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日本でも必ず大流行(河岡義裕 氏 / 東京大学医科学研究所 教授)

2009.08.28

河岡義裕 氏 / 東京大学医科学研究所 教授

記者レクチャー会「新型インフルエンザ」(2009年8月6日、科学技術振興機構 主催)講演から

東京大学医科学研究所 教授 河岡義裕 氏
河岡義裕 氏

 インフルエンザウイルスはいろいろな動物から分離される。もともと野生の水鳥にいたウイルスが感染、伝播して、定着した。

 ウイルスの表面にはHA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)という2つの糖タンパクのスパイクがある。Hが1から16、Nが1から9に分かれている。ウイルスの遺伝子が8つの分節に分かれていることが重要だ。1つの細胞に2つの異なるインフルエンザウイルスが同時に感染すると、2つの遺伝子が核の中で増えていき、2つの異なる遺伝子がいろいろに組み合わさったウイルスができる。理論上は2の8乗、256種類のインフルエンザウイルスが出てくる。

 今回の新型インフルエンザウイルスは、4種類の異なるインフルエンザウイルスが混ざり合ってできた。1918年のスペイン風邪のウイルスがブタに受け継がれてきて、ずっと今まで流行している古典的ブタ由来ウイルスと、北米の鳥で流行しているウイルス。それから、1968年に現れたヒトの香港風邪ウイルスだ。この3種類のウイルスのハイブリッドウイルスができて、1997年、1998年に、北米でハイブリッドウイルスがブタで流行し始めた。

 一方、1979年に欧州のブタに鳥のインフルエンザウイルスが伝播して、欧州のブタで流行した。このウイルスと北米のブタで流行していたハイブリッド型ウイルスが、さらにハイブリッドのウイルスをつくって、それが今度、ヒトに伝播してきたのが、今回の新型インフルエンザウイルスだ。

 感染者数として今上がっているのは、ほとんど無意味な数字。米国でも州によっては全然報告していない。ポイントは、要するに数がどんどん増えて、特に南半球でウイルスが爆発的に流行していることと、この冬、日本で必ず大流行するということだ。

 新型インフルエンザウイルスは若者がよく感染しているといわれているが、それもあまり意味のない話で、季節性のインフルエンザウイルスでも通常、感染者のほとんどは15歳以下の子供。高校生、中学生など若い年代が感染しているというのはインフルエンザウイルスの性質であって、新型インフルエンザウイルスの性質でも何でもない。重要なのは、高齢者が感染している割合はすごく少ないけれども、このヒトたちが感染すると非常に死亡しやすいということだ。活動の活発な若い世代でウイルスの流行が始まると、当然、この冬には上の年代、下の年代に広がっていく。高齢者にも広がっていくと、高齢者の死亡者もたくさん出てくると予想される。

 病原性は季節性のインフルエンザウイルスと同じぐらいではないかという間違った認識も国民の中にある。8月2日付のタイの新聞によると、65人死亡したうちの24人については特定の疾患を有していなかった。これぐらいの人が死亡しているということは、普通のインフルエンザウイルスとは違うということだ。

 メキシコの例でも、感染して亡くなっている人のほとんどがウイルスによる肺炎だ。通常、季節性のインフルエンザウイルスにかかって高齢者の方が肺炎で亡くなる場合には細菌による二次感染によるのだが、今回はそうではない。ウイルスの性質が違うからといえる。

 実際に、ウイルスの性質が違うのかどうか実験してみた。動物を4種類使ったが、ブタではたいした病気は起こさない。ところが、マウスに100万個のウイルスを感染させると、季節性インフルエンザウイルスに感染したマウスの体重はどんどん増えていくのに、新型インフルエンザウイルスに感染したマウスは食事がとれなくなって、最終的には死んでしまう。

 サルを使った感染実験で影響を見た。季節性のインフルエンザウイルスもそれぞれの呼吸器である程度増殖しているけれど、新型インフルエンザウイルスの方がよく増えている。肺を見るともっと顕著で、肺のすべての部分にわたっており、季節性インフルエンザウイルスと比べても 1,000倍以上増えているのが分かった。

 どのような病変を起こしているかも調べた。季節性インフルエンザウイルスに感染したサルでは、強い病変が出ているのはごく一部で、肺胞の壁が厚くなるが、酸素を交換するところはちゃんと残っているので死なない。呼吸がちゃんとできるからだ。しかし、新型インフルエンザウイルスに感染したサルをみると、すべて強い病変が出ていて、肺の空気を交換するところが液体で埋まっている。

 つまり、新型インフルエンザウイルスというのは、季節性インフルエンザウイルスよりも肺でよく増える。だから、ウイルス性肺炎が起こっている。

 この冬、何が怖いか。強調したい点は、大部分のヒトは軽い感染で終わっているが、ごく一部で症状が重篤化するということだ。

 もう1つ、既に報告があるが、インフルエンザ脳症がかなり出てくる可能性がある。インフルエンザ脳症は1999年前後に分かった病態だが、予後が非常に悪かった。50%以上の子供たちが死亡ないし後遺症に悩まされている。いろいろな治療法が開発されてきて予後はかなりよくなったが、依然、35%の子供たちが亡くなるか後遺症を持つ。こうしたインフルエンザ脳症も多くなる可能性がある。

 さらに、今回の新型インフルエンザに特異的なことではないが、妊娠が大きなリスクファクターになる。妊娠というのは、異物をずっと保持することだから、当然免疫は落ちている。だから症状が重くなる。また、米国などでは肥満がリスクファクターになっているのが見られる。

 新型インフルエンザウイルスの中にPB2という鳥インフルエンザウイルス由来の遺伝子がある。このPB2遺伝子がつくるPB2タンパクは627番目のアミノ酸が鳥とヒトで違う。鳥型のPB2タンパクがヒト型に変わるとウイルスの性質が強くなることを高病原性鳥インフルエンザウイルスで明らかにした。

 もう1つ、新型インフルエンザウイルスのPB1という遺伝子は、ヒトのインフルエンザウイルスから来たものだ。このウイルスが、1997年にハイブリッドをつくってブタで増えて行くうちに、ブタのウイルスにみられるタイプに変化している。これがヒト型に変わるとヒトでよく増えるウイルスになり、かつ病原性が高くなる可能性がある。この辺は注意して見守っていかないといけない。

 新型インフルエンザウイルス(H1N1)は既存の季節性インフルエンザウイルスを駆逐するだろうか。1918年にスペイン風邪ウイルス(H1N1)が現れ、これがずっと流行して57年にアジア風邪ウイルス(H2N2)が出てきていなくなった。68年に香港風邪ウイルス(H3N2)が出て来ると、アジア風邪ウイルス(H2N2)が消えてしまった。

 非常に面白いことに、1977年にソ連風邪ウイルス(H1N1)というのが出てきたが、これは、1950年代に流行していたスペイン風邪ウイルスの末裔(まつえい)だ。それ以降、ソ連型のH1N1と香港型のH3N2が共存しているという状態が続いていた。これに新型インフルエンザウイルスが新しく登場したわけだ。

 この冬は既存の季節性インフルエンザウイルスのワクチンと新型インフルエンザウイルスのワクチンを打っていくわけだが、来年どうするか。ワクチン株を決定するのに、新型インフルエンザウイルスが出てきて、季節性インフルエンザウイルスがいなくなるのかどうかというのが、重要なポイントになっているということだ。

 1957年以前に生まれたヒトは免疫をもっているという報道があった。インフルエンザの専門家は「これはおかしい」とすぐ分かる。1977年に現れたソ連風邪ウイルスは1950年代まで流行していたウイルスと全く同じなので、1957年以前に生まれたヒトに免疫があれば、当然1977年以降に生まれたヒトにも免疫があってしかるべきとなってしまう。新型インフルエンザウイルスに対する抗体を持っているのはスペイン風邪ウイルスが現れた1918年以前に生まれたヒト、つまり、90歳以上の高齢者の中には新型ウイルスに対する抗体をもっているヒトもいる、というのが正しいメッセージだ。

 むしろ、この冬、一般の国民に伝えないといけないより重要なメッセージは、若い人たちもインフルエンザの治療をしっかり受けることが重要だ、ということ。若い人たちはインフルエンザにかかっても医者にはかからない人が多い。重症化して肺炎になってしまう人が出るのが、怖い。

 今回、最初に関西で流行したときに学級閉鎖や保育園の閉鎖措置をとったことに、やり過ぎではないかという声が聞かれたが、そうした批判を気にして、この冬、ちゃんと学級閉鎖や保育園の閉鎖をしないと流行がかなり大きくなる。しっかり学級閉鎖をして流行を小さくしないと、医療現場が破綻する。流行をできるだけ小さくし、ピークをできるだけフラットにするのが重要になってくる。

東京大学医科学研究所 教授 河岡義裕 氏
河岡義裕 氏
(かわおか よしひろ)

河岡義裕(かわおか よしひろ)氏のプロフィール
1978年北海道大学獣医学部卒、80年鳥取大学農学部獣医微生物学講座助手、83年米セント・ジュード小児研究病院ポスドク研究員、85年同病院助教授研究員、89年准教授研究員、96年教授研究員、97年ウイスコンシン大学獣医学部教授、99年から現職。2008年から新型インフルエンザが宿主内でどのように高い病原性を獲得するかを解明する科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクト」の研究総括。インフルエンザウイルスを人工的に作り出す手法を開発した研究成果で、2006年ロベルト・コッホ賞受賞。著書に「インフルエンザ危機」(集英社新書)。

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