日本数学会が「大学生の基本調査」報告書を公表した。出題範囲を「小中学校および数学1のごく基本的な範囲にとどめた」問題だったのだが、結果は「論理を正確に解釈する能力、論理を整理された形で記述する力」のいずれも不足しているという結果になった。
比較的やさしい設問である「平均」の意味を正しく選ばせる選択問題に対し、4人に1人が間違った。これはひどいと捉えられたのだろう。多くの新聞が取り上げていた。調査対象者は無作為抽出で選ばれたわけではない。ある通信教育会社の大学合格目標偏差値で最高のSにランク付されている国公立大学の学生が、調査対象5,934人中1,041人と比較的多数を占めている。この層でも正答率は94.8%と間違った答をした学生が5%以上おり、理工系学生というくくりかたでも正答率はもっと低く82.0%にとどまっているのが目を引く。
最も頭をひねらされたと思われる「一つの直線を定規とコンパスだけを使って3等分する方法」を実際の作図法ないし記述で答えさせる問題になると、正答ないし準正答はSランクの国公立大学生でも22.6%、理工系のくくりでは11.2%しかいないという結果だ。
国公立大学と私立大学の併願を減らす結果をもたらした大学改革や、入試科目を減らす方向に働いた大学入試センターの発足以降、大学生の数学力の低下が顕著になった。こうした指摘としては、「分数ができない大学生」というタイトルの本が大きな関心を呼んだ西村和雄京都大学教授らの調査結果が有名だ(調査は1998-2000年に実施)。この調査では、当初、私立大学文系学生に小学生レベルの数学ができない学生が相当いるということが強調された。しかし、これは西村教授らの本意ではなく、本当の危機意識は別の所にあった。数学力が低下すると影響がより深刻な理工系学生においても、数学力の低下がはっきり現れていることに警鐘を鳴らすのが真の狙いだった、と西村教授自身が語っている(2010年3月4日インタビュー「基礎学力低下防ぐために」第1回「大学改革の悪影響」参照)
日本数学会も「論理的文章を理解する力、論理を組み立て表現する力が大学生から失われつつあるのではないか」との危機意識から今回の調査を行った。今回の結果を基に高校に対しては「充実した数学教育を通じ論理性を育む。証明問題を解かせるなどの方法により、論理の通った文章を書く訓練を行う」ことを、また大学に対しては「数学の入試問題はできるかぎり記述式にする。1年次2年次の数学教育において、思考整理と論理的記述を学生に体得させる」ことを提言している。
一方、一般入試を受けて入学した学生の割合は55.2%にすぎず、その中でも数学を入試科目に選んだ学生の割合が少ない現実も報告書は指摘している。西村教授らが、この問題に警鐘を鳴らした時に比べ、大学入試の状況は数学力の低下を阻止する方向に向いているとは言えない、ということだろう。
提言の実行は容易ではないということだろうか。