インタビュー

科学と市民との双方向コミュニケーションの確立を目指すプログラム「CoSTEP」の川本氏、西尾氏に聞く(川本思心 氏、西尾直樹 氏 / 北海道大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP))

2018.06.26

川本思心 氏、西尾直樹 氏 / 北海道大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)

西尾直樹 氏
西尾直樹 氏
川本思心 氏
川本思心 氏

 北海道大学(北大)の科学技術コミュニケーター養成プログラムが2005年にスタートしてから13年が経った。科学技術と社会との相互関係が強まって科学による社会的課題解決が求められる一方、科学自体が社会問題を引き起こすという時代背景とともに、国の方針の下、他のいくつかの大学とともに創設されたプログラムの一環だった。北大では科学技術コミュニケーター養成ユニットの「CoSTEP(Communication in Science & Technology Education & Research Program)」と名付けられた。CoSTEPは科学や科学技術の専門家と市民の間で双方向的なコミュニケーションの確立を目指して「科学技術コミュニケーター」を養成してきた。設立14年目にして修了生875名を数える。今や、理解増進活動だけの時代は終わり、科学研究者や科学技術に携わる関係者は社会との対話・協働が求められるようになっている。


写真1 緑豊かな5月の北海道大学構内
写真1 緑豊かな5月の北海道大学構内

 そうした時代の流れや変化の中で創設14年目を向かえるCoSTEPの成果は、現在の社会でどのように活きているのか−。科学技術と社会という大きな課題に取り組むために必要なのは専門的な知識だけではない。科学技術と社会の関係においても「人と人とのつながり」、すなわちコミュニケーションにより小さな歯車が大きな機械を動かすことを、CoSTEPの教育プログラムは体現してきた。CoSTEPの現在と目指す社会について、川本思心部門長と西尾直樹特任助教に聞いた。

写真2 高等教育推進機構内にあるCoSTEP事務所の前
写真2 高等教育推進機構内にあるCoSTEP事務所の前

閉じられた専門知を開く「専門知コミュニケーション」を

―CoSTEPの話に入る前に、そもそも「科学技術コミュニケーション」とは、についておうかがいします。「科学技術コミュニケーション」の意味やとらえ方は時代とともに、また使われる場によって異なっていました。お二人はどのように考えていらっしゃいますか。なぜ「科学技術」なのでしょう。

 川本:「〇×コミュニケーション」としては科学以外の分野にもあります。歴史コミュニケーションやパブリック考古学などです。医療・看護系の教育も、きわめて科学技術コミュニケーション的な問題意識を共有しています。そのような中で、科学技術コミュニケーションだけが目立つとすれば、それだけ政策誘導的に発生したためでしょう。もちろん社会への影響が大きいという理由もあると思います。「科学技術」という言葉が前に出すぎるのは、少しいびつかもしれませんが、なるべく広い問題として考えたい時は、やはり科学技術コミュニケーションという枠は大事だと思います。ただ、より本質的には「専門知コミュニケーション」と表現するべきかもしれません。閉じられた専門知を、どうやって開いていくかという問題があります。現代は科学技術が公共物として非常に大きな力を持っているので、そこがクローズアップされていますが、他の領域も見ないといけないと思います。

 西尾:専門知コミュニケーションという大きなもの(枠)があって、その中に科学技術や宗教といったものがあり、それらは重なり合う部分も持っています。科学技術が広がる理由は、コントラストの強さです。市民と産官学の間のコミュニケーションを考えると、学が一番コミュニケーションの壁が大きそうに見えます。政治を例に取ると、一応政治は市民が選ぶ。ですからそもそもコミュニケーションというより、市民の代表が政治なわけです。ですから政治コミュニケーションとは言わないのかなと思います。

 川本:まさにコントラストが強いんですね。歴史は自分事として考えられる余地は科学よりは大きい一方で、科学は専門性が極めて高く他人事のように見られている傾向があるかもしれません。分野にもよりますが、科学者側も社会とつながる必然性が低いと認識しているのが現状だと思います。

写真3 科学技術コミュニケーションについて語る川本思心氏
写真3 科学技術コミュニケーションについて語る川本思心氏

―第5期科学技術基本計画の中から、科学技術コミュニケーションという文言がなくなりましたね。どのように捉えていますか。

 川本:国の政策は変わることも多いので、そこだけに合わせていくと、CoSTEPが本当に何をするべきなのかを見失ってしまうという面があります。もちろん、科学技術基本計画は、国や社会が次に何を問題としているのかを端的に示しているので、参考にすべき点は多くあります。CoSTEPとしては、そこはきちんとフォローしつつ、CoSTEPの軸はぶらさないようにしてどう反映させるかを考えないといけない。

 科学技術コミュニケーションに求められる段階が、いよいよ教育から課題解決になってきています。その志向を取り入れていくのであれば、どの程度の規模で、どのように教育していくのかを、改めて考えないといけない。長年のカリキュラムをごっそり変えるのは大変ですが、これまでの基礎教養教育としての科学技術コミュニケーション教育から、より個別具体的な課題に対して専門分化した課題解決志向もあっていいと考えています。

社会の縮図の中で自由に学ぶ面白さを再認識して、次の足場にする場

―CoSTEPとはどういう組織かあらためて教えてください。

 川本:社会の縮図の中で自由に学び、その面白さを再認識して、次の足場にしてもらう場所だと思っています。次の足場というのは、受講生それぞれが持っている問題意識がある場です。人と人の間にある埋めなければならないギャップを発見して、そこで活動していって欲しいと考えています。受講生は学生から社会人までさまざまです。社会人も受講できることが、CoSTEPのカリキュラムの最大の特徴です。例えば、研究者になりたいけれども自分の専門だけ学んでいて良いのかという課題意識を持ち、視野を広げる目的で来る学生がいます。社会人だと、行政やNPOで活躍している人が、これまでとは違う観点を求めて、「科学技術コミュニケーション」という言葉を見つけてやってくる。そういう人にとっては、自分の考えを整理して、また自分の実践に戻っていくための基礎やネットワークを見つけてもらう場所になります。科学技術コミュニケーションは扱う分野や課題が極めて広いので、CoSTEPではまずは基礎を学んでもらいます。

―CoSTEPは「次の足場」への出発点というイメージですか。

 川本:そうですね。CoSTEPのカリキュラムは一年だけです。本来であれば、学部・院でしっかりとしたカリキュラムの下で学んでも、まだ足りないようなことだと思いますが、現実的には難しい。しかも、そういう枠組みでの学びになってしまうと、次第にアカデミア寄りの、「学問頭」になってしまうでしょう。もちろんそういう人も必要ですが、そうではない形で社会と科学の関係性を考えたり、実践したりする人もいますし、そういう人に入ってもらえるようにしないと研究目線・立場に寄りすぎな「科学技術コミュニケーター」養成になってしまいます。CoSTEPは社会の縮図と言いましたが、受講生が多様であるという点は一番大事だと思っています。

―さまざまなモチベーションを持って集まる受講生に対して、どのような指導を心がけていますか。

 川本:私は、まずは楽しんでもらうことを大事にしています。最初に各々が持っている問題意識は忘れずに持ってもらいつつ、まずは学ぶことを楽しみ、新しいネットワークをつくるところにモチベーションを感じてもらえるようにしています。その上で、批判的なものの見方や、科学技術コミュニケーターという立場の難しさと面白さを知ってほしいと思っています。

 西尾:私も、明確に目的を持っている人にはそれを伸ばすということを大事にしています。例えば過去にイラストレーションを得意とする受講生がいたのですが、毎日科学にまつわる内容を漫画にして、Facebookに投稿するように言いました。もともと取り組んでいたものをさらに広げられるようなアドバイスを心がけています。CoSTEPは、受講してくる人の多様性がとても重要で、そこでさまざまな仕事やさまざまな研究分野の人たちと一年間密に同じ共有体験をしていると、多様なあり方や現場があることを知ることができる。これまでの自分の枠を取り払って、もう少し広い視野になれるというのは大事です。受講生同士の交流が深まる所は、サポートしたいという気持ちがあります。

写真4 受講生の学ぶ姿勢について語る西尾直樹氏
写真4 受講生の学ぶ姿勢について語る西尾直樹氏

 川本:多様な人と学ぶことができるカリキュラムの仕組みは十分できていると思っています。ただ、逆に言うとこちらがお膳立てしすぎているかなという懸念もあります。作り込みすぎず、隙間をつくって受講生が創造性を持つことができる仕組みをつくる方向がいいかなとよく考えています。

進む道は自分で探して

―受講生が自主的に取り組んだ面白い例はありますか。

 川本:過去には自主的に勉強会やサイエンスカフェを始めた人たちがいました。最近の例ですと、演習で作成した絵本をウェブサイトに公開したり、取材の縁で、その後も農場の手伝いを定期的にしたりということがあります。

―受講生の傾向に変化はありますか。どのような受講生が多いですか。

 川本:アクティブな受講生が多いですね。もちろん、静かなタイプの受講生もいます。個人的には、そういった受講生をプッシュしたいと思っています。科学技術コミュニケーションという分野は、いわゆる派手な人たちだけが活躍するのではなく、異なるタイプの人の良さや違いが生きるような場をつくらなくてはいけない。全体の6、7割は理工系です。学生だけでは理工系の割合はもう少し多いです。一方、毎年必ず文系の人がいます。ぜひ入ってほしいと思っていますので毎年、文系の大学院にもガイダンスに行きます。

 西尾:あまり目立たない、しゃべらないけれど、わざわざ来るということは、強い問題意識を持っているということなので、そういう人に参加してもらうことはとても大事だと考えています。その変化量も大事ですね。受講初期には社交的ではなかったけれど、途中からすごく活躍しだした学生もいますね。

―修了生はどのような仕事をしていますか。

 川本:さまざまですね。教育・研究機関で言うと、大学のURAや広報、研究支援等で活躍している人がいます。科学技術コミュニケーションやファシリテーションを事業とする会社を設立した人もいます。新聞社などのメディアに行った人もいます。最近の修了生では、動物園で教育普及担当の学芸員や、科学館の職員、大学の広報、日本科学未来館の科学コミュニケーターなどでしょうか。もちろん民間企業や行政機関で科学技術コミュニケーションの役割を意識しながら活動されている人もたくさんいます。

―受講生に、こういう道に進んでいってほしいという希望はありますか。

 川本:特にこれになってほしいというのはないです。それは皆さんが見つけることだと思っています。一年間ここで科学技術コミュニケーターとして自分は何をやるべきだかいうことを見つけることが、受講生のやるべきことです。受講してきたときの問題意識にたち戻って、地味だけど大事な活動を続けてほしいです。

 西尾:私は、これまで科学技術コミュニケーションがなかったところに、科学技術コミュニケーションの考え方を導入してもらいたいと思っています。何かしらの知識を一方的に伝えるだけでなく、双方向的に理解しあう、協力しあうという考え方は、サイエンスだけに言えることではないので、それぞれの現場に戻ってきちんとそれを活用することの方が大事だと思います。学びっ放しが一番もったいないと思います。

成果は見えにくくても続けていくことが大事

―CoSTEPがスタートしてから13年が経ちました。活動によって、社会が変わった実感はありますか。

 川本:非常にゆっくりですし、小さいけれど、変わっている部分はあるのではないかと思っています。北大にCoSTEPが存続して評価されているのもその根拠の一つでしょうか。発足当時、「何かを動かしたい」と言って受講した人たちが実際に組織の中で物事を動かすフェーズに来ていますし、現在も変わらず受講生が来てくれています。若い人の感覚としては、科学技術コミュニケーションという考え方は違和感がないと思います。具体的にどういう問題があるか、どうしたらいいかを考えている人が増えていると思います。それはCoSTEPだけの取り組みの成果ではないと思いますが、そういう考え方が普通になってきているのではないでしょうか。それは我々だけの成果じゃないにしても、一定の成果はあったのかなと考えています。

 西尾:成果は溶け込んでいるものなので、なかなか見えにくいですね。

 川本:科学技術コミュニケーションの成果っていうのは見えにくいですね。しかし、踏ん張って続けていくというのが大事だと思います。課題解決型というのももちろん大事でやるべきですし、その方が意義が見えやすいでしょう。ですが、わかりやすいことは大学でなくてもできることです。長期的なことをやり続けるのが、大学の役割。そこがやはり踏ん張りどころかなと思います。一方、科学技術コミュニケーション教育を担う場として大学は馴染みやすいと思いますが、いつまでも大学だけで科学技術コミュニケーション教育をやっているのはどうなのかなと、思う部分もあります。教育の場であったり自治体であったり、異なるセクターで実際の問題ベースで活動に取り組むことができればよいと思います。

 西尾:修了生がそういうことに取り組んでもらえればいいですよね。

 川本:全部大学が教育を請け負うというのではなくて、修了生がいるような団体が中心となり、CoSTEPが教育連携という形でバックアップしていろいろなものに取り組んでいくのは理想かもしれませんね。

写真5 今年度の広報用ポスターを中心に、西尾氏(左)、川本氏(右)
写真5 今年度の広報用ポスターを中心に、西尾氏(左)、川本氏(右)

(「科学と社会」推進部 日下葵)

川本思心(かわもと ししん) 氏
川本思心(かわもと ししん) 氏

川本思心(かわもと ししん)氏のプロフィール
北海道大学・高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門 部門長/理学研究院 准教授。1976年生まれ。2005年、北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(第1期選科)修了。2007年、北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。同年より東工大研究員、2008年より同特任助教。2013年よりCoSTEP特任講師、2014年4月より理学研究院准教授、2017年4月よりCoSTEP部門長。専門は研究者や市民の科学技術コミュニケーション観、デュアルユース問題等を中心とした科学技術コミュニケーション研究。

西尾直樹(にしお なおき) 氏
西尾直樹(にしお なおき) 氏

西尾直樹(にしお なおき)氏のプロフィール
北海道大学・高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門特任助教。1979年生まれ。同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。2006年、産学連携組織にて「研究者図鑑」を立ち上げ、全国津々浦々300日で300人の研究者を映像インタビューで配信。以降、様々な職業、分野、地域で活躍する人たち700人以上にインタビューを重ねている。また京都にて対話型ワークショップ手法を活用した「京都市未来まちづくり100人委員会」を立ち上げ、産官学民連携での新しいまちづくり事業に参画。2016年よりCoSTEP特任助教。

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