インタビュー

第1回「だれも全貌を知らない恐怖」(山本良一 氏 / 東京大学 生産技術研究所 教授)

2006.12.27

山本良一 氏 / 東京大学 生産技術研究所 教授

「持続可能な地球目指して」

山本良一 氏
山本良一 氏

CO2(二酸化炭素)の排出削減をはじめ、持続可能な地球を目指す動きが世界各地で進められている。2006年の先進主要8カ国首脳会議(G8サミット)には、G8各国とブラジル、中国、インドの学術会議が連名で、G8首脳あて早急な温暖化対策を求める提言を出した。
この12月になって、2040年の夏には北極海の氷はほとんど消失するという衝撃的な予測が、米国の研究チームから発表された。「温暖化対策はすでに手遅れかも」。悲観的な声も研究者から聞かれ始めている一方、国内の企業や一般市民の危機意識は、それほどでもないように見える。

循環型社会、脱温暖化社会を求め、早くから積極的な研究活動、社会への発信を続ける山本良一・東京大学生産技術研究所教授に、今、日本の社会、国民に求められているのは何か、を聞いた。

—人気テレビ番組への出演なども含め、いろいろな場で、温暖化対策の緊急性、持続可能な地球への取り組みの重要性を訴えておられますね。

北極海の氷は2005年10月から06年4月の間に72万平方キロも減少してしまいました。この冬も同じくらい減少すると予測されています。コンピュータによるこれまでのあらゆる予測にもなかったような速さで、北極海の氷は消失しているということです。

地球温暖化のためのCO2(二酸化炭素)排出削減対策も、すでに手遅れの心配があるのです。

他方、今の社会を見渡すと、インターネットでだれでも情報を容易に集めて見解を発表することができる時代になっています。レビューされた(専門家の目を通した)論文と、それ以外のものが一緒になっているインターネット上のデータをごちゃ混ぜにして、自分の意見だと発表する。そんな社会になっています。

地球温暖化についても同じで、ほとんどの主張が偏っていて、結局は、1人の人間の価値判断が入っています。おびただしい本が出ていますが、全部、簡単に言うと不勉強で間違っています。米国の小説家、マイケル・クライトンの温暖化対策を批判した本「STATE OF FEAR」(邦題「恐怖の存在」)が、米国でベストセラーになりました。しかし、これも、読んでみたら不勉強なことがよく分かります。

日本でも、例えばダイオキシンは全く無害だ、CO2は温暖化に関係ない、などと言う研究者がいます。しかし、こういう主張に対して専門家がほとんどといっていいくらい反論しないのです。なぜだろうと思います? 私もやっと分かりましたが、決定的な理由は、日本の研究者が無知だからです。論争が嫌いという理由もあると思います。しかし、自信がないから反論できないんです。

—研究者がそれでは、一般の市民はどうしたらいいか分かりませんね。

2005年に、私と北川正恭・早稲田大学大学院教授が共同座長になって「サステナビリティの科学的基礎に関する調査2006」という報告書をまとめました。

温暖化、食糧、資源、環境経済、生物多様性など持続可能な発展に関する科学的基盤がどのような状況にあるかを、中立的な見地に立ち、調べたものです。国内外170人以上の科学者の意見を集めました。インタビューした方には草稿を送り、批判していただいた上でまとめており、これだけのメンバーがかかわった報告書は多分ないと思います。

ここで書かれているような内容は、首相も、担当の大臣も、役所も知らないのです。ほとんどの学者も知りませんから、まして市民が分かるというのは無理でしょう。

差し迫った状況を理解してもらうため、2006年になって「気候変動プラス2℃」という本も出しました。2℃(セ氏2度)の意味は、CO2の排出がなかった産業革命以前に比べて2℃に気温の上昇を何とか抑えたい、というのが欧州の目標になっているからです。

スーパーコンピュータを用いた国立環境研究所の試算によると、2028年には、その2℃を超える。それ以前、2016年には、1.5℃を超えてグリーンランドの氷床が融け出すということが、この本には書いてあります。

こういう情報をどのようにして市民に伝えるかが、重要になっているのです。

「サステナビリティの科学的基礎に関する調査2006」と「気候変動+2℃」
「サステナビリティの科学的基礎に関する調査2006」と「気候変動+2℃」

山本良一 氏(やまもと りょういち)
山本良一 氏(やまもと りょういち)

山本良一(やまもと りょういち)氏のプロフィール
1969年東京大学工学部冶金学科卒業、74年同大学院博士課程修了、89年同先端科学技術センター教授、2001年同国際・産学共同研究センター長などを経て、04年から現職。文部科学省の科学官も兼ねる。環境への影響に配慮した材料、エコマテリアルの概念を提唱するなど、早くから環境負荷の小さな社会への転換を唱えてきた。ISO/TC207/SC3(環境ラベル)日本国内委員会委員長など社会的な活動は多方面にわたる。01年度にスタートした科学技術振興機構社会技術研究開発センターの公募型プログラム「循環型社会」の研究総括も務める。

ページトップへ