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未来館にある「研究室」:世界でも先駆的な取り組み<特集 日本科学未来館>

2021.11.24

 日本科学未来館にある「研究エリア」には第一線の研究プロジェクトが常駐し、日々、来館者や科学コミュニケーター(SC)と「ともにつくる研究」活動が行われている。これは世界でも先駆的な取り組みだ。「科学館にある研究室」は、研究者にとっては実証実験や情報発信を行え、一般の人にとっては第一線の研究者に直接触れられる貴重な場となっている。研究エリアに入居する研究プロジェクトの活動を通じて、「みんなでつくる」新しい研究の形を考える。

開館時から設置された研究施設

 未来館に「研究室」があることを知っているだろうか。3階から5階の展示ゾーンから、廊下を隔てた奥にある「研究エリア」と呼ばれるその場所には、現在、大学・研究機関や企業の12の研究プロジェクトが入居し、日々、研究活動や科学コミュニケーション活動を行っている。

 研究エリアは、2001年の未来館の開館時に作られた。その背景には「来館者が研究者と直接触れ合う」ことで研究活動に興味をもってほしい、という思いがあったという。しかし、当時は科学館が本格的な研究室をもつことは珍しく、「非常にユニークな発想で、世界でも先駆的な取り組みでした」と、未来館プラットフォーム運営室の谷村優太さんはいう。

 「当初は研究室ツアーを行い、来館者に生の現場を見てもらっていました。現在は研究者が展示フロアに出て来館者と対話したり、分野の異なる研究者が集ってオンラインイベントを開催したり、 来館者に実証実験に参加してもらったりすることに力をいれています」

 研究エリアが目指すのは、「みんなで一緒に研究をつくり上げる場」だ。

研究者と来館者との対話、来館者が参加する実証実験などが行われている
研究者と来館者との対話、来館者が参加する実証実験などが行われている

アクセシビリティの実証実験

 3階の常設展示フロアでは、来館者が参加する「展示ツアー」が行われていた。案内役はSCの田中沙紀子さん。田中さんは、未来館のシンボル展示「ジオ・コスモス」の前で、手に持っていた小さな透明のパネルを顔の前にかざして参加者に質問した。

 「地球からどれくらい離れると『宇宙』と言われるでしょうか?」

 すると、田中さんが話した言葉が、リアルタイムに透明パネルの上に文字となって表示された。

「See-Through Captions」を使った展示ツアー
「See-Through Captions」を使った展示ツアー

 このパネルの正式名称は「See-Through Captions(シースルーキャプションズ)」。研究エリアに入居する「xDiversity Project(クロス・ダイバーシティ・プロジェクト)」が開発する、ろう・難聴者(聴覚障がい者)のためのコミュニケーション・ツールだ。展示ツアーは、このツールを使ってアクセシビリティをどれくらい高められるかを調べる実証実験を兼ねている。

 参加者の一人、小林さや佳さんは、「相手の顔や展示物を見ながら字幕を読めるので負担が少ないです。携帯電話のように、ぱっと使えるようになるといいですね」と期待を寄せた。

実証実験を兼ねた展示ツアー
実証実験を兼ねた展示ツアー

SCの活動は研究者との共同作業

 このツールの開発チームメンバーである設楽明寿さんは、筑波大学准教授の落合陽一さんの研究室でコミュニケーション・ツールの研究を始め、現在は「xDiversity Project」で研究活動を行っている。設楽さん自身も、先天的な聴覚障がいがある。

 「SCの方から、聴覚障がい者の案内にこれを使えないか、という話があって、一緒にやってみようということになったんです」

 設楽さんは、開発していた卓上型の試作機を未来館の受付に置いてみたいとSCに持ちかけた。その後、他の研究者やSCと話しあう中で、展示ツアーに使ってはどうか、というアイデアが出た。片手で持てるよう小型化し、実際に展示ツアーで使ってみたところ、「こんなに反応がもらえるとは思わなかった」と設楽さんがいうほど、大きな反響があったという。

 田中さんは「言葉を文字にすることで、耳が聞こえない人だけでなく、誰にとってもわかりやすくなる、という気づきがありました」と振り返る。

 プロジェクトを担当するもうひとりのSC、川﨑文資さんは、「研究エリアでの活動は研究者との協働」だという。

 「開発したものを私たちが実際に使ってみて、機能やデザインなどを一緒に考えています。たとえば、ボタンより音声のほうが参加者にあわせて操作しやすいとか、手話も使いたいのでハンズフリーにしてほしいとか、設楽さんに伝えると、すぐに実装してくれるんですよ。実験のお手伝いというより、一緒に研究を推進している感じがします」

卓上型の「See-Through Captions」を使った展示ツアー参加者との対話
卓上型の「See-Through Captions」を使った展示ツアー参加者との対話

 このように、研究エリアでさまざまな人と一緒に研究を進めている設楽さんは、「まだまだ巻き込み足りないですね」と笑いながら、研究の仲間づくりをさらに進めたい、と目標を語る。

 「この場を使って、中学・高校生にも技術に親しんでもらって、それぞれが描きたい未来について考えてほしいです。そして、彼らが大学や大学院に入った時にサポートできる場を作りたいですね」

展示ツアーの後、手話を交えて気がついたことを話し合う。設楽さん(右)と、SCの川﨑さん(左)、佐久間さん(中)
展示ツアーの後、手話を交えて気がついたことを話し合う。設楽さん(右)と、SCの川﨑さん(左)、佐久間さん(中)

コロナ下でも「触れる」展示

「体験しよう!やわらかい材料がひらく未来」。「ゲル」などのやわらかい材料でつくられた作品を、実際に触ることができる。
「体験しよう!やわらかい材料がひらく未来」。「ゲル」などのやわらかい材料でつくられた作品を、実際に触ることができる

 研究エリアには、地方の大学の研究プロジェクトも入居している。そのひとつが、山形大学の「『知的やわらかものづくり革命』プロジェクト」だ。

 コロナ下による緊急事態宣言が解除され、未来館にも活気が戻ってきたある週末、3階の「"おや?"っこひろば」で、「体験しよう!やわらかい材料がひらく未来」と名付けられた体験型のイベントが開催された。

 会場には、犬型ロボット「ゲルハチ公」や、水槽の中でくねくねと泳ぐクラゲ、細かい血管まで再現された臓器の模型、複雑な形状のタンパク質のモデルなど、「ゲル」と呼ばれるやわらかい材料などでつくられたさまざまな「作品」が並んでいる。来館者はそれらに実際に触ることができる。

 「これは体験した人でないとわからないんですけどね、柔らかいとなぜか触りたくなるんですよ」

 そう述べるのは『知的やわらかものづくり』プロジェクトの研究代表者、古川英光さん。今回の展示物はすべて、同プロジェクトの研究成果だ。

 「私たちがここで取り組んでいるのは、開発したゲル材料を使って生活をもっと豊かにし、社会の問題を解決しようという研究です」

山形大学の古川英光さん。
山形大学の古川英光さん

来館者から奇想天外なアイデア

 古川さんが、研究エリアに入居したのは2年前。きっかけは、未来館で、ある研究プロジェクトの成果発表を兼ねた展示イベントに参加したことだった。古川さんは、開発した3Dゲルプリンターを持参した。

 「『3Dゲルプリンター』といっても、当時はほとんど見向きもされない状況だったんです。でも、ここで展示してみたら、『食べ物が3Dプリンターで出来たら面白い』とか、来館者からたくさんの反響があったんですよ。コミュニケーションの中に次の研究につながる新しい発見があるかもしれない、という予感がしました」

 古川さんは、未来館に研究エリアがあることを知り、すぐに入居を決意した。

 しかし、折しも新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、未来館でのイベント活動は制限されてしまう。そんな中、オンラインイベントを企画・開催するなど、研究プロジェクトを支援してきたのが、SCの伊達雄亮さんだ。

古川さんのプロジェクトを支援するSCの伊達さん。
古川さんのプロジェクトを支援するSCの伊達さん

 「実は今回が、入居後初めて開催するリアルイベントです。やはり、実際に触ってもらうと『ゲルってこういうものなんだ』ということを体験で理解してもらえますね」

 伊達さんは、今回の展示で、来館者の感想や提案をボードに貼って、みんなで共有できるよう工夫した。

 「半日でボードが埋まるくらいたくさんのフィードバックをもらっています。これも、ゲルを見る・触るリアルな体験だからこそ、できたことだと思います」

 ボードいっぱいに貼られた来館者のコメントを一つひとつ見ながら、古川さんはいう。

 「『おうちを柔らかくしてください』とか、奇想天外なことも言われるんですよ。でも他の人がいろんなアイデアを出してくれると、自分たちも勇気が湧いてきて、やってみようかなっていう気がしてきますよね」

 研究の袋小路に入ってしまった時に、来館者やSC、研究エリアの他の研究者に意見をもらうことで「少し健全になれる気がします」と古川さんは微笑む。

来館者の感想や提案を共有するボード。「奇想天外なアイデアに勇気をもらえる」(古川さん)

全国の科学館にも研究者と出会える場を

 開館以来、第一線の研究者と来館者をつないできた研究エリア。20年にわたる営みの中で、研究者の意識もかなり変わってきたと思う、と谷村さんはいう。

 「館内に研究室を構えれば、日常的に来館者と触れ合う機会ができます。研究エリアにいる研究者は、来館者の声を聴き、一緒に研究や未来社会をつくっていこうというモチベーションを持っていると思います」

 研究エリアでの活動は、研究者だけが行うものではない。研究者が未来館と一緒になって進め、来館者とともに発展させてきたものだ。

 「館内を歩いていけば研究室のドアをノックできる。普段なかなか巡り会えない研究者が日常的にいて、いつでも話ができるのは、とても良い環境です」

 今後は、研究エリアの活動を未来館だけに留まらせず、全国の科学館や博物館にも広げていきたいという。

 「未来館でやってきたことをもっと外に発信して、研究者と一般の人が出会える場が全国に広がってほしいですね。特別なイベントをやらなくても、そういう活動が日常的に行われて、みんなで未来社会を考える機会が増えるといいな、と思っています」

谷村 優太(たにむら・ゆうた)
日本科学未来館プラットフォーム運営室・室長代理、博士(医科学)

■xDiversity(クロス・ダイバーシティ)プロジェクト

設楽 明寿(したら・あきひさ)
筑波大学図書館情報メディア系デジタルネイチャー研究室博士課程

日本科学未来館科学コミュケーター(SC)左から
川﨑 文資(かわさき・ぶんすけ)
滋賀大学大学院教育学研究科修了。修士(教育学)
佐久間 紘樹(さくま・こうき)
立命館大学大学院文学研究科修了。修士(文学)
田中 沙紀子(たなか・さきこ)
東京大学大学院薬学系研究科修了。修士(薬学)

■知的やわらかものづくり革命プロジェクト

古川 英光(ふるかわ・ひでみつ)
山形大学大学院理工学研究科機械システム工学専攻教授、博士(理学)。同大ソフト&ウェットマター工学研究室 SWEL

日本科学未来館科学コミュケーター(SC)
伊達 雄亮(だて・ゆうすけ)
筑波大学数理物質科学研究科修了。修士(工学)

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