インタビュー

第7回「科学コミュニケーションのスキルやマインドを身につける」(渡辺政隆 氏 / 筑波大学広報室 教授/科学コミュニケーター)

2015.02.03

渡辺政隆 氏 / 筑波大学広報室 教授/科学コミュニケーター

「科学コミュニケーション百科」

渡辺政隆 氏
渡辺政隆 氏

JST科学コミュニケーションセンターフェローで東京大学教授の佐倉統氏が、様々な分野で活躍する人を迎え、科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの課題や展望についてインタビューします。第7回目は同センターフェローで筑波大学教授の渡辺政隆氏。2000年代始めから「科学コミュニケーション」が国内で広まった経緯や、渡辺氏が考える科学コミュニケーションなどについてお伺いしました。

―渡辺さんは科学コミュニケーターとして筑波大学の広報室にいらっしゃいますが、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

 大学の研究広報が基本で、大学院の授業もやっています。筑波大学では分野横断的な大学院共通科目を全国に先駆けて始めました。そこに科学コミュニケーション系の授業が以前からいくつかありました。それらを整理した上で関わっています。

企業だけでなく、大学でもメディア対応をやらないといけない局面が増えているのではないでしょうか。これまでは事務系職員が持ち回りで対応していましたが、メディア対応のプロの人を雇えるような制度が必要だと思います。研究広報や教育広報では、企業の広報とはまた違うノウハウも必要になってきます。

―渡辺さんは科学技術・学術政策研究所(NISTEP(*1))にいらっしゃった2003年に、科学コミュニケーションが重要という報告書 を出されました。それをきっかけに、科学コミュニケーションをもっと推進しようという機運が高まり、科学技術基本計画で科学コミュニケーションの重要性がうたわれたり、科学技術振興調整費で東京大学、北海道大学、早稲田大学で科学コミュニケーション人材育成のプロジェクトが始まったりしました。(*2)

 僕がNISTEPに入る直前に、科学リテラシーの国際比較の報告書をNISTEPが出したのですが、日本の大人の科学リテラシーが低いという結果でした。国会でも問題になり、理科離れや科学離れと言われ、ではどうしたらいいかという調査担当としてNISTEPに採用されたんです。国内外の状況を調べる中で、これまでの社会人も含めた科学教育では行き詰まっていると感じました。子どもたちは理科が好きにもかかわらず、それが生活に役立つと思っていない、といったように日本の教育では科学は生活のための学問という意識が低い。その意識を変えるためには、新しい動きが必要と感じました。

それ以前に、旧科学技術庁のころからいろいろな委員会の中で、流れを変えるには新しい名前が有効という話がありました。科学コミュニケーションの考え方自体はヨーロッパから入ってきて、科学技術社会論の人たちは以前から知っていたわけですが、科学ボランティアをしている現場の人や科学館の人、科学技術行政の人たちのところまでは届いていませんでした。

世界的な流れとしては、イギリスやEUでは2000年前後から科学コミュニケーションの機運が高まって来ました。アメリカでは大型加速器のプロジェクトで予算がつかなかったことで、研究広報をちゃんとやらなければという機運が出ていました。そういう流れの中で、日本はかつては科学技術大国と言っていたのだけれど、国民レベルではあまり意識が浸透していないということがわかってきて、何とかしなければという思いがあったと思います。

また、経済界や産業界でも危機感があったのだと思います。大学では工学部離れがありましたし、バブルのころに理系の人たちが金融界に入るなど、ものづくりの人気がなくなってきたというのがありました。理工系人材に対する要請は、経済界からあったのだと思います。

―科学コミュニケーション、科学コミュニケーターとは、渡辺さんにとってはどういうものでしょうか?

 科学コミュニケーションを推進しよう、科学コミュニケーション教育を大学・院でやるべきだということを僕はずっと言ってきたわけですが、職業としてというよりも、そういうスキルやマインドを身につけることが大切だと思っています。職業としては、科学館のキュレーターや解説員といった既存の職業で科学コミュニケーションをしている人たちはすでにたくさんいます。また、アウトリーチ活動をしている研究者の人たちも科学コミュニケーターと呼んでもいいと思います。

2002年くらいに海外調査をした時は、イギリスでは科学コミュニケーターという職業を指す言葉はありませんでしたが、数年後には科学館やサイエンスフェスティバルでイベントをするようなフリーランスの科学コミュニケーターが出てきました。一方アメリカでは科学コミュニケーターと呼ばれるのは研究広報のような人たちで、職業としてはすでにありました。アメリカで言う科学コミュニケーションや科学コミュニケーターは、ヨーロッパで2000年前後から盛り上がった科学コミュニケーションの理念とは違うようです。ヨーロッパでは科学と社会を意識していましたが、アメリカではあくまでも税金を使ってやっている研究に関して国民の理解を得るということが優先されたという気がします。

日本はその両方を一度に入れてしまったわけですけれど、それで多少の混乱があったし、まだあるのかもしれません。

―ところで、渡辺さんはもともと農学部で生物学の研究をされていたのですね。

 大学院のときから翻訳や出版社の手伝いをしていました。翻訳は作文ですから、最後は日本語の問題です。自分だったらどう書くかを考えながら表現します。科学コミュニケーションの基本はライティングではないか、というのが僕の持論です。話すことも頭の中で作文をしているわけです。概念を理解して自分の言葉で置き換えるという作業が、何をするにも重要だと思います。

―科学コミュニケーションが地域と連携していくことについてはいかがでしょうか?

 これまで科学コミュニケーションは、出前授業、科学館や研究広報などわかりやすいことをみんなやってきました。ただ3.11のときに科学コミュニケーションのあり方や存在価値が問われました。あのとき何もできなかったことに関して、これから何ができるのか考えていかないといけません。そこで、不安に思っている人たちや科学に対して疑問を持っている人たちと問題意識を共有して、提供できる専門知識がある人とつないでいく、ミドルマンやメディエーターみたいな役割を果たす人が各地域にいるとよいのではと考えています。

また、手軽にできることもあり、日本でもサイエンスカフェが普及してきました。あちらこちらでバラバラにやっていますが、ノウハウの蓄積や交換も必要と感じています。科学コミュニケーションについて、全国的に草の根だったり、仕事としてやっている人も増えてきたこともあったりして、日本でネットワークを作る必要があると思い、日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)を立ち上げました。学会ではなく、科学コミュニケーションをしている人たちのネットワークを作りたいというのがねらいです。

*1. NISTEP報告書:NISTEPは「科学技術理解増進と科学コミュニケーションの活性化について」という報告書を2003年に公表した。科学技術行政に科学コミュニケーションという概念を事実上初めて導入した報告書。
*2. 科学コミュニケーション人材育成のプロジェクト:2005年度の科学技術振興調整費の新興分野人材養成部門で「科学技術コミュニケーター」人材養成コースに関する募集が行われ、北海道大学、東京大学、早稲田大学が採択された。

(2013年4月12日にインタビュー実施)

(続く)

渡辺政隆 氏
(わたなべ まさたか)
渡辺政隆 氏
(わたなべ まさたか)

渡辺政隆(わたなべ まさたか) 氏 プロフィール
筑波大学 広報室 サイエンスコミュニケーター 教授
東京大学農学系大学院修了。サイエンスライター。2012年より現職。奈良先端科学技術大学院大学客員教授、日本大学芸術学部客員教授、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官。専門は科学コミュニケーション、科学教育、科学史、進化生物学。

佐倉 統 氏
(さくら おさむ)
佐倉 統 氏
(さくら おさむ)

佐倉 統(さくら おさむ) 氏 プロフィール
東京大学大学院 情報学環 教授
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部、フライブルク大学情報社会研究所を経て、現職。
専攻は進化生物学だが、最近は科学技術と社会の関係についての研究考察がおもな領域。長い人類進化の観点から人間の科学技術を定位するのが根本の興味である。

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