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南海トラフではマグニチュード9の地震は起きない?

2013.02.04

 日本学術会議が1日、都心で学術フォーラム「自然災害国際ネットワークの構築に向けて:固体地球科学と市民との対話」を開いた。各報告者の持分は20分。できるだけ多くの研究者が話し、固体地球科学と社会のつながりを理解してもらう。時間が短いので報告者は本当に言いたいことだけ話す—。主催者側の意図が会場の参加者たちにもよく分かるフォーラムに見えた。

 一昨年3月11日の東北地方太平洋沖地震は、名前からして大半の地震学者たちにとって想定外だったことをうかがわせる。茨城から福島、宮城、岩手県の太平洋沿岸でマグニチュード(M)9のような巨大地震が起きることを予測していた地球科学者は、津波による堆積物を丹念に調べていたごく一部の地質学者くらいしかいなかったのではないだろうか。地震が起きてからいろいろ解説する研究者は多いが、これまで一般の人を納得させるような説明がなされているか疑わしい。例えば、同じ日本海溝沿いなのになぜ三陸沖だけでM8級の大きな地震が頻繁に発生し、福島、茨城沖になると少なかったのか、といった疑問を持つ人々は多いと思われる。

 このような観点からみると、池田安隆・東京大学大学院地球惑星科学専攻准教授の「超巨大地震のテクトニクス」と題する報告が非常に分かりやすかった。

 「過去100年間に起きたM7-8海溝型地震は、東北地方のひずみ解放には寄与していない」。池田氏の指摘に、まず驚いた聴衆が多いのではないだろうか。過去100年といえば「昭和三陸地震」(1933年、M8.1-8.4)、十勝沖地震(1968年、 7.9。十勝沖というけれど震源域は三陸沖北部)、三陸はるか沖地震(1994年、M7.6)といった地震が含まれる。太平洋プレートの沈み込みによって蓄積されていたひずみは、これらの地震によって少なくとも宮城県や岩手県の沿岸一帯では相当解消された、と研究者たちの多くが見ていたのではないだろうか。

 ところが、池田氏によると、東北地方で地質学的に観測されるひずみの速度(地質学的に確認されるひずみ量)は、測地学的に観測されるひずみ速度より一桁も小さい。これは過去100年で起きた大きな地震によっても解放されていない大きなひずみが残っていることを意味する。今回の東北地方太平洋沖地震は、東北日本の沈み込みプレート境界の深さ50-100キロのところにある固着面全体が滑ったもので、これによってひずみが解放された、ということだ。

 深さが50-100キロというのは、プレート境界では非常に深い区域を意味する。興味深いのは、沈み込む海底プレートの地下50-100キロに固着面があるというのは、東北日本の特徴であって、それは沈み込む太平洋プレートがとりわけ長い距離を移動してきたため長い時間をかけて十分に冷やされているから、ということで説明可能という。次に海溝型巨大地震が起きるのではと心配されている南海トラフは、年代の若いフィリピン海プレートの沈み込み帯だから、東北日本のように深さ50-100キロの固着面はない。従って、東海、東南海、南海地震が連動して発生することはあってもM9のような超巨大地震は起きないだろう、というのが、池田氏の見立てだ。

 こうした見方が一般市民にあまり知られていないと思われるのは、地震の発生予測の議論に地質学者の発信が少なかったからではないだろうか。次に心配されている南海トラフでの地震対策で、最も大きな地震を想定することに異論ある人はいないだろう。同時に、最悪のケースが何かということについて地球科学者同士のさらなる議論を求める人もまた多いと思われるが、どうだろう。

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