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対話から共創へ、ともにつくる未来社会への案内人「科学コミュニケーター」<特集 日本科学未来館>

2021.10.06

日本科学未来館科学コミュニケーター 竹下あすか(左)、三井広大(右)、科学コミュニケーション専門主任 森田由子(中)
日本科学未来館科学コミュニケーター 竹下あすか(左)、三井広大(右)、科学コミュニケーション専門主任 森田由子(中)

 2001年に誕生し、今年20周年を迎えた日本科学未来館。次の10年にむけて「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」というビジョンを掲げ新たに歩み出した。その最前線にいるのが「科学コミュニケーター(SC)」だ。SCは、専門知識とコミュニケーションスキルを活かし、科学技術をわかりやすく伝えながら、未来社会に対するさまざまな立場の人の対話を促す役割を持つ。また、科学と社会の接点で活躍するSCを育成し輩出することは、未来館の重要なミッションのひとつだ。科学と社会をつなぐために日々奮闘するSCの現場に迫る。

「正しく伝える」だけではない

 「これから30年以内に、この場所で、震度6強の大きな地震にあう確率はどれくらいだと思いますか?」

 未来館5階の展示フロア、「科学コミュニケーター・トーク」で、SCの竹下あすかさんがそう問いかけた。竹下さんは、参加者の反応を確かめながら、大地震にあう確率を、交通事故やがんなどと比べ、わかりやすく解説する。参加者は、災害を「自分ごと」に捉え、リスクについて考える。

 竹下さんは、大学・大学院で農業土木を学び、卒業後は公務員として働いた。そこで、地元の人や企業など、多様な人々とのコミュニケーションの難しさを経験したという。

 「SCの募集ページに『様々なステークホルダー(利害関係者)をつなぐ仕事』とあって、自分の悩みへのヒントがあるんじゃないかと思いました」

科学技術の話題をクイズや実験も取り入れSCが紹介する常設プログラム、科学コミュニケーター・トーク。
科学技術の話題をクイズや実験も取り入れSCが紹介する常設プログラム、科学コミュニケーター・トーク。

 竹下さんは、自身の経験をもとにさまざまな方法で科学コミュニケーションに挑戦中。ニコニコ生放送もそのひとつだ。

 「新型コロナウイルスをテーマとした放送では、ワクチン接種の副反応にどう対応すれば良いかを専門家の方々に聞き視聴者に伝えました」

 科学を翻訳し伝える活動を通じて、さまざまな価値観に触れられるのが面白い一方で、情報発信に対するリスクと責任もより強く感じるようになったという。

 「例えば、変異株の感染力の強さを示すデータを紹介した時、たいしたことがないと思う人もいれば、すごく怖いと感じる人もいます。さまざまな価値観がある中、無自覚に相手を傷つけるかもしれません。そういうことを意識しながら、相手によって伝え方を変え、データを提示するだけでなく対処法まで提案するなど、試行錯誤しています」

科学技術について気軽に対話できる場を

 3階展示フロアの奥に、丸テーブルと数脚の椅子、付箋が貼られたホワイトボードが置かれている。竹下さんたちSCが共同でつくった「対話テラス」だ。

 「未来館にはたくさんの『問い』があるのですが、それについて語りあう場所が限られます。展示やイベントに限らず、科学技術について気軽に語りあえる場所があればいいな、と思って、ここを作りました」

対話テラス。
対話テラス。

 来館者は気軽に立ち寄って、自分の意見を書いた付箋をホワイトボードに貼ったり、SCや他の来館者と話し合ったりできる。

 「『何か気になるものありましたか』と聞いてみたり、逆に、教えてもらったりしています。ホワイトボードを見た方が、さらに別の疑問をもったり、まったく別な発想で『私はここが気になる』と言われたり。展示フロアとは違った対話ができます」

 相手の意見を尊重しながらさまざまな考えを引き出したい。竹下さんは、他のSCとともに、さまざまな対話の方法を模索している。

「ずれ」を楽しみ、研究と社会をつなぐ

 「アンドロイドと人間の違いは何だと思いますか」。アンドロイド「オルタ」を見る来館者にSC三井広大さんが声をかけ、対話が始まる。来館者はアンドロイドや知能について考えを深めていく。

人の動きを模倣するオルタ。開発者、石黒浩教授が研究代表者をつとめる「対話知能学プロジェクト」は館内の研究エリアにも拠点を構える。
人の動きを模倣するオルタ。開発者、石黒浩教授が研究代表者をつとめる「対話知能学プロジェクト」は館内の研究エリアにも拠点を構える。

 三井さんは、オルタの開発者、石黒浩教授の研究開発プロジェクトが描く、「意図や欲求を持ったロボットなどのシステムが人間と一緒に暮らすようになる未来社会」について、研究者と一般の人とが一緒に考えるイベントを行ってきた。工学の研究者だけでなく、法律や哲学・倫理学の研究者も参加する。そのような異分野の研究者間の対話を促すことはSCの重要な役割のひとつだ。

 「日本人にとってロボットはどんな存在かを、日本の文化から話しあった回では、石黒先生の意見に哲学・倫理学の先生が反論するなど、研究者の間でもかなり意見が違っていました。そんな研究者間の『ずれ』も、いい意味で楽しめます」

 多様な意見に触れる中、科学技術だけでなく、社会にも目を向けるようになったという。研究と社会をつなぐこともまた、SCの重要な役割だ。

 「大学では研究のことばかり考えていましたが、未来館に来て、自分の視野の狭さに気づきました。自分自身を日々『更新』し続けることが大事だと感じています」

研究者にも気づきを与える存在へ

 SCは研究者を「対話の場」に連れ出し気づきを与える存在にもなっている。

 三井さんは、オンラインイベント「海や川には何がいる!? 環境DNAでさぐる、水の生き物とそのつながり」の企画に携わった。参加する子どもたちに、環境DNA(海や川などの環境に放出された生物由来のDNA)を予め採取してもらい、座学とデータ整理の後、約1時間、研究者やSCと議論し、その結果を共有するという計画を立てた。

環境DNAのサンプリングキット。
環境DNAのサンプリングキット。

 「オンライン開催だったこともあり、研究者から『難しすぎないか』『退屈で苦痛な時間にならないか』と心配の声があがりました」

 懸念はもっともだと思った三井さん。研究者と話し合い、段階的に議論を進める、という案が生まれた。

 「データを整理し、その中から興味のあるものを選び、さらにそれについて考えよう、と、いくつかの段階に分けて議論しました。途中で研究者とSCが参加者に積極的に話しかけるようにしたところ、研究者の視点も伝わり、子どもたちもすごく活発に議論に参加してくれました」

 この経験は、参加した研究者にも大きな気づきを与えた。

 「『議論の進め方をうまく設計することで、こんなに盛り上げることができるんですね』とコメントをもらいました。『こうやればできる』と感じてくれたことが嬉しかったですね」

共創を生み出す挑戦

 これまでの科学技術の普及は、まず新しい技術開発に成功し、それを社会に実装するという流れだっただろう。しかし、これからは社会の課題を起点とし、研究者と一般の人が「ともにつくる」イノベーションが求められる。そのような共創を生み出す挑戦の一つが、科学コミュニケーション専門主任、森田由子さんが企画・開発した「オピニオン・バンク」だ。

 「さまざまなテーマの情報を提供した上で、関連する質問に答えてもらう、という参加型展示です。集めた意見は、社会と科学に関わる調査・研究やイベントに活用したいと考えています」

オピニオン・バンク。培養肉、AI、ウイルス感染、防災等の科学と社会に纏わる質問に匿名のアンケート形式で答える。
オピニオン・バンク。培養肉、AI、ウイルス感染、防災等の科学と社会に纏わる質問に匿名のアンケート形式で答える。

 この仕組みが共創を生み出した事例の一つに、ナノ医療イノベーションセンター(川崎市)が中心となって進める「体内病院構想」がある。「体内病院」とは、薬効性のある化合物を微小な分子カプセルに組み込み、異常の検知と治療を行う新しい医療技術。その活用法に関する設問をSCたちが工夫し、意見を集めたところ、興味深い結果が得られた。

 「研究者は、体内の異常を検知したら一挙に治療まで行う方が患者の負担が少ないと考えていました。しかし一般の人からは、異常が見つかっても自分が知らないうちに治療するのではなく、先生に相談して自分なりに考えて決断したい、という意見が出てきたんです。研究者には、いい意味で意外性をもって受け止められた事例だと思います」

大切なのは信頼関係

 科学コミュニケーションの実践者・研究者としてさまざまな経験を積んできた森田さんの最近の気がかりは、SNSが普及する中で、不正確な情報がより広がりやすくなったことだ。

 「最初に誤った情報に触れると、そこから違う道に入ってしまう傾向が強まっていると感じます。出回った情報を科学的に評価し、選別する人がより強く求められるでしょう」

 情報を正しく伝えるために大切なのは「信頼関係」だ、と森田さんは続ける。

 「たとえ正しい情報でも発信者への信頼がなければ『操作されているかもしれない』と疑心暗鬼になります。『この人のいうことは正しそうだ』という信頼を、SCも得られればと思います」

 そのような信頼を得るためにはどんな能力が求められるのだろう。森田さんは、まず科学として妥当かどうかを見極められること、その上で、その情報が社会と接した時、どこが問題になりそうかを予想できる「社会的な感度」を研ぎ澄ませることが必要だという。

科学とは別の場所にもヒントがある?

 ただし、そのような能力を一人ですべて兼ね備えずとも、互いに協力することで役割を果たせる、と森田さんは考える。

 「ある人は科学の情報を見分けることに長け、別な人は優れた対話のスキルを持つのなら、二人が一体となって科学コミュニケーションを行うという方法もああるでしょう。必要なのは、問題だと感じたことを言葉や絵で表現して『一緒に考えてみませんか』と対話を促せる能力だと思います」

 森田さん自身も、今までの科学コミュニケーションの枠を越えるべく、新しい活動に取り組んでいる。人間文化研究を分かりやすく伝え、研究と社会をつなげる「人文知コミュニケーター」との交流もその一つだ。

 「国立国語研究所の方とは誤った情報伝達を防ぐための表現の議論を、国立歴史博物館の方とはジェンダーをテーマにイベント企画をしました。科学の情報をどう扱うかは、科学とは別の場所にもヒントがあるかもしれません。様々な方に助言をもらいながら、同じ問題意識をもつSCと一緒に、どこに気をつけて科学コミュニケーションを行えばいいのか、知見をまとめたいと考えています」

【コラム】 「サイエンスアゴラ2021」連携企画で未来館SCと語り合おう!

 サイエンスアゴラは、「科学」と「社会」の関係をより深めていくことを目的として、あらゆる立場の人たち(市民、研究者・専門家、メディア、産業界、行政関係者など)が参加し対話するオープンフォーラムです。2006年から毎年JSTが主催してきました。今年は、10月10日(日)と11日(月)に「デジタルの日」にちなんだ7企画を実施します。

 同じタイミングで、未来館では以下のデジタルの日特別企画を実施(オンライン配信なし)。また、「サイエンスアゴラ2021」における11月6日(土)には、本記事に登場した森田由子さんらによる企画も開催。詳しくはウェブをご覧ください。
https://www.jst.go.jp/sis/scienceagora/2021/

〈「デジタルの日」特別企画〉
https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202110102149.html

【10月10日、11日】
科学コミュニケーター・トーク「IoTって知ってる?モノとモノがつながるスマート社会」(5階コ・スタジオ、13:45~)

【10月10日】
科学コミュニケーター・トーク(劇形式)「選択アシスタントの憂鬱」(5階コ・スタジオ、11:45~、14:45~)
AIによる決定や選択を人間としてどうように考えて受け入れるかどうかを一緒に考えましょう。

【10月11日】
「常設展示 インターネット物理モデル体験ツアー」
SCによる常設展内の「インターネット物理モデル」体験ツアー。
※新型コロナ感染症対策により、通常は土日祝日(受付11:00~16:00)のみの体験。特別ツアー提供。参加希望の方は開始時間までに3階実験工房前集合(先着3組)。

【11月6日(土)10:00-12:00】
「ジェンダーの視点から「生き方」を語り合おう」I-URICフロンティアコロキウム「多様性」分科会

【11月6日(土)13:00-15:00】
「対話のうまれる場をつくる―これからの社会のかたち―」日本科学未来館、大阪大学社会技術共創研究センター

【お問い合わせ】
サイエンスアゴラ事務局
※下部関連リンクの「サイエンスアゴラ2021」紹介ページよりお問い合わせください。
※アゴラ(agora)は古代ギリシャ語で「広場」の意味

竹下あすか(たけした・あすか) 
日本科学未来館科学コミュニケーター(SC)、修士(農学)。京都大学大学院農学研究科修了。公務員の農業土木職を経て2020年春からSC。

三井広大(みつい・ひろまさ) 
日本科学未来館科学コミュニケーター(SC)、博士(理学)。早稲田大学大学院先進理工学研究科修了。大学での研究職を経て2018年秋からSC。

森田由子(もりた・ゆうこ)
日本科学未来館科学コミュニケーション専門主任、博士(理学)。東京大学大学院新領域創成科学研究科助手、製薬会社、お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンターを経て、2012年から未来館で勤務。

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