「AIに仕事を奪われる」「AIが暴走したら」——人々は、人工知能(AI)と共生する未来を語るとき、まるでひと昔前のSF映画から引用したようなネガティブなコメントを多く並べる。
その一方で、我々は無意識のうちに、スマートフォンなどを通じてAIの利便性を享受している。日増しに進歩する技術が、我々の生活により深く浸透していくことも、想像に難くない。道具、火、言葉——人類は高度な文明を次々と獲得しながら進化してきたことを、歴史が証明しているからだ。
それにもかかわらず、新しい技術に対する我々の拒絶感とも言うべき心理的なハードルは、一向に高いままにある。その正体は何か。1つの仮説は、AIの進歩による「人間性の喪失」への懸念だ。冒頭のネガティブな言葉の数々も、我々の生活が脅かされる懸念に由来すると言えるだろう。
そんな時代を象徴するかのように、「人間性」をテーマに掲げて開催されたサイエンスアゴラ2019(主催:科学技術振興機構(JST))。そのセッションの1つとして11月16日に開催された「アゴラ市民会議『どんな未来を生きていく? 〜AIと共生する人間とテクノロジーのゆくえ』」は、まさにこの「仮説」と相対するために企画された。AIと共生する未来について、12人の識者と会場に集まった約150人の市民は、どんなビジョンや課題を共有したのか。日本科学未来館で行われた、3時間にも及んだ濃密なセッションの模様をレポートする。
瞬時に記事を書くAI、人のスキル不要に危機感
セッションは、パートを2つに分けて行われた。前半セッション1のテーマは「AIは<ヒトの知性>をどう変えていくか」。モデレーターを務めた大隅典子さん(東北大学副学長・同大学院医学系研究科教授)は「『知性』の捉え方はさまざまあるが、この場では明確に定義せずに議論したい」と提案し、3人のスピーカーはそれぞれが持つバックグラウンドの視点から、テーマに沿って話題を提供した。
朝日新聞で論説委員を務める行方史郎さんは、執筆の現場でAIを導入する試みが既に始まっていることに言及した。同誌では、「おーとりぃ」と呼ばれるAIに高校野球の戦評を執筆させているという。試合のスコアデータを読み込ませると、瞬時に記事を書き上げるそうだ。驚くことに、この記事を書き上げるにはプロのライターでも10〜20分かかるという。
行方さんは「カーナビが普及したことで地図を覚えにくくなった人も多いと思う。地図と同様に、スキルや能力も必要とされなくなることで、脳や知性にはどんな影響が出るのか。長い目で注意深く見守る必要がある」と危機感を示した。
「AIに飲まれるか、AIの力を借りるか」
続いての話題提供者は、自治医科大学医学部教授の高瀬堅吉さん。心理学を専門とする高瀬さんは、「アイデンティティの形成には、思春期に出会う自分のさまざまな側面と向き合い、自我として統合するプロセスが欠かせない」と述べる。ところが、デジタル社会が発展したことで、SNSなどの多様なチャンネルを通じて、“さまざまな自分”を統合することなく断片的に発信できる仕組みが生まれ、“心の断片化”を招きつつあるとの見方を語った。
さらに、「イノベーションには多様性が不可欠」との立場を示した上で、デジタル社会がもたらした“他者と常時つながっている状況”が、人々の均質化をもたらしていると指摘。イノベーションの種ともいうべき多様性が、均質化された社会によって喪失されつつあることに危惧を示しながら、「デジタル社会の発展」と「人間の能力」の関係を心理学の視点でひもといた。
人類とAIが共存する未来を描いた漫画「AIの遺電子(あいのいでんし)」の作者であるSF漫画家の山田胡瓜さんは、「AIに限らず、新しい技術には良い面と悪い面が必ずある」と指摘。近年、漫画の世界でもAIを用いる場面が現実的になりつつあることを紹介した上で、「『下手になる』『多様性が損なわれる』といった意見もあるが、何事においても道具は使いよう。AIに飲まれるか、AIの力を借りて新しい知性を手に入れられるかは、一人ひとりの志と社会設計次第だ」と訴えた。
山田さんは「中でも社会設計による部分が大きい」とし、「できないことを“鍛える”という従来の価値観も残しつつ、人々が苦手とする部分を“サポートするAI”によって、誰もが幸せに生きていける社会を実現する必要があるのでは」と述べた。
倫理面の偏りがあっても順応できる
話題提供後は、セッション2の登壇者とコメンテーターも交えた、12人の識者全員によるディスカッションが行われた。
コメンテーターの1人、日本アイ・ビー・エム技術理事の行木陽子さんは、企業などの「AIによる働き方改革」を支援するエキスパート。多面的に展開されたセッション1を「新鮮だった」と振り返りながら、「AIが持つ倫理面などでの偏った視点は、インプットされた我々のデータに問題があることを意識しなければならない」と注意を促した。
これに対し「あえて反論」と手を挙げたのは、神経科学の専門家、駒井章治さん(奈良先端科学技術大学院大学准教授、サイエンスアゴラ2019推進委員長)。「社会性は人間が長い期間をかけて体得してきたものだが、将来それさえも数値化できてしまえば、AIは順応できるだろう」との見解を示した。
新しい「知性の形」に期待
一方、トランスジェンダーとして活動するサリー楓さん(日建設計 NAD室 コンサルタント)は、高瀬さんが述べた“心の断片化”について触れ、「統合できないこと、つまり不同一性をあえてスキルとして形成していくような、新しい『知性の形』があっても良いのではないか」との視点を語ると、高瀬さんも同意するかのように大きくうなずく様子を見せていた。
セッション2のテーマは「<人の社会>はAIとどう共生するのか」。モデレーターの紺野登さん(多摩大学大学院教授・一般社団法人Future Center Alliance Japan代表理事)が「科学だけで社会は良くならない。状況に応じて正しい判断をする賢慮が必要」「アートと構想力を活用しながら、次の時代をどうするか考えていきたい」と述べ、セッション2が幕を開けた。
AIの選択肢は批判的に検討すべき
最初の話題提供者は千葉雅也さん。立命館大学大学院先端総合学術研究科で准教授を務める哲学者だ。千葉さんは、私たちが当たり前のように使っている自然言語について、「あらゆる語や文は、人間の意思、あるいは社会的合意や権力関係によって成立したもの。社会の中で儀礼的に維持され、使用されているにすぎない」との見方を述べた。
そうした人間の意思により成立した自然言語は、無論、AIに大量のデータとしてインプットされている。千葉さんは「自然言語やそれを用いたAIに基づく人間や社会の意思決定には、実は何ら合理性がない」と指摘した上で、AIの出した選択肢を無批判に政策決定などへ用いてしまうことに、強く警鐘を鳴らした。
関連して、富士通研究所人工知能研究所の研究員で「意思決定をサポートするAI」の開発に携わる中尾悠里さんは、「AIの結果はあえて批判的に検討すべきだ」と説いた。中尾さんは科学技術社会論を専門とし、情報技術の社会受容性を研究している。
従来の人間とAIの関係は、AIの出した選択肢に人間が説得されるアプローチが多かったというが、中尾さんはAIの出した結果を人間があえて批判的に検討し、AIにフィードバックしていくことによって、“説明可能なAI”が構築できるとしている。
また中尾さんは、人間と人工物は不可分な存在であるとの持論から、「AIは人間に対しさまざまなことを可能にするが、同時に制約も生む」「AIの出した結果を鵜呑みにせず、自らの関心やリテラシーをもって、AIが出した結果を批判的に検討してほしい」と強調した。
「アート」が技術と社会の橋渡しに
一方、「ロボットエクスペリエンスデザイン」と呼ばれる“人間とロボットが共存するための仕組み”をデザインしているインキュビオンCEOのタカハシショウコさんは、「技術革新に対し、受け入れる側の我々の営みは変わらなくて良いのか」と、疑問を投げかけた。自身もかつては人間の側からの“歩み寄りのきっかけ”をどのように生み出すか悩んだという。
そんなときに出会ったのが、技術と社会を橋渡しする存在としての「アート」だった。タカハシさんは、「新たな技術が社会に入るには、人々の行動様式やモラル、価値観が変わらなければならない」とした上で、「アートの力を借りて人間の側から技術に歩み寄ることができたら、AIやロボットと共生する社会はもっと早く実現するはず」と期待を寄せた。
話題提供後、モデレーターの紺野さんが、「予定調和は避けたつもりだが、図らずも共鳴し合う話題ばかりだった」と目を細めながら振り返りつつ、全体でのディスカッションを促した。
毎日新聞科学環境部記者の須田桃子さんは、タカハシさんのアートによる“技術と社会の橋渡し”に関連付けてコメントし、「合成生物学の分野にも『バイオアート』と呼ばれるアートがある。研究の持つ意味や、もたらされる未来をイメージする“道具”としてアートが用いられている」と、類似する事例を紹介。AIなどの新技術が、生命さえをもコントロールしてしまう社会へと導かないよう、“打開する力”としてのアートに期待を寄せた。
駒井さんも同じくアートについて、「意思決定をAIに任せたい人もいるのでは。アートは、正しい意思決定を導く“ガイド”となり得る存在ではないか」と持論を述べた。
議論の先に草の根的イノベーション
議論の締めくくりとして、セッション1でモデレーターを務めた大隅さんは所感を述べる中で、「AIに軸足を置いて、人間や社会に関する議論を共有できたことが素晴らしい」「さまざまな問題について、また語っていけたら」と、市民会議の成果に手応えを感じていた。
一方、セッション2のモデレーター紺野さんは「1つの企業や大学だけで改革できることには限界がある。『プルーラルセクター』と呼ばれる、“つなぐ存在”が社会的に必要とされており、今日はまさにその試みとなった」と、同様に手応えを感じていた様子。加えて、「日本は草の根的にイノベーションを起こすことを伝統的に得意とする。今日のような議論を続けることが重要だ」と総括した。
「AIに対する拒絶感の正体」、「AIと対峙した自身の人間性を保つために重要な視点」、そして「AIと共生する未来社会像」——。近年、多くの人が抱えていたであろう懸念に応える、示唆に富んだ3時間の議論だった。