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新型コロナ、インフル並みの感染症法上の5類に 対策の大転換に流行再拡大の懸念も

2023.05.09

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが8日、季節性インフルエンザと同じ5類に移行した。感染者に一律求めてきた法に基づく外出自粛要請はなくなった。今後は発症翌日から5日間の自宅療養は推奨されるものの、基本的には個人の判断、選択に委ねられる。医療費は高額な治療薬代などを除き原則自己負担になる。松野博一官房長官は8日午前の記者会見で「ウイルスの特徴が直ちに変わるものではない。今後ともご理解とご協力をお願いしたい」と述べ、国民に引き続き自主的な感染対策に留意するよう呼びかけた。

新型コロナウイルス感染症が感染法上の5類に移行した8日午前記者会見する松野博一官房長官(首相官邸/内閣広報室提供)
新型コロナウイルス感染症が感染症法上の5類に移行した8日午前記者会見する松野博一官房長官(首相官邸/内閣広報室提供)

 国内での感染者が初めて確認された2020年1月15日から3年4カ月近くが経過。この間3300万人以上が感染し、7万4000人以上が亡くなった。新たな病原性の高い変異株は登場しておらず、ワクチンの普及により重症化する人の割合が減ったことなどから、政府は感染防止対策の大転換に踏み切った。しかし、新型コロナウイルスが消えてこの感染症との闘いが終わったわけではない。流行の再拡大と医療現場を中心とした混乱を懸念する専門家は多い。

 4月以降、5月に入ってからも感染者はわずかながらも増える傾向にある。まだ「アフターコロナ」ではなく、ウイルスとの共存が続く「ウィズコロナ」だ。新規感染者数は定点医療機関の報告に基づいて公表されるが、日々の正確な感染の広がりは分かりにくくなった。正しい情報に基づく一人一人の判断と自己管理が求められる。

個人、事業者の判断が基本に

 感染症法はさまざまな感染症を感染力や重篤性などにより、1~5類に分類し、感染拡大を防止する対策を定めている。新型コロナウイルス感染症はこれまで「新型インフルエンザ等感染症(2類相当)」に位置付けられていた。

 厚生労働省によると、5類移行に伴う主な変更点は「政府としては一律に日常の基本的感染対策は求めない」「感染者や濃厚接触者に感染症法上に基づく外出自粛は求めない」「受診可能医療機関は限定機関から幅広い機関に拡大」「医療費は健康保険が適用され1~3割自己負担が基本」などだ。

 つまり感染対策は個人、事業者の判断が基本になった。厚労省は「感染対策上の必要性に加え、経済的・社会的合理性や持続可能性の観点も考慮して感染対策に取り組んでください」としているが、具体例はなく分かりにくい。感染の状況や周囲の環境は個々に異なるので個別に判断してほしいという。

新型インフルエンザ等感染症(2類相当)(左)と5類(右)の扱いの違いの概略を示す図(厚生労働省提供)
新型インフルエンザ等感染症(2類相当)(左)と5類(右)の扱いの違いの概略を示す図(厚生労働省提供)

 医療費について政府は、急激な負担増を避けるため、医療費の一部への公費支援を9月末まで継続する予定だ。外来診療では抗ウイルス薬のモルヌピラビルなど高額な治療薬代が対象。入院費は毎月の自己負担額に上限を設ける「高額療養費制度」を適用し、そこから最大2万円減額する方針だ。

 マスクの着用については既に3月13日から個人の判断に委ねられているが、厚労省は医療機関受診時や高齢者施設訪問時、通勤ラッシュ時の電車内や感染した場合に重症化リスクが高い人などについては着用を推奨している。また手洗いや手指衛生についても「一律に求めない」としつつ「感染対策として有効」としている。

引き続き医療機関やラッシュ時の電車内などでマスク着用を勧める厚生労働省の図(厚生労働省提供)
引き続き医療機関やラッシュ時の電車内などでマスク着用を勧める厚生労働省の図(厚生労働省提供)

ウイルス特性示し「5日待機」勧める

 厚労省は感染者や濃厚接触者に対して法律に基づく自粛要請は求めなくなったが、新型コロナウイルスの特性を「参考情報」として示し、「5日間の自宅療養」を勧めている。

 参考情報として「個人差はあるが、発症2日前から発症後7~10日間はウイルスを排出しているとされる」「発症後3日間はウイルス排出量が非常に多く、5日間経過後は大きく減少することから発症後5日間は他人に感染させるリスクが高い」「発症5日目でも症状が続いている場合は、症状が軽快して24時間程度経過するまでは外出を控えて様子を見ることが推奨される」などを挙げている。

 また、感染者については、発症後10日間はマスク着用と高齢者との接触を控えることを推奨。濃厚接触者についても従来から一定の行動制限が求められていたが、法的な外出自粛は一切なくなった。

 ただここでも参考情報で「家族や同居者が感染したら可能であれば部屋を分け、感染者の世話はできるだけ限られた人で行うことなどに注意を」「(身近な)感染者の発症翌日から5日間は体調変化に注意し、7日間は手洗いなどの手指衛生やマスク着用を推奨」などとしている。

 このように推奨内容からも新型コロナウイルスの特性は全く変わってないことが分かる。このほか文部科学省は、学校の出席停止期間について従来の「発症後7日かつ軽快後1日」から「発症後5日かつ軽快後1日」に変更している。

オミクロン株(従来型)の電子顕微画像(国立感染症研究所提供)
オミクロン株(従来型)の電子顕微画像(国立感染症研究所提供)

外来対応の医療機関4.4万施設に

 厚労省は今後流行が拡大しても医療体制の確保には万全を尽くすとの立場だ。同省が公表した移行後の医療提供体制の概要によると、外来診療をする医療機関は移行前より約2000施設増えて約4万4000施設となる。同省は「限られた医療機関の特別な対応から、幅広い医療機関による通常の体制に移行する」(4月27日の加藤勝信厚労相会見)と強調している。

 政府は5類移行後の外来診療体制を一般の内科・小児科なども含めた最大約6万4000施設に増やす計画を進めていたが、この目標には届いていない。同省は今後も外来対応機関を増やす方針を強調している。

 一方、入院医療体制では、移行後9月末までは約7300の病院と約1000の有床診療所の計約8300施設が最大計約5万8000人を受け入れる予定だ。同省は感染力が強いオミクロン株が流行した時期の最大入院者数は約5万3000人で、これを上回るとしている。

 厚労省によると、これまで病床が確保されている医療機関は、重症者・中等症Ⅱの患者用に約2万3000人分。受け入れ経験がない施設を含めた医療機関が軽症の入院患者ら計約3万4000人分を担うという。

 ただ、移行前の診療報酬の特例措置や患者受け入れ施設を増やすための病床確保料などは見直される。このため、厚労省が目指す医療体制が流行の再拡大時でも確保できるかは見通せないと指摘する専門家もいる。

診療所には厳しい患者受け入れ

 発熱などの症状が出てもこれまでのように保健所や自治体がきめ細かく指示やアドバイスをしてくれる体制は終わった。5類移行後は規定上全ての医療機関で受診や入院ができるはずだが、現実は厳しい。自宅や職場に近い診療所は便利とはいえ、こうした小さな医療機関全てが診断してくれるわけではない。

 これまで季節性インフルエンザ患者を受け入れてきても「新型コロナが疑われる患者までは厳しい」と言う診療所は多い。施設の大きさの制限から患者同士の距離や動線の確保、換気の徹底などの対策も容易ではないからだ。

 川崎市の郊外にある診療所の院長(71)は「うちは医師が私だけで、看護師は2人で事務の人も常勤者は少ない。新型コロナはあっという間に診療所内で広がるので申し訳ないが今の段階では発熱患者は受け入れられない」と話す。

 「発熱難民」が出る心配があるため、厚労省は発熱などの症状が出た場合どこへ行けばよいかが分かるよう、対応医療機関名を自治体が公表する仕組みにする予定だ。これからは自治体による検査キットの配布事業などもなくなり、無料で行われていた民間検査所でのPCR検査も有料になる。診断受け入れ医療機関でPCR検査や抗原検査を受けた場合も窓口負担1~3割必要になる。ただ高齢者施設などで感染者が出た場合の検査は「行政検査」として引き続き無料になる。

 一方、ワクチンについて厚労省は来年3月までは無料接種を継続する。重症化リスクが高い高齢者らは5月8日からと9月からの2回無料接種し、これ以外の全年代の人も9月以降接種を行う方針だ。

引き続き高齢者らに接種される予定のファイザー製ワクチン(ファイザー提供)
引き続き高齢者らに接種される予定のファイザー製ワクチン(ファイザー提供)

WHOも緊急事態宣言を終了

 WHOのテドロス事務局長は5日、新型コロナウイルス感染症を巡る緊急事態宣言(期間)を終了すると記者会見で発表した。同宣言は2020年1月30日に出されてから3年3カ月余りで終わり、世界的な新型コロナ対策も大きな節目を迎えた。

 テドロス氏は「緊急事態が終るのは大きな希望だが、世界的な保健上の脅威が終わったことを意味するわけではない」と強調。「世界中の何千人もの人が病院の集中治療室で闘っている。新型コロナウイルスはまだ変化している。新たな変異株や亜種が出現するリスクは残っている。(この宣言をきっかけに)各国は警戒を緩めたり、これまで構築した(感染防止の)システムを解体したりするのは最悪だ」などと警告した。

 その上で「各国は緊急対応の局面から他の感染症とともに新型コロナ感染症を管理していく段階に移行する時が来たということだ」と述べ、引き続き警戒を呼びかけた。テドロス氏は4日に開かれた専門家による緊急委員会の助言を受け入れる形で宣言期間を終える判断をしたという。

 同氏は宣言期間を終える根拠として、ワクチン接種の普及と感染者の増加で人々の免疫力が高まり、死亡率や重症化率が下がったこと、さらに各国が各種規制をほぼ撤廃して日常生活が戻りつつある現状などを挙げた。日本政府が5類に移行した判断根拠とほぼ同じだ。

 WHOによると、3日時点で世界全体の累計感染者数は7億6500万人を超え、死者は約700万人に達している。週間死者数は21年1月には10万人以上だったが、今年2月以降は1万人を下回っていた。

WHOの緊急事態宣言の終了を発表するテドロス事務局長(WHO提供)
WHOの緊急事態宣言の終了を発表するテドロス事務局長(WHO提供)

大規模な第9波を予想する専門家も

 厚労省はこれまで感染者数の全数を把握し、毎日公表していたが、移行後は全国5000ほどの定点医療機関から1週間分の報告を取りまとめて翌週金曜日1回だけの公表になった。初回は5月19日で、8~14日分の感染者数が示される見通しだが、都道府県ごとの新規感染者数をメディアが毎日速報することはなくなった。このため感染者が減っているのか増えているのか日々確かめられなくなっている。

 厚労省に新型コロナウイルス対策を助言する専門家組織の脇田隆字座長(国立感染症研究所長)、西浦博・京都大学教授ら有志4人は4月19日の会合で「今後、流行の第9波が起こり第8波より大きな規模になる可能性も残されている」などとする見解を示した。5類移行後も流行再拡大がある可能性があるとした根拠として、国内の感染した人の割合が低いことや対策の緩和などを理由に挙げた。この組織は20年7月以降ほぼ毎週会合を開き、感染状況のリスク評価を行い厚労省に助言してきた。会合は121回を数えた。

脇田隆宇氏
脇田隆宇氏

 見解は、日本は高齢化率が高く、死者数が「他国と比べても多い状況で推移する可能性がある」と指摘。高齢化の進んだ地方に流行の中心が移り、死者数を押し上げることもあり得ると警告した。さらにワクチンの追加接種や介護・医療現場の感染対策など「死亡リスクの高い高齢者や基礎疾患がある人たちへの対策を継続する必要がある」としている。

 脇田氏らが見解の中で強調したのは、新型コロナは今後も季節性インフルエンザと同じように一定の季節に一定規模の流行を繰り返す可能性が高いものの、新型コロナはインフルエンザとは異なる疫学的特徴を持っており、同一視しては危険ということだ。

国は動向データを迅速、正確、適切な形で提供を

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は2日、共同通信のインタビューで5類移行について「社会を動かす時期に来ているとの考えには賛成だ。法律で人々の行動を縛ったり感染者をすぐ隔離したりする時期はもう過ぎつつあると考えていた」と理解を示した。

 その上で「まだ普通の病気にはなっていない。致死率は確かに低くなっている。インフルエンザのような季節性はなく、流行がずっと続いている。ウイルスは変化の途中だ。予測ができない」と述べた。そして5類になったからといって感染者や重症者がすぐにゼロになるということはない。感染がまたいつ急激に増えるか分からない。動向を把握することは当然国の責任だ」と指摘している。

尾身茂氏
尾身茂氏

 政府は今回の新型コロナの対策や政策の大転換について「法律に基づき行政がさまざまな要請・関与をしていく仕組み」から「個人の選択を尊重し、国民の自主的な取組みをベースにしたもの」に変わると定義している。

 5類に移行した8日午後、東京都内を歩いた。飲食店は仕切りのアクリル板を取り外した店が多い。店員のマスク着用率は店によってまちまちだ。新宿や渋谷などのターミナル駅周辺は比較的若い人が多いせいか、マスクをしているのは6、7割程度だろうか。移行前よりは減った印象だ。一方、神奈川県の郊外や電車内になると、老若男女のまだ7、8割程度の人がマスクをしていて移行前と大きな変化は感じられなかった。流行の再拡大がなければこの割合も徐々に減っていくだろう。

 マスクの着脱を含め個人の適切な行動判断は、正確な情報があって初めて可能になる。尾身氏も指摘しているように政府には新型コロナを巡るさまざまな最新データを迅速に、正確に、適正な形で提供することが求められる。そして3年超の新型コロナとの闘いの経緯をしっかり検証した上で得られた教訓を踏まえ、次の感染症のパンデミック(世界的流行)に備える必要がある。

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