也 氏
石井哲也 氏

国際幹細胞学会が11-14日、米フィラデルフィアで開かれた。今回は、山中伸弥・京都大学教授(iPS細胞研究センター長)が切り開いた人工多能性幹(iPS)細胞に対する関心も加わり、過去最大規模の参加者を集める大会となった。同学会に参加した京都大学iPS細胞研究センター・フェローの石井哲也氏に学会の様子、iPS細胞が世界の幹細胞研究に与えた大きなインパクトを聞いた。

―山中教授以外で注目された報告は、どのようなものがありましたか。

山中教授の発表以外では、およそ34件のiPS細胞関連の報告がありました。大きく分類すると、(1)レトロウイルスあるいはそれ以外の方法などによるiPS細胞の誘導、(2)iPS細胞のさまざまな組織への分化誘導、(3)リプログラミング機構の洞察、(4)疾患特異的iPS細胞の樹立と応用、(5)iPSの原理を応用した有用細胞の誘導、(6)再生医療(細胞移植治療)の開発 -となります。

iPS細胞の誘導については、レトロウイルスを用いる方法のほかに、ゲノムに取り込まれないレンチウイルスによる誘導、4因子のファミリー因子の検討、4因子の一部を化合物で置換した方法があげられます。また、因子をタンパク質として導入する試みが報告されました。線維芽細胞ではなく、Sox2が発現している神経幹細胞を用いた2因子による誘導事例も報告されました。

iPS細胞を目的とする細胞に分化誘導する方法については、心筋、血液細胞、および神経細胞へ誘導する報告が主でした。元々、ES細胞でのこれらの細胞への効率的な分化誘導法がほぼ確立しているため、iPS細胞への応用も容易ということが背景にあるためと思われます。

リプログラミングについては、Nanogに代表される多能性にかかわる転写因子ネットワークのシステムバイオロジーを駆使した解析や、DNAメチル化、ヒストンアセチル化などのエピジェネティクスによるゲノムワイド解析などが報告されました。

特定の疾患に特異的なiPS細胞の樹立と応用に関しては、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、アルツハイマー病、先天性免疫不全、ダウン症、筋ジストロフィー、代謝性肝臓疾患が挙げられていました。再生医療への応用は、研究開発の面だけではなく、まだ本格的に実現されていない医療であるために臨床試験指針の整備が試行錯誤で進められているという問題があります。それよりはこれらの患者由来iPS細胞を基にした病理解析、創薬・薬理試験といった面のiPS細胞応用がより制約が少ない分野として今後、急速に進展すると考えられます。

iPSの原理を応用した有用細胞の誘導については、予想外の報告がありました。iPS細胞の誘導原理を、多能性幹細胞以外の細胞への誘導に応用した報告です。マウスによる研究ですが、ハーバード大学チームによる、外分泌細胞を内分泌細胞の膵(すい)臓ベータ細胞へ変化させた事例が代表的です。Trans-Differentiationとも呼ぶべき技術で、一般にES細胞から膵臓や肝臓などの内胚葉系組織への誘導は、外胚葉・中胚葉系組織と比べて技術開発が遅れており、今後、iPSの原理を応用した細胞変換技術が広く展開されていくものと考えらます。

細胞移植治療つまり再生医療については、まだiPS細胞の誘導技術が向上中、普及中ということもあるのでしょうか、報告例は少なかったですね。報告されたものは、既にMIT(マサチューセッツ工科大学)グループにより論文発表されたものが中心で、やはり分化誘導技術が進んでいる神経、血液の疾患治療が主でした。

そのほかで関心を引いたのは、ブタiPS細胞樹立の報告です。人間と日常的に触れあう機会の多いイヌや、ヒトに近いサルなどが動物愛護の機運により、実験動物としての使用が難しくなってきたことがあると思われます。その結果、マウスのようなげっ歯類よりもヒトに近いブタが実験動物として注目されるようになっており、ブタiPS細胞が樹立されたものと考えられます。これまで、ブタES細胞は作製できていなかったため、ブタiPS細胞はマウスと同様に、遺伝子改変ブタの作出に大きく役立つと思われます。

―今回の国際会議の成果をiPS細胞から見た場合、総括的に言うとどういうことになりますか。

従来、多能性幹細胞といえばES細胞を指してきたわけですが、今回、多くのES細胞の研究発表では、多能性幹細胞としてES/iPSと表記されていました。新しい多能性幹細胞としてiPS細胞が認知された、と理解できます。ただし、多くのiPS細胞関連発表は、iPS細胞誘導論に終始しており、ここ1年くらいはこの傾向は続き、そう遠くない時期に、誘導効率と安全性を両立した誘導方法が確立・標準化されるものとみられます。特にマウスと異なり、樹立が複雑なヒトiPS細胞については、当然、マウスでもヒトでも世界有数のiPS誘導ノウハウをもつ山中グループ、ウィスコンシン大学、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、ハーバード大学がその主な担い手であり続けると思われます。

応用については、患者由来iPS細胞は、樹立したところまでの報告のみでした。しかしこの細胞からさまざまな細胞を分化させて初めて病理解析が始まり、多くの知見がもたらされるものです。このiPS細胞応用は製薬企業のニーズも高く、細胞移植治療(再生医療)の開発を先行する形で今後、世界的に推進されるでしょう。しかし、ここにおいても、その担い手の資格は、ヒトiPSの誘導技術を保有するグループです。前に述べたとおり、日本でスタートしたiPS細胞研究は、iPSの原理を応用した多能性幹細胞以外の有用細胞の誘導といった当初予想されていなかったような副産物を生みながら、リプログラミング機構の洞察というシステム的、ゲノムワイド解析を取り込み、基礎研究として、また前臨床研究として世界的な波及効果を及ぼすものと予想されます。

今回の会議で、世界13カ国の研究者が参画して作成・発表された、「Clinical Translation」のガイドラインが興味深く受け止められました。幹細胞やこれに由来する分化細胞を用いた細胞移植治療の臨床試験の理想的な指針案を学会から発信したものです。

「幹細胞ツアー」(Stem cell touring)などと称される思慮の浅い臨床試験実施を牽(けん)制することを意図したものです。同時に、米国を中心に一部疾患について細胞移植治療の臨床試験が進行してますが、少なからず、困難に直面しているケースも正直に表明していました。

他方、iPS細胞のような革新的技術により困難を克服し、人々の期待に沿う医療を生み出そうとする意思も感じ取れました。会場をバルセロナに移して開催される来年の国際幹細胞会議も今年以上の盛況となると思われます。

(完)

石井哲也 氏
(いしい てつや)
石井哲也 氏
(いしい てつや)

石井哲也(いしい てつや)氏のプロフィール
1995年名古屋大学大学院農学研究科博士前期課程修了、雪印乳業株式会社入社、2000年デンマーク・オーフス大学分子構造生物学部に留学、01年雪印乳業復職、03年科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)に。06年科学技術振興機構・研究戦略開発センター・フェロー、08年2月から京都大学iPS細胞研究センターフェロー併任。農学博士。

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