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万博までに知っておきたい! SDGsに貢献する関西発のオンリーワン技術【大阪・関西万博連携企画】

2021.06.24

堀川晃菜 / 知識流動システム研究所フェロー、科学コミュニケーター

未来のタオル製造を語るスマイリーアース社長の奥さん(スマイリーアース提供)

 2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)を前に、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)達成に向けた科学技術イノベーション(STI for SDGs)に注目が集まっている。関西といえば商いの町だが、オンリーワン技術で世界を股にかけ、SDGsへの貢献を目指す企業・団体も多い。その中で、タオル製造の環境負荷を低減したスマイリーアース(大阪府泉佐野市)と、新たながん治療法の普及に向けて産学官連携をけん引する大阪府立大学BNCT研究センター(堺市)を紹介する。

日本一汚い川で始まったタオル会社の挑戦

 新時代のものづくりに挑戦する人材に光を当てる経済産業省主催の「ものづくり日本大賞」。2018年に第7回経済産業大臣賞を受賞したスマイリーアースは従業員わずか5人ながら、翌2019年度のJST主催「STI for SDGs」アワードでも優秀賞を受賞するなど、SDGsへの熱心な取り組みで存在感を放っている。

 大阪の泉州地域は、日本タオル製造発祥の地であり、約130年の歴史と伝統を誇る。スマイリーアース社長の奥龍将さんはこの地でタオル製造業の3代目として生まれ育った。1998年、泉州地域を流れる樫井川が環境省の全国河川水質調査で全国最下位となると、当時小学5年生だった奥さんは、家業のタオル産業がその一因となっていることに胸を痛めた。

 一般にタオル製造では大量の水を使う。タオルは吸水性の良いものだが、その原料である綿花は油分を含み、水をはじく。そこで油分や不純物を取り除くために使用する化学薬剤や染料などの処理水が大量に流出していたのだ。

 「1キロのタオルを作るには、500グラムの薬剤が必要と言われています。多い時には年間数万トンのタオルが生産され、その半量にあたる薬剤もまた使われてきたのです」

 日本のタオル産業は2000年頃をピークに縮小傾向にある。安価な輸入品に席巻され、泉州に700社以上あったタオル関連会社も現在は100社を切った。だが、このピンチをチャンスに変えたのが奥さんの父、竜一さんだった。

綿の自浄作用に注目した独自技術

 通常のタオル製造は、綿から製糸する会社、織る会社、染める会社など、分業化されている。廃業する同業者が相次ぐ中、竜一さんは各社から機械装置を譲り受け、自社に一貫生産体制を整えた。さらに当時ウガンダでオーガニックコットン栽培を手掛けていた柏田雄一さんにもアプローチしていた。現社長の奥さんも大学卒業と同時にウガンダへ渡り、ここから真のオーガニックタオルへの挑戦が始まった。

ウガンダ・グル市の提携先農家と奥さん(スマイリーアース提供、2013年撮影)

 一般的には、オーガニック栽培された綿花でも、タオルにする過程で薬剤処理する。奥さんはそのようなタオル作りに対して「真のオーガニックと言えるのか」と疑問を抱き、独学で研究を開始。綿花そのものに自浄作用があることを発見し、それを最大限に引き出した「自浄清綿法」を開発した。綿と水だけで従来の精練工程と同等の効果を発揮、水使用量を約4分の1、化学薬剤使用量を500分の1に削減することに成功した。

スマイリーアースの数値削減表(同社調べ)。薬剤・水使用量は2007年時と2015年時の比較。化石燃料ゼロは2018年達成。産業廃棄物ゼロは2008年から維持(スマイリーアース提供画像を元に作成)

 まさにSTI for SDGsでタオル製造と地球環境の持続性を追求するスマイリーアース。同社は「SDGsものづくり企業」として、SDGsの17の目標のうち「つくる責任 つかう責任」「海の豊かさを守ろう」など9つを自社の挑むべき目標に掲げている。

 究極的には処理水を水資源として作物栽培などに再活用する循環システムを構築し、新たな時代のタオル工場「Nature Towel Factory」を実現したいと語る奥さん。今では地元の農家や漁業関係者など「水」でつながった人たちが奥さんの背中を押している。

ホウ素でがん治療に新たな光

 一方、SDGsには「すべての人に健康と福祉を」という目標もあり、医療分野でもSTI for SDGsに期待が高まっている。大阪府立大学BNCT研究センターは、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT:Boron Neutron Capture Therapy)という新たながん治療法の普及に向け、産学官連携の中核を担っている。同センターが開発に携わったBNCT用医薬品は世界初の薬事承認を受け、2020年に保険適用となった。

 BNCTは放射線治療の一種だ。ホウ素医薬品を点滴してあらかじめがん細胞にホウ素を取り込ませ、エネルギーの低い熱中性子線を照射し、がん細胞を破壊する。正常細胞を傷つけずに済むことから、身体的な負担の少ない治療法として期待されている。

BNCT治療とホウ素薬剤 (大阪府立大学BNCT研究センター提供)

 BNCTの原理は1936年に米国で提唱され、研究は古くから行われてきた。しかし大阪府立大学BNCT研究センター長 兼 同大学研究推進機構特認教授の切畑光統さんは「BNCTの臨床応用を成功させるには2つのボトルネック解消が不可欠でした」と話す。

BNCTについて解説する切畑さん

 1つ目の課題はホウ素にあった。自然界には2種類のホウ素同位体、ボロン10(10B)とボロン11(11B)が1:4の割合で存在している。だが、熱中性子線に反応して分裂するのはボロン10のみ。つまり天然に20%しかないボロン10の濃縮技術が必要だった。

 日本でそれが可能だったのが、大阪市に本社を構える化学メーカー、ステラケミファだ。1999年、切畑さんが同社の社員だった浅野智之さんと出会ったことでBNCTを見据えたホウ素化合物の開発は本格化。そして現在、国内で唯一BNCT専用医薬品を手がけるのは、ステラケミファの子会社であり、浅野さんが会長を務めるステラファーマだ。

何よりも「人の和」に恵まれた

 他にも関西には、世界のBNCT研究をリードしてきた京都大学複合原子力研究所をはじめ、医学、薬学、物理学などの各分野でBNCTの研究機関が集積している。この稀有な環境が開発を大きく後押しした。

BNCTの要素技術は大阪に集積(大阪府立大学BNCT研究センター提供画像を元に作成)

 そして、2つ目の課題は中性子の照射装置にあった。病院から研究用の原子炉まで患者をわざわざ運ぶのは現実的ではない。これをクリアしたのが、病院に併設できる小型の中性子発生装置を開発した住友重機械工業だ。

1:BNCT治療システムの全体像。陽子加速装置、陽子ビーム輸送装置、中性子照射装置が連なる 2:サイクロトロン。陽子ビームを取り出し中性子に変換する 3:BNCT照射室治療部 (1,2:住友重機械工業、3:大阪医科薬科大学関西BNCT共同医療センター提供)

 これまでの開発を振り返り、切畑さんは「天の時・地の利・人の和」に恵まれたと話す。地の利を得られたのは前述の通り、BNCTの要素技術が関西に集積していたことが大きい。そして天の時として重要だったのは、産学官連携を推進する時流だ。ステラファーマによる事業化開発は、2008年度から2014年度にかけてはJST、2015年度から2019年度にかけては日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けており、この産学官連携の拠点となったのが、大阪府大の中百舌鳥キャンパス内に2014年に開設されたBNCT研究センターだ。

 何より「人の和」に恵まれたと切畑さん。「この技術を患者へ届けるためにステラファーマを設立した同社の浅野さん、治験に協力くださった医師の皆さんなど関係者の思いが大きな原動力となりました」と話す。

 さらに今後は専門人材の育成に力を注ぎたいと切畑さんは意気込みを語る。「まずは適応がん種を拡大するため、今後も基礎・基盤研究を進める必要があります。一方で、技術だけを追うのではなく、我々を取り巻く地球環境という大きな視座から医療を見つめていくことも大切です。持続的発展のために、どのような思想体系を構築できるのか、そこに自分の専門性をどう生かすのか。これはまさに万博の思想と重なるところで、人材育成においても大切にしていきたいです」

グローバルでも異彩を放つ関西企業

 関西には他にも、伝統産業を継承しながら独自の発展を遂げる企業が多い。特定の商品やサービス分野で世界市場のトップ地位を確立している企業を選定する経済産業省の「グローバルニッチトップ企業100選」は、過去に2013年、2020年の2度開催され、2020年は113社が選ばれた。その中でも関西勢が活躍し、京都府、大阪府、兵庫県の3府県から21社が選出された。

 一方、世界で最も持続可能な企業100社を毎年ランキングする世界経済フォーラムの「Global 100 Most Sustainable Corporations in the World (Global 100 Index)」では、2021年、日本から5社がランクイン。ここでも関西発の企業が存在感を示した。6年連続で選出された武田薬品工業は大阪市で創業、4年連続の積水化学工業も大阪市に本社を構えている。

 SDGs達成に向け、世界をけん引していくパワーが関西にはある。大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の実現には、私たち一人ひとりの行動も不可欠だ。次の世代にどのような地球を引き継ぐのか、今こそ科学技術と人類のこれからを考えていきたい。

奥龍将(おく・たつまさ)

奥龍将(おく・たつまさ)
株式会社スマイリーアース代表取締役社長。2017年ウガンダ共和国政府公認コーディネーター就任。2018年第7回ものづくり日本大賞経済産業大臣賞受賞。2019年在ウガンダ共和国日本国大使館第1回在外公館長表彰受賞。

切畑光統(きりはた・みつのり)

切畑光統(きりはた・みつのり)
大阪府立大学BNCT研究センター長、同大学研究推進機構特認教授。博士(農学)。大阪府立大学大学院農学生命科学研究科・生命環境科学研究科教授を務め、定年退職後、同大学21世紀科学研究機構特認教授を経て現職。

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