ハイライト

きちんとした説明と実験を(柴田徳思 氏 / J-PARCセンター 客員研究員)

2011.07.15

柴田徳思 氏 / J-PARCセンター 客員研究員

緊急講演会「放射線を正しく恐れる」(2011年7月1日、日本学術会議 主催)講演から

J-PARCセンター 客員研究員 柴田徳思 氏
柴田徳思 氏

 低い線量の放射線リスクには、がんになる確率が増えることと、遺伝的な影響の2つがある。ある線量以下になると影響は実はよく分からない。分からないけれど「防護という観点からは影響も線量が上がるに連れて直線的に増えるという考え方が適当だろう」ということになっている。かつては、がんと遺伝的な影響の大きさは同じくらいと思われていた。しかし、広島、長崎の被爆者に対する影響の研究の結果、現在は遺伝的影響については随分小さいことが分かり、主にがんに対する影響を考えればよいだろうとなっている。

 がんになる確率は、1シーベルト浴びると5.5%増えるとされている。現在、福島第一原子力発電所の周辺で「計画的避難区域」に指定された区域は、年間の放射線被ばく線量が20ミリシーベルトになると推測された所だ。この地域の住民は避難するよう政府は言っている。年間20ミリシーベルトという数値は、この区域に50年住んでいると蓄積被ばく線量が1シーベルトになるという値だ。50年住むとがんになるリスクが5.5%増えるということになる。1年にするとそのリスクは約0.1%増、つまり放射線被ばくによって毎年亡くなる人が1,000人に1人増えるということだ。ただ、実際に影響があるのは土の中にあるセシウム134と137で、これらの放射能値は年々減っていくので、毎年20ミリシーベルトという被ばく線量がずっと続くわけではない。50年間では4分の1くらいになるとみられる。従ってがんで亡くなる人が増えるのは、1,000人に1人よりさらに少なく、1年当たりで1万人のうち3人ということになる。

 こうしたリスクを他のリスクと比較するとどうなるか。厚生労働省の人口動態統計によると不慮の事故で亡くなるリスクが職業別で分かる。一次産業である農業、林業、漁業は大体毎年、1,000人に1人が不慮の事故で亡くなっている。

 では、がんにかかるリスクはそもそもどのくらいだろうか。毎年がんで亡くなっている人は、約1,000人に3人とされている。ただ、たばこを吸う人はがんになる率が高く、たばこを吸う人に限るとがんで亡くなるリスクが1.6倍に増える。この喫煙によって増えた分と同じリスクを、放射線を被ばくした場合にあてはめると、年間32ミリシーベルトの放射線を被ばくした時のリスクと同じということになる。「計画的避難区域」に住んで年間20ミリシーベルトの放射線を被ばくした場合のがんで亡くなるリスクは、喫煙のリスクより多少小さいくらいということだ。それがどのくらい怖いと考えるかは、個人の判断になる。

 福島第一原子力発電所事故に伴い、食品に対する出荷制限、摂取制限がとられた。ほとんどのものが現在、解除されているが、出荷制限、摂取制限措置がとられた食品の放射能値の考え方というのは、その食品を食べ続けると年間5ミリシーベルトを被ばくするという計算にのっとっている。では、年間5ミリシーベルトを被ばくするリスクとは、どの程度か。がんで亡くなる人が1万人当たり3人増えるというリスクということだ。

 稲の作付制限措置もとられた。土壌のセシウムを米が取り込み、それを食べた人が被ばくするためだが、この算定にあたっては土の中の濃度の10%のセシウムが稲に取り込まれるとみなしている。土中の放射性セシウムの何%が作物に取り込まれるかを表す移行係数というものを幾つかのデータで見てみると、実際には10%よりかなり低い。10%という移行係数が妥当かどうかについてはもう少し説明が要るのではないか。今まで田に放射性セシウムをまいて実験するなどということはできなかった。10%ということで作付制限をしたわけだから、きちんと栽培してみて、実際にどれだけ移行したかという値を出し、今後、作付面積、作付制限を見直すことが必要だと思う。

 汚染された土の中のどのあたりにセシウム137、セシウム134、ヨウ素131が存在するのか見てみると、すべて深さ5センチまでの所にある。大体表面から2センチ分の土を取れば、これら放射性物質の9割くらいは取り除ける。ヒマワリを植えるなどというのは全く無駄だ。根はずっと深く伸びてしまうから、土中のセシウムやヨウ素が取れるわけはない。まず表面の土をとるのがよい。

 東京の下水処理場で線量の高い汚泥が生じている。放射線量があるレベル以上のものは下水処理場に置いておけとなっているがすぐにいっぱいになってしまうだろう。対策を考える必要がある。セシウムは土壌につくと大体動かないということが分かっている。小規模な実験をやってみることが必要ではないか。穴を掘って、汚染土壌を入れ、その周りに井戸を掘って井戸水の中にセシウムが実際どれだけ出てくるか調べればよい。穴の下を粘土質のもので覆い、汚染土壌を入れた後、ふたをしておけば多分、ほとんど外部への影響がないことが分かるはずだ。

 前にも言ったようにこれまで畑に放射性セシウムをまいて実験をするということはできなかった。決してよいことではないが、今は放射性セシウムを含む土壌があちこちにある。畑にもあるし、水田にもあり、実際の農業の規模で実験ができる。稲だけでなく、いろいろな野菜、穀類、果物について、きっちり調べて、どこまでの濃度であれば安全であるかということを決めることが必要だ。非常に問題があれば土を入れ替えることをやらなければいけないし、影響が小さければ、何も無理に土を入れ替える必要はないということになる。

 早急に実験を行い年内に結果を出して、来年の作付のときにちゃんと間に合うように、国の仕事としてきちんとやらなければならないと思う。

J-PARCセンター 客員研究員 柴田徳思 氏
柴田徳思 氏
(しばた とくし)

柴田徳思(しばた とくし)氏のプロフィール
東京都立荻窪高校卒、千葉大学文理学部卒、大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。大阪大学理学部助手、助教授、教授を経て1987年東京大学原子核研究所教授。97年高エネルギー加速器研究機構教授。2009年から現職。研究分野は、素粒子、原子核、宇宙線、宇宙物理、原子力学、大型加速器の放射線防護など。著書に「放射線をはかる」(日本規格協会)、「放射線物理学」(通商産業研究社)など。

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