インタビュー

第2回「逃げないと2メートルの浸水でも8割死亡」(河田惠昭 氏 / 関西大学社会安全学部長、防災対策推進検討会議委員)

2012.08.10

河田惠昭 氏 / 関西大学社会安全学部長、防災対策推進検討会議委員

「復興は徹底した話し合いから」

河田惠昭 氏
河田惠昭 氏

東日本大震災を機に防災、特に自然災害対策に多くの人々の関心が高まっている。新聞やテレビを介した地震学者をはじめ防災研究者の発信量も急に多くなった。一方、6月に閣議決定された科学技術白書は、大震災を機に科学者・技術者に対する信頼感が低下したことを指摘している。科学者・技術者がそれぞれ個人の立場で発信する意見の中に、責任ある立場にある指導的科学者・技術者の見解が埋もれてしまっていると感じる人も多いのではないだろうか。中央防災会議「防災対策推進検討会議」は7月31日、「災害対策のあらゆる分野で「減災」の考え方を徹底することが大事だ」とする最終報告書を公表した。「防災対策推進検討会議」の有識者委員をはじめ複数の中央防災会議専門委員会で座長も務める河田惠昭・関西大学社会安全学部長に「今、急がれる論議」と「やるべきことは何か」を聞いた。

―防波堤の高さについて、実際に地元が決めるのは難しい面があるのではないでしょうか。50年くらいに一度程度の津波に対しても、それを越えられることもあり得ると想定して高さを決めるというのは。

堤防だけでなく、背後に盛土構造で「鎮魂の森」を造り、防潮林の効果も持たせるようにするといった対策を講じる必要があります。今回の津波では、松の防潮林では木の高さの半分を超えると根こそぎ持って行かれ、全く効果がないことが分かりました。海岸沿いに造る防波堤で津波を何メートル(m)まで減衰させて、その津波を背後の松林でどれぐらい減勢できるか、きちっとした評価をやるのです。そうすると、国道45号線の盛土の高さが3mでいいのか、3.5mにしないといけないかということが分かります。

それでもなおかつ浸水が心配な住宅地については、地盤の高さを上げる対策が必要となります。こうした情報が「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告書」に盛り込まれています。

―東日本大震災の被災地については、津波の印象が鮮明ですから比較的対応がしやすいかと思います。しかし、今回の地震並みの巨大地震発生が心配されている南海トラフ沿いの地域ではどうでしょうか。同じ考え方は適用できるでしょうか。

3月31日に中央防災会議の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」が報告した「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高について」(第一次報告)によると、高知県の黒潮町では最大、34.4mもの高さの津波の可能性があるとされています。まず津波というのは堤防を越えて市街地に氾濫が起こった場合、被害は「浸水の深さに左右される」ということが重要なのです。津波の高さが10mだろうと20mだろうと、あるいは5mだろうと、市街地に氾濫が起きて、深さが2m以上になったら逃げないと約80%の人が亡くなる場合が出てくるのです。つまり、津波の高さが10mだから20mの津波よりは安全だというわけではないのです。要するに、ある値を超えてしまったら、それ以上大きくなっても、死亡率は80%なのです。

報告書にあるように、とにかく避難しなければならないのです。ですから、例えば黒潮町では地震の10分後に津波が来た場合、逃げ切れるかどうかという話になるわけです。そこでまず、「犠牲者をゼロにすることはできない。できるだけ少なくする減災で行きましょう」という、われわれが報告書で強調した考え方に同意していただかないといけません。なぜかというと、ゼロにしようとすると、高さ50mの防波堤を造るか、潜水艦のような巨大な地下タンクを町の中に埋めて、防波堤を越えてきた海水をここに流し込むようなことでもしないと駄目だとなってしまいます。「減災という考え方で極力人的な被害とか、経済的な被害を少なくするようにしましょう。それが現実的」ということで、住民と行政が同意しなければいけないのです。

まず、その地域の「どこが一番危ないのか」を評価することが重要になります。34.4mの津波が来た場合に、黒潮町全体がやられるわけではないのです。現在の計算は50m間隔ですが、政府は8月下旬に、10m間隔のもっと細かな計算結果を出す予定です。そうすると、やってくる津波の高さとその影響にさらされている人々の数が出て来ます。どういうやり方をすれば人的な被害を少なくできるのか、という考え方が次に出てくるのです。そこで、一番簡単なやり方で、たくさん助かる対策から優先的にやっていくという道が見えてくるわけです。

―さまざまな対策を単に羅列しただけでは、効果が期待できないということですね。これまでの防災計画は、全てそのような印象を受けますが。

はい。大学の入試と一緒で、例えば6つ問題が出て、難しいところからやって解けなかったら零点になってしまうではないですか。だから、一番簡単にできそうなところから努力していただくことが肝心です。「これによって何人の住民が助かる」、次の地区も「こういうやり方で何人が助かる」という詰めをやっていただくことが大事です。

―「何人か犠牲者が出るのはやむを得ない」という前提に、自治体などは臆(おく)するのではないでしょうか。

事前にはやっていません。日本というのは、起こる前にそんなことをやるなんていうことが許されなかったからです。私は東日本大震災が起こる前から、高知県とか、三重県の沿岸集落の方たちに「南海地震とか、東南海地震はまた必ず来ます。地震が来たときに計画を作るようでは手遅れですから、事前に復興計画を作ってください」と言い続けてきました。しかし、「先生、そんなもの来やせんのに、無理だ」と言うのです。

「それはそうだろうが」と、分らないわけではありません。でも、この東日本大震災の惨状を見ると、「やられたらどうする」というよりも、やられる前に計画を議論しておけば、助かる人間が増えてくるではないですか。もっと言うと、「自分の住んでいる地域ではこの地区が一番危ないのだな」という自覚を持っていただいたら、避難勧告が出たらすぐに逃げてくれますよね。今回の津波では、結局、なんやかんや言って、40%の住民はすぐに避難しなかったのです。

―それは「高を括っていた」ということでしょうか。

そうでもないのです。例えば、家に妻がいる、あるいは寝たきりの父母がいるので「一緒に逃げよう」と、いったん家に帰ったケースがありました。地域コミュニティがしっかりしていれば、近所の人が寝たきりのおばあちゃんを連れて逃げてくれるのですが、今はコミュニティが崩壊状態ですから、31%の人はいったん家に帰っているわけです。心配だからです。これは内閣府と消防庁による、生存者880人に対する調査から得られた裏付けのある数字です。その後、国土交通省が約4,500人を対象に行った調査でも、大体同じ結果が出ています。

(続く)

河田惠昭 氏
(かわた よしあき)
河田惠昭 氏
(かわた よしあき)

河田惠昭(かわた よしあき) 氏のプロフィール
大阪市生まれ。大阪府立大手前高校卒。1969年京都大学工学部土木工学科卒、74年京都大学大学院工学研究科博士課程土木工学専攻修了、京都大学助手。93年京都大学地域防災システムセンター教授。巨大災害研究センター長、人と防災未来センター長を経て2005年京都大学防災研究所長。09年京都大学退職、関西大学環境都市工学部教授。10年から現職。中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」、「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会」の座長を務めるほか昨年10月に設けられた「防災対策推進検討会議」の委員も。

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