東日本大震災を起こした東北地方太平洋沖地震が発生して8年が経過した。今年も3月11日の周年の日を迎え、被災者だけでなく、日々日常に追われる全国の多くの人々も巨大地震や巨大津波の恐ろしさを思い起こした。「3.11」に先立つ2月26日。政府の地震調査研究推進本部・地震調査委員会が東北から関東地方沖の日本海溝沿いの海域を震源とするマグニチュード(M)7〜8の大地震が今後30年以内に起きる可能性が高い、とする予測を公表した。同委員会は日本海溝以外の海溝型地震のほか、全国の主な活断層型の地震の長期評価も実施して「全国地震動予測地図」として公表している。地震は自然現象だ。美しい景観と恵を与える自然も時に残酷な災害をもたらす。地震と震災は違う。日本は「地震大国」で、地震を防ぐことはできなくとも、震災を小さくすることはできる。今回の予測は「東日本大震災8年」に合わせるように公表された。その内容を重く受け止めたい。大きな地震が東北地方だけでなく、全国のどこで起きてもおかしくないことを再認識し、強い揺れに対する「備え」を改めて徹底する機会にしたい。
地震調査委員会の平田直委員長(東京大学地震研究所教授・同研究所地震予知研究センター長)は今回の予測公表に際して「東北地方の太平洋側の皆さんは(巨大地震があったので)しばらく地震がないと思わずに再び強い揺れや高い津波が来るということを十分考慮して大きな被害が出ないようにしていただきたい」と警戒を呼びかけた。2万人近い死者・行方不明者を出した東北地方の人々にとって厳しく過酷な響きがあるが、震災の被害を少しでも低減するための重い警告だ。
地震調査委員会は、海溝や活断層などにより繰り返し起きるとされる地震の規模や危険度に関する予測を長期評価し、さまざまな地域の「地震発生確率値」として公表している。確率値は主に「30年以内の発生確率」のパーセント数値で幅を持たせて発表している。同委員会は今回、東日本大震災がその後の地震に与える影響に関する最新の研究データを加味して大震災の年の11月にまとめた長期評価(発生確率値)を再改定した。地震調査委員会では、地震発生確率値が「26%以上」は地震が起きる可能性が「高い」、「3〜26%未満」を「やや高い」、評価できない場合は「不明」と分類している。今回は大半が「高い」との予測になっている。
被災地・宮城県沖で今後30年以内にM7.0〜7.5級の大地震確率は90%
公表内容によると、東日本大震災と同じ場所を震源とするM9程度の超巨大地震が発生する確率は「ほぼ0%」となった。しかし、宮城県沖で起きるM7.9程度の大地震については前回の「ほぼ0%」から「20%程度」になった。福島県沖のM7.0〜7.5程度の地震も前回の「10%程度」から「50%程度」に上がった。 また青森県東方沖や岩手県沖北部でM7.9程度の大地震の発生予測については「5〜30%」で前回予測と同じ確率になった。
巨大地震ではないものの、 M7.0〜7.5で大きな被害が出る可能性がある大地震については多くの地域で高い確率値が出されている。 青森県東方沖・岩手県沖北部と宮城県沖ではそれぞれ「90%以上」「90%」。茨城県沖では「80%」だ。M9程度の超巨大地震が起きる確率が「ほぼ0%」である半面M7.0〜8.0の大きな地震の危険度は高い—。どうしてこのような結果が出るのか少々分かりにくいが、地震発生メカニズムが異なるためだ。地震が起きるメカニズムは複雑だ。大雑把になるが、太平洋の下にある海側のプレートは、東北地方がのる陸側のプレートの下に沈み込んでおり、日本海溝付近では2つのプレートが接している。このため付近を震源とするM7〜8の大きな地震が起きるとされている。今回高い確率値が出た地震は、同じ海溝型でも複数同時に発生した連動型の巨大地震であった東北地方太平洋沖地震と比べてメカニズムは同一ではない。
地震調査委員会は2017年12月に、北海道東部沖の「千島海溝」で今後、大津波を伴うM8.8程度以上の超巨大地震について「切迫している可能性が高い」とする長期評価も公表している。千島海溝沿いでは、道南東沖から北東に延びるプレート境界の3つの震源域が想定されている。対象震源域では巨大地震が約400年前に発生し、大津波は海抜20メートルを超えた、と推定された。同委員会が多くの分析資料などを検討した結果、約400年前のような超巨大地震が今後30年間に起きる確率を「7〜40%」と推計している。確率に幅ができたのは、確率を絞り込む情報を十分得られないためという。南海トラフ巨大地震については、M8〜9級の巨大地震が起きる確率は70〜80%とされている。
「全国地震動予測地図」で想定地震の規模が分かる
地震調査委員会は海溝型だけでなく主な活断層型地震も対象に地震の長期評価を行い、30年以内に震度6弱以上の揺れに襲われる危険性を示す「全国地震動予測地図」を公表している。ある場所がどのくらい地震の揺れに襲われるかを、全国規模で分かりやすく示している。昨年6月に公表された「2018年版」では、南海トラフ巨大地震が懸念される太平洋岸では例えば静岡市が70%、長大活断層が走る四国の高知市が75%。首都圏では千葉、横浜、水戸の各市で80%を超えている。昨年6月に震度6弱を観測した大阪府北部地震が起きた近畿地方の多くの地域で50%前後の高い数値が示されている。
地震学は「過去にどこでどの程度の頻度で地震が起きたか」を調べることが基本。「地震発生確率値」とは地震がどのくらいの頻度で起きるかの予測だ。例えば「30年以内に70%」と言われても具体的にイメージしにくい。「30年の間で0.7回起きる」ということだが、「0.7」を「30」で割って、「1年の確率」を出すのは間違いで、今日明日起きるかもしれないし、30年経っても起きない可能性もある。
マグニチュード(M)は地震そのものの大きさを示す。地震が発するエネルギーの大きさを対数で表した指標値で、揺れの大きさを表す震度とは異なる。Mが1増えると地震のエネルギーは31.6倍になる。首都圏で大被害が想定される首都直下地震はM7級とされている。東北地方太平洋沖地震はM9.0だった。一方、震度は「揺れの強さ」。マグニチュードが小さい地震でも震源から近いと地面は大きく揺れる。
「地震発生確率」は地震学の最新データが生かされているが、あくまで予測に過ぎない。防災について考える上でのポイントは地震と震災は違うということだ。同じ震度の地震でも地盤や建物の耐震性によって震災の規模は違ってくる。それほど大きくない地震でも地盤が軟らかいと揺れは大きくなる。建物の耐震性は極めて重要だ。
「30年以内にM7級が起きる確率は70%」と想定されている首都直下地震では、首都圏内に耐震性が低い建物が多いことが最大の懸念材料になっている。1都3県に約3千万人が住んでおり、数百万の建物が建っている。建物の中でも免震装置が完備されている高層ビルは大丈夫でも、震度6弱以上になると多くの木造家屋が倒壊すると予測されている。火災も多発するという。消火活動が対応できない可能性も指摘されている。
「減災」へ防災リテラシーや防災教育が重要
日本学術会議・土木工学・建築学委員会(委員長・和田章・東京工業大学名誉教授)は、 2017年の夏に「大震災の起きない都市を目指して」と題する提言をまとめている。この提言を公表したシンポジウムの席上、和田氏は次のように語っている。「都市も建築も土木構造物も発電所も、人間がつくるものについてはすべて、社会の仕組みと自然の持つ強さとの関係をよく考えないといけない。自然はぬかりがないので(防災などに関して)人間がやり残したところがあると災害をもたらす」「関東大震災から94年。当時ほとんどの犠牲者は火災で亡くなっている。ロンドンは大火を経験してその後『燃えない町』にした。日本は地震や空襲で何度も(多くの家が)燃えている。日本は木造の家をつくらざるを得ない事情もあったが、(その後の経過をみると)日本は(大震災などに対して)反省のない国だと 言わざるを得ない」。手厳しい指摘だがこの時期、傾聴に値する。
提言の項目である「土木建造物・建築物の耐震性確保策の推進」について、小野徹郎・名古屋工業大学名誉教授は、近年着工された建築物の70%近くが、審査が簡略化され、構造計算書を必要としない「四号建築物」で、しかも木造が多いために耐震性が十分でないことを指摘した。そして現行の品質確保法を活用してより高い耐震性能の住宅建設促進を求めている。
昨年だけでも6月に大阪府北部で震度6弱の、9月には北海道の胆振東部で震度7の、それぞれ大きな地震が起きて犠牲者を出した。大地震が起きるとその地域の多くの人が「自分たちの近くでこんなに大きな地震が起きるとは思わなかった」と述懐する。「天災は忘れた頃にやってくる」。この言業は故寺田寅彦博士による警句と伝えられている。多くの人は東北で起きた大震災だけでなく、九州・熊本県や北悔道で起きた大地震も忘れてはいない。だが、日々の生活の中で、大きな地震が大都市や地方で明日、いや今起きても不思議ではないことに考えが及ばない。
全国の多くの自治体は「ハザードマップ」を公開している。地域ごとに自然災害による被害予測や被害範囲が分かる。地震のほか、火山や台風・豪雨に関するさまざまな情報を検索できる。このため地域防災に役立つ。地震調査委員会の平田委員長は、昨年秋に開かれた講演会で、自然災害を「自分事」として防災に取り組むための基本的な知識をもつ「防災リテラシー」の重要性を指摘している。大地震に備えて避難経路の確認や備蓄などを急ぐことはもちろん、ひとりひとりが「防災リテラシー」を持つことが大切だ、と言う。平田氏はまた、国の将来を考える上で「防災教育」の充実が必要であることも強調している。震災被害を完全に防ぐ「防災」は難しくとも、震災を小さくする「減災」は十分可能だ。
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