11月15日?17日に開催された国内最大級の科学フォーラム「サイエンスアゴラ2019」。そのキックオフとして、シンポジウム「国研協による科学技術の連携で目指すSDGs」が行われた。主催した「国研協」とは、27の国立研究開発法人が加盟する「国立研究開発法人協議会」のこと。このシンポジウムは、2016年の国研協設立以来、初めての公開イベントでもあった。
この日は、「多様な分野の技術が連携することで、どのような未来が創造できるのか」を問うために、“科学者集団”ともいえる国立研究開発法人によるSTI for SDGs(SDGs達成のための科学技術イノベーション)の推進事例が、科学技術振興機構(JST)など11機関から紹介された。
開会挨拶に立った国研協会長の中鉢良治さん(産業技術総合研究所(産総研)理事長)は、「SDGsの達成を、国研協が連携して主導していきたい」との意欲を示し、「このシンポジウムがさまざまな取り組みを加速させるきっかけにしたい」と語り、続いて各機関からの手短なプレゼンがあった。
研究者と社会の「共創」が不可欠——SDGsを目指す研究開発の全体像
トップバッターを務めたのは、JST理事の佐伯浩治さん。冒頭、SDGsは社会が抱える課題を包括したものであることを指摘。複合的にからみあった課題を解決するために、科学技術イノベーションが必要だと説明した。
STI for SDGsの具体例として紹介されたのは、地球規模課題対応国際科学技術プログラム(SATREPS)。JSTと日本医療研究開発機構(AMED)、国際協力機構(JICA)が協働して国際的な課題解決に取り組むもの。世界51カ国で145のプロジェクトを実施してきた。
その過程で痛感したのは、研究者と社会側のステークホルダーによる「共創」が不可欠だということ、と佐伯さんは言う。そこでJSTでは、共創によるSTI for SDGsの取り組みも推進している。サイエンスアゴラもその1つで、研究者とステークホルダーの出会いの場となっている。今年度から、新たな表彰制度(「STI for SDGs」アワード)や支援プログラム(SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs))を創設したことにも言及した。
持続可能なエネルギーシステムを実現へ——SDGs7の取り組み
SDGs7で目指すのは、すべての人がクリーンエネルギーを使える社会。つまり、再生可能エネルギー(再エネ)を有効活用する「低炭素社会」だ。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)次世代電池・水素部統括研究員の大平英二さんは、低炭素社会のカギを握るのは「水素」だと語る。水素はCO2を出さないクリーンエネルギーとしての価値が認められており、持続可能なエネルギーシステムの構築にも欠かせない。
さらに注目されているのが、「Power to Gas」と呼ばれるエネルギー貯蔵・利用技術。発電量のコントロールが難しい再エネ由来の電力は、ときに過剰供給に陥る。この余剰分を水の電気分解で水素やメタンなどの気体燃料に変換し、貯蔵・利用しようというものだ。NEDOも「福島水素エネルギー研究フィールド」(福島県浪江町)で実証運用をしながら、複雑化するエネルギーシステムの中での水素の利活用に取り組んでいる。
続いての登壇者は、産総研理事の小林哲彦さん。再エネの大量導入に不可欠な「蓄エネルギー技術」について語った。NEDOのPower to Gasに引き続いて紹介されたのが、「Power to Chemicals」と呼ばれる技術。変動性の高い再エネを、化学的なアプローチで用いて化学物質へ変換しようという狙いだ。
Power to Gasによる水素はもちろん、将来的には人工光合成により生まれた電力をギ酸やメタノールに変換し、蓄積する研究も進めているという。産総研でも「福島再生可能エネルギー研究所」(福島県郡山市)での実証を繰り返しながら、社会実装を目指している。
レーダー・衛星で防災・減災——SDGs11の取り組み
SDGs11「住み続けられるまちづくりを」への取り組みとして、防災先進国といわれる日本における防災・減災技術の開発事例が紹介された。情報通信研究機構(NICT)電磁波研究所リモートセンシング研究室室長の中川勝広さんが紹介したのは、「フェーズドアレイ気象レーダー」だ。
従来のパラボラアンテナと比べて10倍も高速化し、かつ3次元スキャンもできるレーダーで、わずか30秒ほどで雨雲の立体構造を観測できるという。このレーダーで上空の「豪雨のたまご」を早期に探知できれば、雨が降る前に豪雨を予測できる。つまり、観測時間の短縮が、防災・減災につながるというわけだ。
続いて、防災科学技術研究所(防災科研)国家レジリエンス研究推進センター 研究統括の酒井直樹さんが、衛星を使った災害対応のイノベーションとして、台風19号の被災解析・予測を例に、衛星データ活用の重要性を説いた。酒井さんは、防災・減災には、必要なとき、必要な情報を、必要な形で届けることが重要なのだと強調する。情報があれば、それにふさわしい災害対応がとれるからだ。既に研究機関や大学、企業など21機関が共同で研究開発を進めている。今後、世界各国の衛星を活用するためには、さらなる国際的な協力が欠かせないと述べた。
農業と林業が気候変動を緩和——SDGs13の取り組み
SDGs13では、気候変動への対応として、温室効果ガスを出さない脱炭素社会の実現を目指している。次の2つは、その目標に向けた取り組みだ。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)農業環境変動研究センター温暖化研究統括監の白戸康人さんは、「農業は気候変動に影響されるが、気候変動を加速させてもいる」との指摘から始めた。
あまり知られていないが、水田からは温室効果ガスのメタンが発生している。稲作を続ける以上、避けられないことだが、発生を抑えることはできるという。農研機構は、稲の生育をよくするために水田から水を抜く「中干し」と呼ばれる過程を、通常より1週間ほど延長するだけでメタンの発生を約30%削減できることを見出した。
農家に負担もかからないこの方法を、国内全ての水田で行うと、国内のメタンガス排出量を約14%削減できる試算もある。これを世界中の水田へと展開できれば、温室効果ガスの大幅な抑制につながると、将来像を示す。この取り組みは、前述したJSTの「STI for SDGs」アワードで優秀賞を受賞している。
森林研究・整備機構理事の坪山良夫さんは、「森をまもる、森をそだてる、森をつかう、森とくらす」の4つの視点から、循環型社会の形成や人類の持続可能な発展への貢献を目指していると語った。中でも、森林の多面的機能に関する研究を通じて、気候変動の影響評価技術の高度化と適応・緩和技術の開発に取り組んでいるという。
また、木材や木質資源の利用技術の開発にも取り組んでおり、その成果として、紙のストローとウッドプラスチックを紹介した。どちらも木材の成分を使って開発された。ほかにも、スギの成分「リグニン」からは車の部材、「セルロースナノファイバー」からは耐候性の高い塗料も完成させた。こうした新しい製品の開発を通じて、気候変動の緩和のみならず、プラスチック(ごみ)の削減にも挑戦している。
豊かな海を守るために——SDGs14の取り組み
「海の豊かさを守ろう」と謳うSDGs14では、現在世界中で大きな問題となっている海洋プラスチックごみへの対策と、海洋資源を守る取り組みが紹介された。海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋生物環境影響研究センター長の藤倉克則さんによると、把握できている海洋プラスチックごみは、海面に浮遊する実に1%のみで、ほとんどが行方不明だという。残る99%は、深海に沈んでいると考えられている。
そこでJAMSTECでは、光を波長ごとに分光して撮影できる「ハイパースペクトルカメラ」を使って、効率的に深海に沈むプラスチックごみを計測する技術の開発に取り組んでいる。海洋プラスチックの分布を知り、将来を予測することが、拡大防止につながるからだ。
続いて、理化学研究所環境資源科学研究センター(CSRS)バイオプラスチック研究チームリーダーの阿部英喜さんが、新しい材料でSDGsに貢献できると語った。化学メーカーのカネカと共同開発したバイオポリマーは、100%植物由来。海洋中で生分解されるため、生態系への影響を及ぼさないプラスチックとして注目されている。現在は生産力の増強を図っており、私たちにも身近な素材となるかもしれない。
ほかにも、空気中だけでなく、水や酸性・アルカリ性水溶液の中でも自己修復性能や形状記憶性能を発現する新しい機能性ポリマーの開発にも成功した。繰り返し変形させても機能は低下しないという。化石資源やプラスチックの使用量を減らし、プラスチック資源の循環に変化を起こすことができれば、海洋プラスチックごみや二酸化炭素の削減へつながると期待されている。
水産研究・教育機構(水研機構)顧問の大関芳沖さんが紹介したのは、「SH“U”Nプロジェクト」。目指すのは、おいしい魚をいつまでも食べ続けられる社会だ。魚が生まれ育つ環境も、消費する環境も持続可能でなければならない。そのためには、漁業者から消費者までが、魚を取り巻く状況を知る必要がある。
そこでSH“U”Nプロジェクトでは、海から食卓へとつながる魚の流れを「水産システム」と名づけ、水産資源が循環しているかを公表することにした。誰もが魚や漁業を身近に感じられるようにと、スマートフォン向けアプリケーションも公開している。
こうした研究成果は、アウトリーチ活動によってSDGs2(飢餓をゼロに)・8(働きがいも経済成長も)・14(海の豊かさを守ろう)にも貢献できると、大関さんは展望した。
地域を巻き込み、双方向で——SDGsを社会に生かす取り組み
国立環境研究所(NIES)社会環境システム研究センター長の藤田壮さんは「SDGs未来都市」を紹介。日本独自の枠組みで、SDGsへの取り組みが評価された全国60の自治体が内閣府からの指定を受けている。
NIESは、各地のパイロット事業の設計や将来シナリオの算定などを、SDGsに基づいた指標で定量的に評価できるツールを開発して、自治体へ提供している。社会科学・社会工学の領域とも融合した取り組みだ。具体的な事例として、福島県新地町の地域エネルギー事業を挙げた。ドイツで盛んな「シュタットベルケ(各種エネルギーや交通などの公共インフラを一手に担う公社)」をモデルに、エネルギーを交通や生活情報と連携させるシステムの構築が検討されているそうだ。
加えて、研究者が社会と対話する重要性を指摘し、今までは研究室で完結していた将来シナリオのシミュレーションに地域の人たちを巻き込みながら、ICT(情報通信技術)を使って双方向で進めていきたいと意欲を語った。
閉会挨拶は、国研協連携協力分科会会長で、シンポジウム開催の幹事を務めた農研機構理事長の久間和生さん。国研協が連携してSTI for SDGsを推進していく決意を改めて示し、国研協にとって初めての公開シンポジウムは幕を閉じた。
11機関の取り組みは、いずれも私たちの暮らしと密接に結びついている。しかし、専門家に任せきりで、無自覚ではなかったか。SDGsが「誰一人取り残さない」と掲げている以上、17の目標と私たちは無関係でいられない。科学が社会のためにあるのならば、研究開発とも無関係ではない。
本シンポジウムでは、STI for SDGsがつくりだす未来に希望を見ることができた。社会の一員として、サイエンスライターとして、「国研協の連携」と「社会との共創」にこれからも期待したい。