国際シンポジウム「地球温暖化と低炭素社会への選択~新グリーン成長戦略への日米中の役割~」(2010年3月10日、世界貿易センター(東京)など主催)基調講演 から
私は地球環境問題、特にこの温暖化問題については、もう科学者は警告を通り越して悲鳴を上げ、さらには絶叫状態に今なりつつあると考えている。特に、昨年12月に開かれたコペンハーゲンのCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)が、90人を超える首脳を含む世界の政治家、科学者など3万4千人が集まり、2週間かけて議論をしたものの結局、2℃以下に気温の上昇を抑制するという認識を共有した以外に何ら具体的な進展がなかった。これは、非常にわれわれを落胆させるものだった。
この現状をどう打開するかには2つの道がある。1つは低炭素経済を実現することだ。これはもう革命的にやるしかない。2つ目の道は、二酸化炭素(CO2)の大幅削減は極めて困難という現実的認識のもとに、気候の非常事態にどう備えるかを考えることだ。CO2をゆっくりと削減しながら、非常事態には地球を短期的に冷却する、すなわちジオ・エンジニアリング(気候工学)に訴えるという方法が熱心に検討され始めている。
私は、ジオ・エンジニアリングは大変危険であると考えている。あくまでも低炭素革命を最優先で行うべきだと思う。しかしながら、世界は今、急展開している。昨年9月には英国のロイヤル・ソサエティ(英王立協会)が、83ページの報告書を出した。もうタブー視はやめて、軽減策、適応策、そしてこのジオ・エンジニアリングの3つを同じテーブルの上で議論すべきだという結論になっており、英国政府に対して日本円で150億円、1億ポンドの予算を要求している。
昨年11月だと思うが、米国では下院が公聴会を開いており、英議会も公聴会を開いている。さらにこの2月には、米サンディエゴで開かれたAAAS(米科学振興協会)総会でも、ジオ・エンジニアリングについての特別セッションが設けられていた。
マイクロソフト創設者のビル・ゲイツは、ポケットマネーから450万ドルをジオ・エンジニアリング研究支援に出している。さらには、ジオ・エンジニアリングについて、5つの特許を今、申請しているということだ。米下院の委員会と、英下院の委員会は、合同でジオ・エンジニアリングをどう扱うかというレポートを4月に出すという。中国は気象を改変するということに極めて熱心で、北京オリンピックのときもこの気象改変技術を使った。世界の温室効果ガスの41パーセントを出している米国と中国がこのジオ・エンジニアリングに手を出すということは極めて差し迫ったリスクになりつつあると考えているということだ。
なぜジオ・エンジニアリングが今注目されているかというと、急速に地球を冷やせる可能性があることと、コストがものすごく安くて済むというところにある。ジオ・エンジニアリングとして考えられているのはCO2を除去する技術と、太陽から来る光を制御する技術だ。スターン報告書によると、ロー・カーボン・エコノミー(低炭素経済)社会を実現するには、温暖化対策には年間世界のGDP(国内総生産)の1%から2%の費用がかかるとされている。大雑把にいって世界全体で年1兆ドル必要になる。ところがジオ・エンジニアリングの、成層圏に亜硫酸ガスを注入するという方法を選ぶと、大体、費用は40億ドルで済む。けたが100分の1ぐらいになってしまう。つまり、ジオ・エンジニアリングの方が地球温暖化の問題に対するコストが安くて済むという考え方だ。
ロイヤル・ソサエティの結論は、まずCO2の除去技術の開発に全力を挙げるべきで、太陽光を制御する、亜硫酸ガスを成層圏に注入するような乱暴な技術は、最後の最後の手段であるとなっている。ただ、気球で注入する、ジェット旅客機の燃料に0.5%も硫黄を混ぜて注入する、あるいは大砲の弾を撃ち込んで注入するといった方法について、既にコストの計算が行われており、副次的な効果についても議論されている。
亜硫酸ガスを成層圏に注入すると、太陽光線が乱反射されてきれいな青空がもう見えなくなる。さらに血の色のように赤い夕焼け空をわれわれは見るようになる。夜は星があまり見えなくなり、星の光が散乱されてしまうので天体観測ができなくなってしまう、と言った影響が考えられている。米国では、青空がなくなって血の色のように赤い夕焼け空を見た時、人間の心理にどういう影響を及ぼすか、といった研究までもう始まっている。気候の非常事態が来たときにどうするかを、欧米はもう現実に模索し始めていて、野外実験のガイドラインをつくろうというところまできているということだ。
ビル・ゲイツが申請している特許というのは、例えば超大型ハリケーンがフロリダ半島に接近している時に、海の上に1千隻ぐらいの船を浮かべてポンプで海の底の冷たい海水をくみ上げ、その海域の海の表面温度を下げてしまう。そうすると、ハリケーンの勢力を弱めることができるというものだ。膨大な費用がかかるわけだが、フロリダ半島に別荘や住宅を持っている人たちから保険料を取り、その保険料でまかなうという筋書きになっている。
オーストラリアでも、例えば海に鉄を散布してプランクトンをたくさん作り出してCO2を吸収するというベンチャー企業がもう現れている。CO2を吸収した分をCDM (クリーン開発メカニズム)として売るビジネスモデルという。日本はのんびりしているが、欧米は非常事態を見越して軽減策、適応策ばかりではなく、ジオ・エンジニアリングも開発して温暖化問題に当たろうと考え始めているということだ。
最初に述べたように、私はジオ・エンジニアリングには反対だ。やはり軽減策と適応策、特に低炭素革命をやるべきだし、やれる。その技術もある。それをやるために政治的合意をとりつけて世界全体が動かなくてはいけない。その鍵を握っているのは米国と中国だ。
オバマ政権の状況、中国の胡錦濤政権の現状を考えると、大幅な温室効果ガスの排出削減に踏み切る可能性は極めて低いと考えざるを得ない。つまり今年メキシコで行われるCOP16(国連気候変動枠組み条約第16回締約国会議)も空中分解する可能性が極めて高い。
わが日本のとるべき道は何か。まさにこの低炭素経済をまず自ら実践して、米中両国を説得することが使命ではないか。
山本良一(やまもと りょういち)氏のプロフィール
茨城県立水戸第一高校卒、1969年東京大学工学部冶金学科卒業、74年同大学院博士課程修了、89年東京大学先端科学技術センター教授、2001年同国際・産学共同研究センター長などを経て、04年から現職。環境への影響に配慮した材料、エコマテリアルの概念を提唱するなど、早くから環境負荷の小さな社会への転換を唱えてきた。専門は材料科学、持続可能製品開発論、エコデザイン。日本LCA学会長、環境効率フォーラム会長、国際グリーン購入ネットワーク会長、「エコプロダクツ」展示会実行委員長、北京大学、精華大学など中国33大学の客員教授などを歴任。著書に「残された時間」、「温暖化地獄-脱出のシナリオ」、「温暖化地獄-Ver.2-脱出のシナリオ」(いずれもダイヤモンド社)など。