11月19日(木)、「サイエンスアゴラ2020」において、「STI for SDGs」アワードの表彰イベントがオンラインで開催された。これは科学技術イノベーション(Science, Technology and Innovation:STI)を活用して社会課題を解決する地域の優れた取り組みを表彰する制度で、科学技術振興機構(JST)が昨年度創設した。本年度はコロナ禍にも関わらず35件の応募があり、文部科学大臣賞、科学技術振興機構理事長賞、そして優秀賞2件の計4件が受賞。いずれも弱点の克服を起点とし、弱みを強みに変えた革新的な取り組みだった。
最初にJSTの佐伯浩治理事が、「受賞した4件は、いずれもSDGsの柱とも言うべき『誰一人取り残さない』の精神を具現化しており暖かみを感じる。このセッションが未来のLifeについて考えるきっかけになればうれしい」とあいさつ。続いて、JST「科学と社会」推進部の荒川敦史部長は、昨年ブダペストで開催された第9回世界科学会議の宣言のひとつ「Science for global well-being」に触れ、「科学技術が人々の幸福や快適さに寄り添っていくことがますます重要になってきている」と述べた。
車いすでも可能性を狭めたくない
受賞内容の発表はまず、文部科学大臣賞に輝いた「みんなでつくるバリアフリーマップ『WheeLog!』」の取り組みについて、一般社団法人WheeLog代表理事の織田友理子さんが説明した。織田さんは病気のため26歳の時から車いす生活をしているという。織田さんは「車いすでもいろいろな可能性を狭めたくない。バリアフリー情報を提供することで、誰もが住み続けられる社会を目指したい」と思いを熱く語った。
車いす利用者の移動に特化したスマートフォンアプリ、WheeLog!は、カメラや衛星利用測位システム(GPS)機能を活用し、車いす利用者に有益なスポット情報を写真やコメントで共有できる。車いすの走行ログの記録も可能だ。ゲーム性を取り入れ、現在の利用者は2万8000人。そのうち、健常者が7割を占めているという。このように、移動に困難を抱えていない人たちまで巻き込んだ活動が、真のダイバーシティー(多様性)を実現していると高い評価を受けている。
「車いすで外出すると、人の手を煩わせてしまうのではないかと思ってしまうが、車いすでも外に出て、自分が動くことで社会貢献できる」と織田さんは続ける。「このアプリで自分の行った場所や行ける場所を投稿して、誰かのためになっているのはすごくうれしい」という車いす利用者の声は印象的だった。
安心・安全な妊娠・分娩を世界中に
続いて発表したのは香川大学特任教授の原量宏さん。科学技術振興機構理事長賞を受賞した「超小型モバイル胎児モニターを用いて安心・安全な妊娠・分娩(ぶんべん)を実現する」について紹介した。産婦人科医である原さんは、長年、新生児死亡率を改善し、胎児とお母さんの命を守ることに取り組んできた。その結果、香川県の妊産婦・周産期死亡率は30年かけて、全国ワースト5からベスト5へと大きく改善されている。
「妊産婦死亡率を低減させるためには胎児をいかに元気な状態で産むかが重要です。そのためには胎児モニターを利用した妊娠中からの継続的な診断が必要。私たちは2006年に胎児モニターを小型化し、離島やへき地へも持ち運べるようにしました。そして、2019年に超小型モバイル胎児モニター(iCTG)を開発したことで、ネットワークを有効に活用して、リスクの高い妊婦を早めに中核病院へ送れるようになりました」と原さんは取り組みを振り返った。
世界には産科医や助産師が不足して、安心・安全に妊娠・分娩できない地域も多く、また、先進諸国でも産科医の減少や都市部への偏在による「医療格差」が発生している。iCTGは既に国内の40カ所以上で利用されており、発展途上国に対しても国際協力機構(JICA)や国連の支援により広がりつつある。また、最近は新型コロナウイルスを避けるため、院内の分離や妊婦の通院回数削減にも貢献している。遠隔医療の推進、医療格差の解消、ひいては貧困の解決にもつながると期待は大きい。
1ミリリットルの尿検査でがんを早期発見
優秀賞に輝いた「独自デバイスを用いた尿中miRNAの網羅的解析による高精度がん早期発見」については、Craif株式会社代表取締役の小野瀨隆一さんが発表した。実は小野瀨さんは技術者ではなく、STIの専門家でもないが、すぐれた研究開発を社会課題の解決につなげたいとスタートアップビジネスに挑戦したという。
Craifは独自デバイスを用いて、わずか1ミリリットルの尿で高精度に肺がん・脳腫瘍の早期発見が可能となるプラットホームを開発。現在、がんによる死亡者は世界で約1000万人と言われるが、その一方でがん検診は高度でも十分に普及していない。この手軽な取り組みはがんの早期発見につながるインパクトがあり、STIの活用、革新性・独創性において高く評価されている。
雨は流せば洪水、ためれば資源
最後の発表は福井工業大学教授の笠井利浩さんが、優秀賞の「赤島活性化プロジェクト~雨水活用による持続可能社会の模索~」について行った。笠井さんは「しまあめラボ」という名前で、雨水を積極的に利用していくプロジェクトを推進。「雨は流せば洪水、ためれば資源」であり、積極的に雨水を生かす社会への変革が必要だと訴える。
活動の拠点となった赤島は五島列島にある小さな島で、電気はあるが水道はなく、16人の島民は生活用水を全て雨水に頼っているそうだ。笠井さんらしまあめラボでは、教員2人、生徒6人が実際に赤島に行って、2017年には塩害を受けにくい場所に「雨畑」を設置。その後、雨水の水質処理システムやIoT制御技術を搭載した「自立分散型スマート雨水活用システム」を設置した。活動を振り返り笠井さんは、「まずは島民の人と仲良くなり、コンセンサスを得ることがシステムを導入するより大事」と言う。3年間地域密着で活動した点や自立分散型システムであることが、アワード受賞の重要なポイントだった。
コロナ禍は変革へのチャンス
それぞれの発表を受けて、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の蟹江憲史さんは、アワード選考委員長として本年度のSDGsの取り組みを振り返り、「コロナはマイナス面が多かったが、変革に向けての大きな気づきを与えてくれた。コロナ禍は変革へのチャンスという見方もできる。また、マスクと手洗いのように、一人一人の行動が社会を変えることもわかった。WheeLogの取り組みのように、自分のためにやっていることが人のためにもなるというところに、ヒントがあるように思う」と総括した。
また、アワードについて、「本年度の受賞案件はどれも、『誰一人取り残さない』というSDGsの基本をしっかりと考えている点、さらにデジタルの力をうまく活用して、社会課題の解決を目指そうとしている点が共通していた」と述べた。
活動は本気さと覚悟をもって、IからWEに
続くオンラインでのトークセッションには、本年度のアワード受賞者、昨年度のアワード受賞者、選考委員も参加し、司会進行はJapan Innovation Network ディレクターの小原愛さんが務めた。小原さんがアワード受賞者に取り組みのきっかけを聞くと、みんな身近な経験や気づきから活動を始めていると回答。「今回の取り組みは、みんな、弱みを強みに変えている」と選考委員長の蟹江さんはコメントした。
「活動を広めるためにどうすれば良いか」という質問には、WheeLogの織田さんが、「何を成し遂げたいかを明確にして、どれだけ社会が良くなるかを示すこと、その本気さと覚悟が大事」と発言し、他の参加者からも賛同の声が上がった。司会の小原さんは、「本気さと覚悟をもって、IからWEになっていくことが大切ですね」とみんなの声を集約した。
活動を水平展開するときの苦労、不足していることについて話題が及ぶと、昨年のアワード受賞者より、「コロナ禍でなかなか活動がしづらい。取り組みを知ってもらうためにオンライン工場見学などを実施している」「少しずつ新しい地域との連携も始まっているが、今の活動を知ってもらう場が少なく、取り組みを共有できる場があればうれしい」などの声が寄せられた。
大阪・関西万博は多様な参加者で共創を
最後に2025年日本国際博覧会協会・審議役の檜垣亨さんが2025年日本国際博覧会(以下、大阪・関西万博)について紹介した。
「2025年4月13日から約6カ月間、『いのち輝く未来社会のデザイン』をテーマに大阪で万博が開催されます。今回はSDGsの達成に貢献することを目指して、多様な参加者が主体となって創っていく万博です。世界中から未来の実現に向けたいろんなアクションを『TEAM EXPO 2025』プログラムの『共創チャレンジ』として集めたいと考えています。皆さんもぜひいろいろな人と共創して活動を広げてください」と檜垣さんは呼びかけた。
大阪・関西万博は優れた開発や取り組みを多くの人に広く知ってもらえる貴重な機会だ。昨年度始まったばかりの「STI for SDGs」アワードだが、大阪・関西万博とも連携し、多くの好事例をさらに力強く発信していくことを期待したい。
関連リンク
- 科学技術振興機構報 第1461号:令和2年度「STI for SDGs」アワード受賞取り組みの決定について
- サイエンスアゴラ2020「STI for SDGs ~地域の社会課題の解決を目指して」
- JST 未来の共創に向けた社会との対話・協働の深化「2020年度『STI for SDGs』アワード審査結果」